アフリカでの狂犬病スピルオーバーを解明する
野生動物、家畜、イヌ。アフリカでは、これらが同じ水場を利用するなど、種を越えた接触が日常的に起きています。狂犬病ウイルスは、こうした接触を通じて、野生動物からイヌへ、イヌから家畜へ、あるいはその逆へと感染が飛び火している可能性があります。この動物種を越えた感染拡大を「スピルオーバー」と呼びます。

しかし、多くのアフリカ流行地域ではそもそも狂犬病かどうかを調べる検査体制が整っておらず、このスピルオーバーがどこで、どの動物種の間で起きているのか、ほとんど解明されていません。私たちの研究は、現場で使える検査キットとゲノム解析を組み合わせることで、このスピルオーバーの実態を解明し、的を絞った対策につなげることを目指しています。

私たちが行っていること(活動内容)
一言でいうと、**「どこでもできる狂犬病検査」を現地に広め、「陽性になった検査キットからスピルオーバーの経路を突き止める」**という2段構えの活動です。
- 検査キット(LFD)を現地に届け、使い方を教える
ケニア・ザンビアの検査機関や獣医官を対象に、脳検体の安全な採り方から、キットの使い方、結果の読み方までを教えるトレーニングを実施しています。研修後には、そのまま現場で使えるようキット一式を配布します。 - 陽性になったキットを集めて、ウイルスの遺伝子を読み解く
通常、狂犬病の検体は凍結したまま厳重に輸送する必要がありますが、私たちは「陽性になったキットをそのまま輸送し、拠点でゲノム解析する」という簡便な方法を確立しました。ゲノム解析によって、ウイルスがどの動物からどの動物へ、どの地域からどの地域へ渡ったのかというスピルオーバーの実態を明らかにできます。 - 国レベル→地域レベル→現場、と段階的に体制を広げる
まず中央の検査機関でトレーナーを養成し、そのトレーナーが地方の検査機関や現場獣医師を教える、という形で自立的な体制を築いています。
なぜゲノム解析がスピルオーバー解明の鍵なのか
検査キットで「陽性か陰性か」はわかっても、それだけでは「どこから来たウイルスか」まではわかりません。ゲノム解析によってウイルスの遺伝情報を読み取ることで、株ごとの系統関係を比較し、野生動物由来なのか、イヌ由来なのか、どの地域の株と近縁なのかを特定できます。これにより、感染の道筋そのものを地図として描き出すことができ、はじめて的を絞った対策(ワクチン戦略や、優先的に対策すべき動物種・地域の特定)が可能になります。
フィリピンでの実績が土台に
このLFDを使った取り組みは、まずフィリピンでのJICA/AMED SATREPS事業で大きな成果をあげました。13の地域研究所・778検体という世界最大規模の調査でLFDの高い精度(感度96.3%、特異度99.7%)が実証され、フィリピン全土に導入が広がりました。
さらにこの研究成果は、世界動物保健機関(WOAH)の国際ガイドライン改定にも貢献しました。2023年には「日常的な使用は推奨しない」とされていたLFDが、2025年の改定では「標準的な検査ができない地域でのスクリーニングツールとして推奨する」という方針に変わっています。

ケニアでの活動の歩み
- 2025年7月:ケニア国立獣医中央検査施設(NVRL Kabete)にて、地方検査施設7か所・野生動物関連機関5機関・University of Nairobiが参加する現場診断トレーニングを実施
- 2026年2月:NVRL Kabeteで、ケニア東海岸地域4機関・計8名を対象に第2回トレーニングを実施
- 2026年5月:Mariakani NVLを拠点に、ケニアで初めてcounty level(Kilifi・Lamu・Taita Taveta・Kwale・Mombasaの5county)へのLFD診断導入を達成
これまでに、政府管轄のNVLラボ8施設、野生動物保護団体4団体、学術機関1か所に導入し、合計26名の技術研修を実施しています。
ザンビアでの活動の歩み
- 2025年6月:首都ルサカでキックオフミーティングを開催。ザンビア保健省・水産畜産省、ザンビア大学獣医学部、国際的な狂犬病対策機関GARCの専門家も参加。同月内にルサカ州・中央州で計30名にトレーニングを実施
- 2025年11月まで:5州(Lusaka、Central、Eastern、Muchinga、Southern)にLFDを導入し、約400キットを配布
- 2026年6〜7月:Luapula・Copperbelt・Northwesternの3州で追加トレーニングを実施し、42名が参加、250キットを配布
これにより、ザンビア国内8州でサーベイランス体制を整備し、延べ121名の獣医師・獣医アシスタントを育成、約650キットを配布しています。
現場で見えてきたスピルオーバーの実態
ある地域では、子どもや飼い犬を襲った野生のイヌが、簡易検査で狂犬病陽性と判明しました。また別の農場では、様子のおかしい牛が2頭続けて狂犬病陽性となり、その農場周辺では発症前から野生のイヌの目撃情報が相次いでいました。こうした事例は、野生動物と家畜・人の暮らしのすぐそばで、実際に種を越えてウイルスが行き来していることを物語っています。
目指すゴール
私たちは、この取り組みを「アフリカのモデルケース」に育て、2030年までの犬媒介性ヒト狂犬病ゼロという国際目標に貢献することを目指しています。
研究体制
研究代表:齊藤信夫准教授(長崎大学熱帯医学研究所ケニア拠点 副拠点長)
連携:長崎大学、北海道大学(ザンビア拠点)、大分大学、ザンビア大学(獣医学部)、ザンビア水産・家畜省、ザンビア中央獣医研究所(CVRI)、ケニア国立獣医中央検査施設(NVRL)、ケニア野生生物公社(KWS)、University of Nairobi、アドテック株式会社、GARC(Global Alliance for Rabies Control)
支援:AMED(新興・再興感染症研究基盤創生事業)、JSPS科研費(海外連携研究、課題番号:24KK0174)