教授メッセージ2025年
10月のメッセージ
2025年教授就任挨拶
2025年10月1日付で、長崎大学熱帯医学研究所臨床研究部門 臨床感染症学分野の教授に就任いたしました田中健之(たなか たけし)と申します。
同時に、長崎大学病院総合感染症科 副診療科長、長崎大学病院総合感染症科・国際感染症予防診療センター(センター長)、長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授も兼任いたします。
長崎大学が長年にわたり培ってきた「感染症への対応と人材育成」という理念を次の世代へつなげるべく、微力ながら尽力してまいります。
本教室(熱研内科)は、初代教授・松本慶蔵先生、二代目・永武毅先生の時代に、呼吸器感染症学、とくに喀痰定量培養法をはじめとする臨床細菌学の発展に大きく寄与してきました。その後、有吉紅也教授のもとで臨床・研究・教育の一体化が進み、日本で唯一、感染症学・熱帯医学・国際保健を包括的に展開できる教室へと発展しました。近年では、熱帯医学研究所の枠組みを超えて長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科(TMGH)との連携が強化され、多様な国籍の研究者や医師が集い、活発な交流が行われています。
この伝統と発展を礎に、今後は日本が直面する医療課題を国内外の両面から改善・解決できる教室として、さらなる進化を目指してまいります。
医学生時代(1999年)に1年間休学をして、まだ「ワンヘルス」という言葉が広く使われていなかった頃に、動物と人との関わりに関心を持ち、中米グアテマラで野生動物保護活動に従事しました。そこで「感染症は地球規模の課題である」と実感した経験が、私の原点です。その後、長崎大学で感染症診療に携わり、感染免疫の基礎研究を重ね、国内外での感染症対応や国際協力を通じて、医療と研究の両輪の重要性を痛感してきました。感染症は、一人の努力では克服できません。臨床・基礎・国際連携・教育の力を結集し、多様な人材とともに新しい感染症学の形を築いていきたいと考えています。
これまで、physician scientistとして、臨床と研究をつなぐことを軸に歩んできました。現場で生まれる問いを科学の力で解き明かし、その成果を再び患者へ還元する──この循環こそが、社会に貢献する臨床感染症学の本質だと考えています。今後はこの理念を教室全体で共有し、臨床と基礎、現場と学問、国内と国際の垣根を越えて往還できる人材を育成します。若手医師や学生が、感染症の多様な現場を体験し、科学的思考で課題を掘り下げ、自らの手で未来を切り拓ける環境を整えていくことが目標です。
一方、熱帯医学の分野は近年、大きな変化を遂げています。かつては「熱帯地に特有の感染症の克服」を中心に据えていましたが、いまや気候変動や人口移動、社会経済要因を背景に、感染症は地球全体の課題となりました。長崎大学が受け継いできた熱帯医学の伝統を尊重しつつ、これをより広いグローバルヘルス、さらにはプラネタリーヘルスの視点へと発展させることを、教室運営の柱としてまいります。感染症を通じて地球規模の健康課題を捉え、学際的に解決していく。その挑戦の中心に、この教室がありたいと考えています。
国際連携の面では、長崎大学が長年にわたり築いてきたケニア、フィリピン、ベトナム拠点やロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine, LSHTM)との協力をさらに強化し、教育・研究・臨床研修を一体的に展開します。さらに、新たに設置されたブラジル拠点を通じて南米地域の新興・再興感染症研究に参画し、現地機関との協働体制を築いていきます。加えて、これまで私自身が培ってきた中米・メキシコ地域とのネットワーク──メキシコ・ユカタン自治大学野口英世地域研究所、メキシコ・ケレタロ大学やパナマ・ゴルガス記念研究所との連携を発展させ、当教室の国際展開の中核として位置づけます。これらを結ぶ国際協力ネットワークは、国内他施設にはない本学の大きな強みであり、アジア・アフリカ・ラテンアメリカをつなぐ「感染症研究・教育プラットフォーム」として発展させたいと考えています。
国際的に活躍するためには、まず国内で確かな臨床力を身につけることが不可欠です。当教室は長崎大学病院総合感染症科を兼務しており、国内外での活躍を志す多くの医師が集う場でもあります。日本の感染症診療・研究・教育の拠点としての役割を一層強化し、全国から志を持つ若手が集う開かれた教室を目指します。
感染症の分野は、常に変化と挑戦の連続です。しかしその中で、科学の力を通じて、社会に貢献できる活動は何にも代えがたいものです。長崎大学には、その挑戦を支える環境と伝統があります。若い医師や学生がこの教室の扉をたたき、学び、挑戦し、世界へ羽ばたいていく──そんな自由で活気ある場を築くことが私の願いです。
「プラネタリーヘルスの実現」という長崎大学の理念のもと、地域から世界へ、そして基礎から臨床へと広がる新しい感染症学の地平を切り拓くために、全力を尽くしてまいります。今後ともご指導とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
2025年10月
田中 健之