長崎大学 熱帯医学研究所 病原体解析部門 原虫学分野 1984年年次要覧

長崎大学熱帯医学研究所 1984年度 年次要覧 1985;p23-24より


原虫学部門

 昭和59年度に新設を認められた当部門は7月16日付にて神原廣二が教授として、大阪大学微生物病研究所より転任したことより活動を開始した。8月16日付にて柳哲雄助手、9月1日付にて福間利英助教授がそれぞれ赴任した。当部門の研究室として共同研究室部分より4つの部屋が提供された。実験設備の整備が急務であったが、他部門の協力を得てかなり順調に整備は進んだ。喜ばしいことに12月の時点で本部門の建物新築が資料室との抱き合わせで認められ、60年2月から着工の運びとなった。

  一方、新設部門として今後の研究の方向を明確にするため、研究対象としての興味だけでなく、現地における現実的必要性を把握することが大切なことと考えられた。そこで福間助教授をアフリカ・ケニア国ナイロビにある家畜病国際研究所にトリパノソーマ症を中心とした研究のため60年3月1日より派遣した。代わって4月1日付にて中澤秀介助手採用決定があり、現在世界の熱帯地で最も重要な疾患である熱帯熱マラリアの研究に着手することとなった。もちろん、神原、柳は阪大微研在籍中以来のクルーズトリパノソーマに関する研究を続行した。従って、59年度に本部門で行なわれた研究はこの線にそったものとなった。

I. Trypanosoma cruziの病原力の差によるTrypomastigoteの性質の比較
T. crusiの3つの発育環のうちTrypomastigoteが感染成立に最も重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。そこで1つの株から派生した病原力の異なるTrypomastigoteを比較することにより、病原力を決定する要因を探ることを目的とした。従来認められてきた食細胞内での抵抗性の差による増殖の差が病原力を決定するとする考えは、新しく分離した線維芽細胞においては強毒株が早い増殖を示すのに比べ、弱毒株は食細胞内と同様遅い増殖しか示さないことから他の要因を考慮する必要がある。更に抗原性、蛋白構成の面からの比較では表面抗原構成の差、全体の蛋白構成でのわずかの差が判明しつつある。

II. 線維芽細胞の株化に伴うTrypanosoma cruziの親和性の変化
  新しく培養した線維芽細胞と株化線維芽細胞(例えばL-cell)に対して強毒原虫は著しく異なった感染親和性を示す。即ち、新しい細胞系での侵入増殖は株化細胞に比べて著しく早い。この経過はL-cellなどを用いなくとも一つの培養細胞系を株化させることによっても比較可能であり、現在この親和性の変化を株化にいたる各時期の細胞を用いて検討している。

III. Trypanosoma cruziのTrypomastigoteの機能分化
  感染マウス血流中に出現するTrypomastigoteと、線維芽細胞などを宿主細胞として培養して得られるTrypomastigoteでは細胞感染能に著しい差があるだけでなく、抗原性の点でも異なった様相を呈する。即ち血流型は食細胞まで含めて調べられた全ての細胞に対し異常に低い感染性を示すのみならず、感染動物、免疫動物が低い抗体価しかもち得ないことから、宿主成分による被覆か、抗原性の弱い表面構成であることが示された。このことは血流型が血流中に残存するための機能分化を示すと考えられる。そうだとすれば感染動物体内では少なくとも2つの機能的に異なるTrypomastigoteへの分化が行われていることが考えられるので、現在この点の確認実験が行われている。


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