本研究分野は日本脳炎(JE),デング熱(DF)/デング出血熱(DHF)など蚊媒介性フラビウイルス,蚊媒介性アルファウイルス,及びC型肝炎ウイルスの基礎的・応用的研究を行っている。
1.蚊媒介性フラビウイルスのアウトブレイクに対する現地調査
等分野は熱帯地に蔓延または熱帯地から伝播される細菌感染症とその原因細菌に関する研究,とくに感染成立に関与する種々の病原因子の研究を展開している。
熱帯地に蔓延し,公衆衛生上特に重視されている糸状虫症と住血吸虫症に関する研究を行っている。平成11年度に行った研究の成果を下記する。
T. 糸状虫(症)に関する研究研究報告(1999年6月1日−2000年3月31日)
1.土壌アメーバ
4.6 暑熱順化機構分野
本分野は,平成6年度に新設され,ヒトおよび動物の熱帯暑熱環境への適応機序の解明とその熱帯医学への応用を目的としている。教授(兼任)と助手1名(平成8年9月1日以降は一時欠員)のみの分野であるため,環境医学部門疾病生態分野と共同で以下の研究を行っている。
T. 研究活動
1.亜熱帯沖縄と亜熱帯ネパール人の比較
ネパールの地形は東西に細長く,気候的には南北に3つの帯状に区別されている。その中で,南部のTerai地方と呼ばれる帯地域が亜熱帯地域で,インダス平野まで続いている。人口は,環境条件の制約を受けざるを得ず,中部山岳地方およびタライ地方に集中しており,特別に長寿/短命の集落はない。平均寿命(♂50.88,♀48.10)の男女逆転の主原因は,若年出産や産褥期間が短いこと,さらに過酷な生活労働によるものと推測される。医療事情の面では,今日でもなお発展途上国ならではの多々の問題を抱えている。また,衛生面においても著しく教育のレベルが低く,雨季は,食中毒,日本脳炎および赤痢・腸チフス等の伝染症の発生頻度が高い。これら諸事情も短命の一因となっている。
1997年 |
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沖縄 | ネパール |
地 理 平均気温 環境の特色 民 族 人口(千人) 平均寿命(歳) 乳児死亡率 食 事 病 気 |
東経 127°45′± 北緯 26°30′± 22℃± 海洋・島嶼性亜熱帯 モンゴリアン系 沖縄:全国=1,273:125,000 ♂76.57,♀82.98 4.3/1,000 塩分が少ない 海水魚介,海藻,豚肉(脂肪部) 胃潰瘍・胃癌 全国最小 ATL・糞線虫症・食中毒 全国最多
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東経 80°45′〜88°12′ 北緯 26°22′〜30°27′ 30℃(5,6,7月) 15℃(11,12,1月) 山岳・内陸性亜熱帯 インド・アーリアン系 (タルー族) 20,812 ♂50.88,♀48.10 99/1,000 香辛味(発汗促進) 淡水魚介,豚肉(脂肪部),芋類 日本脳炎 食中毒・赤痢・腸チフス 多し
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2.ネパールにおける荷物運搬法とポーター(荷物運搬人)のHealth Condition
アジア亜大陸に位置するネパールは,東西約850kmに対して南北わずか約200kmであるが,北は標高8000m級の山々が,また南は標高300m以下の南部低湿地帯が続いており,気候的にも,北から冷帯,寒帯,温帯,亜熱帯と帯状に大別される。国土の大半を山々で占めている厳しい地理的条件が交通機関の発展を著しく阻害しており,そのことが最貧国から脱却できない一因ともなっている。ゆえに,今日でもポーター=(荷物運搬人)に依存せざるを得ない地域が多く,それを職業として生計を立てている人々が少なくない。これまでのフィールドワークから,ネパールでの人力による物資の移動形態を概観すると,4方法に大別されることが明らかにされた。1)頭上に物を載せて移動する頭上運搬法,2)荷台に荷物を載せて押す手押し運搬法,3)長い棒を左右の肩にかけ,その先端に荷物を吊り下げ,バランスを保ちながら移動する肩運搬法,4)前頭部に紐をかけ,背中に荷物を背負って移動する背負運搬法である。これらの運搬方法は,単に地形の影響により決定づけられるのみならず,文化的要素にも依存するところが大きい。ところで,首都カトマンドゥーのポーターは,主に上述した4)の背負運搬法で物資を運搬している。しかしながら,この方法は一定方向で継続的な負荷が加えられることから,望ましい運搬方法ではないことが推察できる。そこで,カトマンドゥー市内でポーターを職とするタマン族およびマガル族の男性7名を対象に,ポーター職に関する聞き取りとX‐rayによる頸・腰椎の骨変位を調査した。その結果の一部は,以下のように整理できた。1)1人が背負って歩く荷物の重量は,約60kg〜200kgであった。2)禁煙者や飲酒者が多かった。3)X‐rayから椎体そのものには,特に異常は見られなかった。つまり背負運搬法は,物理的には問題があるように思われたが,効率のよい運搬方法である可能性が示唆された。そこで今後は,この背負運搬による後背部への長期的な圧力負荷が,発汗にどのような影響を与えているか,さらには運搬の活動エネルギーと熱放散にどのような影響を及ぼしているのかを検討していきたい。
U. 暑熱順化人事
平成8年9月1日付きで松本孝朗助手が愛知医科大学助教授(第二生理学)に転勤となり,その後任に平成9年10月1日付けで,長崎大学教養部助手の金田英子が本分野の助手として採用された。
食細胞を主とした自然免疫は,生体防御の基幹をなすと考えられており,Toll‐like receptorの発見は,このシステムがショウジョウバエからヒトに至るまで普遍的に存在するものであることを示している。その中でも,酸素を1電子還元する活性酸素産生系は,殆どの細菌感染への防御に必須である。しかし,活性酸素が宿主自体にも有害であることから,その過剰発現は種々の疾病病態を悪化させるものでもある。したがって,この機構を臨機応変に調節できることが,疾病の予防や病態の改善につながる。当研究分野は,この活性酸素産生機構のキーとなるgp91phox遺伝子の発現調節機構を解析し,その成果を通して遺伝子治療の手法によって,種々の感染症の微態改善の方途を図ることをめざしている。
1.遺伝子の発現制御
1−1.GATA−1の機能
好酸球に分化したHL−60C−15Eを用いて好酸球特異的な転写因子GATA−1およびGATA−2がそれぞれ単独では,gp91phox遺伝子の転写を促進していることが,明らかとなった。両者は,同じ程度の見掛け上のKdを示すものの,転写促進能はGATA−1の方がGATA−2より10倍以上も高いことから,両者が同時に発現されているときには,GATA−2はGATA−1の拮抗阻害剤となっている(Yang,
D., et al. J Bio Chem 275(13): 9424‐9432,2000)。好酸球分化の段階では,GATA−2の方がGATA−1より早期に発現されることを考えると,その生理的意義が窺える。なお,この成果は,筑波大の山本雅之教授らとの共同研究による。食細胞では,好酸球だけがGATAを発現しており,既に報告したGATA−3による本遺伝子の別のエレメントにおける転写阻害作用(Sadat,
MA., et al. FEBS lett 436):390‐394)を考え合わせると,疾病時の好酸球機能過剰発現に対して,これらの部位を標的にした遺伝子治療(例:トリプレットDNA)が,将来の開発目標となる。
1−2.PU.1の作用機構の定量的解析
転写因子PU.1が好酸球以外の活性酸素産生細胞においては,gp91phox遺伝子の発現に必須であることを明らかにしたが(Suzuki,
S. et al. Pro. Natl Acad Sci, USA. 95:6085‐6090,1998)その遺伝子上流への結合様式や塩基配列特異性は,大半が不明のままである。このpu−エレメントを遺伝子治療の標的にする場合には,これらの基礎資料が必須である考え,その解析を進めている。特定の点変異で,転写活性が完全に消失するだけでなく,別の変異では,正常配列よりも5倍程に飛躍的に活性が上昇することが観察された(Fan
Chun et al, unpublished data)。このような変異配列はオリゴヌクレオチドデコイをつくるときの強力な情報を提供するものと期待している。
2.遺伝子導入の技術
2−1.PLB−985細胞への高効率一時的遺伝子導入技術の確立とその機能の開発
本細胞への遺伝子導入は,もっぱらエレクトロポレーションでされていたが,効率が悪く,1回の測定に約107個の細胞を要し,系統的な解析が困難であった。偶然の機会からリポソーム(TFL−01,第一製薬)がTPA処理したPLB−985に極めて有効であることがわかり,単球系での遺伝子発現機構の解析に有効である。細胞は1回の測定にわずかに105で可能であり,用いるプラスミドもかなり減らせることが解った。目下,TPA処理とリポソームの作用を解析しており,このシステムを通してより普遍的なリポソーム遺伝子導入方法の開発を目指している。
2−2.アデノウイルスベクターを用いた転写因子遺伝子の導入法
殆どの転写調節機構は,培養癌細胞を用いて解析されている。そのため,多くの結果はin vivoを示唆するにとどまっている。これを克服するために,正常細胞への遺伝子導入を容易にするためにアデノウイルスベクターを用いてヒト正常末梢血単球への遺伝子導入をこころみている。β‐gal遺伝子,GFPおよびGATA−1の遺伝子の効率良い導入に成功しており,これを用いた正常細胞でのgp91phox遺伝子の転写調節機構を解析している。目下,単純にGATA−1遺伝子だけを導入しただけで,内在性本遺伝子の発現の上昇がみられないことから,他の共因子の存在が示唆されている。
目的:熱帯地域における各種疾患の分布および発症機序と病態像の特異性を地理・民族病理学的方法で以て究明する。さらに生活環境,人類素因および生態が疾病の発現様式に与える影響を,医学のみならず人類生態学などの観点も加え学際的方法で究明する。そして熱帯地域における種々の疾患の本態を把握し,診断,治療および予防に役立てる。(研究の多くは国内外研究者との共同研究である)
T. 研究課題
1.赤道東アフリカ・ケニアおよびウガンダにおける各種地方病(腫瘍疾患,感染症など)のウイルス学的および地理病理学的研究(文部省科学研究費国際学術研究:代表:鳥山寛,特別事業費等による)(継続)
2.Kaposi's sarcomaの地理・民族病理学および病態学(文部省科学研究費国際学術研究:代表:鳥山 寛,文部省科学研究費基盤C:代表:板倉英
,特別事業費等による)(継続)
3.タイにおける肝疾患のウイルス学的および病理学的研究(タイ国チェンマイ大学医学部病理学教室との共同研究)(厚生省受託研究費:鳥山 寛,特別事業費等による)(継続)
4.タイにおけるエイズ患者の日和見感染症とくに肝ペニシリウム感染症の臨床病理学的研究(代表:鳥山 寛,特別事業費等による)(継続)
5.インドネシアにおける悪性腫瘍の地理病理学的研究(神戸大学医学部,インドネシア大学,ガジャマダ大学,アイルランガ大学各医学部等との大型共同研究)(日本学術振興会助成金:悪性腫瘍研究グループ代表:板倉英
,特別事業費等による)
6.慢性肝炎の癌化にいたる過程の臨床病理学的研究(共同利用研究費等による)
7.分子病理学の熱帯医学への応用(共同利用研究費等による)
8.当研究所とアメリカNIHアレルギー・感染症研究所(NIAID/NIH)との大学間協力研究の一環としての活動(文部省科学研究費国際学術研究:大学間協力研究:代表:板倉英による)(継続)
U. 熱帯医学関連活動
1.特別事業費(熱帯地域における主要肝疾患の研究)および特別研究高度化推進特別経費の所全体の研究活動および成果等取りまとめ(継続)
2.熱帯医学研究所共同利用専門委員会,所内委員会等の委員長としての取りまとめ(継続)
3.熱帯医学研修課程における病理学講義と実習,外来講師の対応(7月)
4.医学部1年生対象「医学入門:熱帯医学」の講義(4月・5月)
5.医学部6年生対象「熱帯医学」の講義,および熱研全体のコーディネーターとしてカリキュラム等取りまとめ(6月)
6.学会活動:日本熱帯医学会,日本アフリカ学会総会(平成11年度西日本支部大会を当研究室で主催),日本ナイル・エチオピア学会総会(平成11年度大会を当研究室で主催),国際熱帯病理学会(第1回大会を日中医真菌学会とともに北京にて,また第2回大会を学術振興会の大型共同研究とともにスラバヤにて主催),日本病理学会総会等における発表,座長および役員会等へ参加(後記)
7.各種国際会議,外国におけるセミナー等に発表者,招待講演者等として参加(後記)
8.神戸大学医学部医学研究国際交流センター連絡協議会へ参加・発表
9.医学部学生課外活動「熱帯医学研究会」に協力
10.熱帯病理学関連資料・情報の収集と整理
V. 病理学関連活動
1.大学病院における病理解剖および外科病理診断業務
2.肝生検病理学および臨床外科病理学における病理診断と教育
3.医学部3年生対象の講義および実習等:1)「病理学総論:地域比較病態学」(9月),2)「疾病各論:消化器系領域の病理学(肝,胆,膵)」,3)「疾病各論:血液・リンパ系領域の病理学(造血臓器)」,4)「疾病各論:脳腫瘍の病理学(中枢神経系)」
4.医学部4年生対象のリサーチセミナーにおける指導
5.医療技術短期大学における病理学各論講義
6.大学院生対象の病理解剖など病理学専門教育および研究指導
7.長崎腫瘍組織登録委員会へ参加
8.脳外科との臨床病理カンファレンス
9.外国における熱帯医学および病理学関連の講演・セミナー等(後記)
10.第23回国際病理学会(2000年)の組織委員会に委員として参画
11.日本病院病理協会九州スライドカンファレンスおよび九州病理集談会へ参加・発表
W. その他の活動
1.図書医学分館長,大学附属図書館長として,図書館運営委員会へ参画
2.長崎県JICA派遣専門家連絡協議会会長として活動
3.長崎県青年海外協力隊の集いに参加
X. 学位取得
(なし)
4.9 感染症予防治療分野および診療科(熱研内科)
当分野では呼吸器疾患ならびに感染症を主要対象に診療・医学教育および研究を行っている。平成11年度の研究内容は以下の通りである。
T. 発展途上国における感染症の実態調査と治療法の研究
1.急性呼吸器感染症(ARI)に関する共同研究
当教室は1987年以来,タイ国チェンマイ大学と長崎大学との大学間協定に基づき,タイ国北部地域におけるARIの実態と有効な抗菌化学療法に関する共同研究を継続している。同地域の細菌性呼吸器感染症の起炎菌実態と薬剤感受性を明らかにし,同国におけるARI治療指針の作成に貢献した。さらに現在はAIDSに伴う肺炎の病原診断と治療に関する共同研究を展開中である。
アフリカのウガンダ国におけるAIDS合併感染症の診断・治療の医療協力と共同研究をマケレレ大学医学部で1991年より展開してきた。現在はARI,特に肺炎の診断・治療ならびにAIDS発症メカニズムにおける種々の感染症との関連についての共同研究も実施している。
バングラディッシュのダッカ小児病院において死亡率の高い細菌性肺炎,髄膜炎の診断・治療に関する共同研究を1993年より実施し,一定の成果を挙げWHOにも報告してきた。現在は感染予防に向けたワクチン導入とより有用性の高い抗菌化学療法の確立を目指して研究を継続中である。
(厚生省国際医療協力研究委託費,日米医学協力計画急性呼吸器感染症(ARI)部会費,文部省科学研究費補助金「国際学術研究」)
2.アフリカエイズに関する研究
アフリカエイズに関する診断・治療・予防の共同研究を展開してきたが,1991年からはウガンダ・マケレレ大学医学部との共同でAIDS合併感染症(結核・髄膜炎・真菌感染症・肺炎など)に対する診断・治療法の開発に一定の成果を挙げている。特に抗菌化学療法に関してはほぼ指針となるものが確立しつつあり,国内AIDS患者が人口の10%を越える状況にあるウガンダ国に対する日本の国際医療協力の一翼をになう事業として国内外の大学・研究機関ともに共同しつつ継続実施している。(文部省エイズ特別事業費,厚生省国際医療協力研究委託費,厚生省科学研究費補助金,ヒューマンサイエンス新興財団)
3.デングウイルス感染症に関する研究
当研究所分子構造解析(五十嵐 章教授)との共同で1998年度よりデングウイルス感染症の基礎的・臨床的共同研究をフィリピンにおいて展開中である。
U. 各種呼吸器病原菌の宿主細胞への付着メカニズムの解明と感染防止薬剤開発
今日までに当科においてモラキセラ(ブランハメラ)・カタラーリス(M. catarrhalis),インフルエンザ菌(H. influenzae),ブルコールデェリア・シュードマレイ(B. pseudomallei)など病原細菌の細胞側付着因子としてそれぞれ特有の糖鎖が関与することを明らかにした。また,呼吸器疾患治療薬の中にはこれらの細菌のヒト上皮細胞付着を阻止する薬物が存在することを初めて明らかにし,新しい感染予防法の確立を目指して研究を展開中である。
V. マウス感染モデルを用いた緑膿菌感染難治要因の解明
マウスの緑膿菌による気道感染モデルを作成し,種々のサイトカインによる炎症の発症および治癒過程の研究から難治化のメカニズムと有効な治療法の開発を試みている。ステロイド投与や糖尿病などによる易感染メカニズムの解明にも取り組んでいる。
W. 黄色ブドウ球菌とりわけMRSA感染症の院内発症に関する基礎的・臨床的研究
黄色ブドウ球菌の病原性に関する動物感染モデルを用いた研究およびMRSA院内感染の発症メカニズムと総合的感染防止策に基づく臨床応用に関する研究。(文部省科学研究費補助金)
X. インフルエンザウイルスのサーベイランスとワクチンおよび抗ウイルス薬の臨床応用に関する研究
高齢者を中心とするハイリスクグループにおけるインフルエンザのワクチンおよび抗ウイルス薬の有用性に関する研究,さらにはインフルエンザの発症・重症化メカニズムの研究。
(厚生省新興再興研究事業費,日米医学協力計画ARI部会費)
びまん性肺疾患または呼吸不全における細菌感染に関する研究に取り組み,微生物学的原因究明を通して発症予防や有効な治療法の開発をめざす。
(厚生省特定疾患対策研究事業)
4.10 エイズ・感染防御分野
当分野ではウイルスや細菌感染により誘導されるサイトカインやアポトーシス関連分子などを遺伝子転写制御の面から検討している。平成11年度の研究内容は以下の通りである。
T. HTLV−I Tax蛋白質によるMCP−1遺伝子の転写活性化機構の解析
ケモカインは白血球走化作用を有するサイトカインである。成人T細胞性白血病(ATL)の白血病細胞(ATL細胞)は,皮膚浸潤など,他の白血病にみられない強い血管外浸潤像を呈し,この組織浸潤にケモカインの関与が示唆される。我々はHTLV−I感染T細胞におけるMCP−1発現とHTLV−IのトランスアクチベーターであるTaxによる転写レベルでの制御機構の解析を行った。HTLV−I感染T細胞株(MT−2,C5/MJ,
OMT, HPB−ATL−O)は非感染T細胞株(Jurkat, MOLT−4, CCRF−CEM)と比べ,MCP−1 mRNAを強く発現していた。またTaxの発現をノーザンブロットにて認めないHTLV−I感染T細胞株(TL−OmI,
MT−1)はMCP−1 mRNAの発現を認めなかった。ELISAにてHTLV−I感染T細胞株の培養上清中にMCP−1蛋白も検出した。さらにATL細胞もMCP−1 mRNAを強く発現していた。MCP−1発現とTaxの関与を検討するため,メタロチオネインのプロモーターによってTax蛋白質を発現誘導するJPX−9細胞におけるMCP−1発現の挙動を観察したところ,明らかなMCP−1 mRNAおよび蛋白の誘導が認められた。MCP−1エンハンサー領域とプロモーター領域を含んだルシフェラーゼ発現プラスミドおよびTax発現プラスミドを同時にJurkat細胞に遺伝子導入し,ルシフェラーゼ活性を検討した。MCP−1エンハンサー領域とプロモーター領域を含んだルシフェラーゼ発現プラスミドはTaxにより顕著なルシフェラーゼ活性の誘導が示されたが,プロモーター領域のみを含んだルシフェラーゼ発現プラスミドではTaxによる活性の誘導を認めなかった。Tax変異体やIκB,IKK,NIK優性抑制変異体を使った解析によりTaxによるMCP−1転写領域の活性化にはNF−κBの活性化が必要であると判明したので,MCP−1エンハンサー領域にある2つのNF−κB結合部位(A1:−2640/−2631およびA2:−2611/−2602)に点突然変異を含むプラスミドを細胞に導入したところ,Taxによるルシフェラーゼ活性の誘導がほとんど消失した。さらにTax遺伝子を発現誘導したJPX−9細胞やHTLV−I感染T細胞株の核内蛋白質を抽出し,A1およびA2をプローブとしてEMSAを行い,NF−κBの結合を確認した。以上の実験結果よりTaxはMCP−1エンハンサー領域にあるNF−κB結合部位(A1およびA2)を介してMCP−1遺伝子の転写を活性化することが明らかになった。
U. Helicobacter pyloriによるMCP−1発現誘導機構の解析
H. pylori感染胃粘膜の特徴として,炎症細胞の浸潤があり,ケモカインの発現の関与が予想される。病原因子機能解析分野との共同研究で,H. pyloriによる胃粘膜上皮細胞のMCP−1遺伝子の転写活性化機構の解析を行った。胃癌細胞株をcag pathogenicity island(PAI)陽性および陰性H. pyloriで刺激したときのMCP−1発現をRT−PCRで調べた。cag
PAI陽性株はMCP−1発現を誘導したが,陰性株は誘導しなかった。MCP−1エンハンサー領域とプロモーター領域を含むルシフェラーゼプラスミドをMKN45細胞に導入し,H. pyloriで刺激したときの転写に重要な領域をルシフェラーゼ活性の誘導を指標として検討した。H. pyloriによるMCP−1遺伝子の転写活性化にはエンハンサー領域とプロモーター領域の両方が必須であった。IκB,
IKK, NIK優性抑制変異体を発現させるとMCP−1遺伝子の転写は抑制された。H. pyloriによるMCP−1転写の活性化にはエンハンサー領域にある2つのNF−κB結合部位(A1およびA2)が重要であり,H. pyloriで刺激したMKN45細胞の核内蛋白を抽出し,NF−κB結合DNAをプローブとしてEMSAを行ったところ,p65−p50からなる複合体を形成していた。以上より,cag PAI陽性H. pyloriはNIK/IKKカスケードを活性化し,MCP−1エンハンサー領域にある2つのNF−κB結合部位を介して転写を活性化することが明らかになった。
V. ATLとアポトーシスの負の制御因子
アポトーシスは個体発生,生体の恒常性維持などにおいて重要な役割を演じている。そしてアポトーシスの異常により,癌や自己免疫疾患などの病気が引き起こされることが明らかになってきている。アポトーシス抑制に関わる分子としてBcl−2ファミリーおよびIAPファミリーの分子群が知られているが,我々はこれら分子群のHTLV−I感染T細胞株やATL細胞における発現を検討した。Bcl−2ファミリーに関してBcl−xL mRNAと蛋白がHTLV−I感染T細胞株に特異的に発現していた。JPX−9細胞でTaxを発現させると,明らかなBcl−xL mRNAと蛋白の誘導が観察されたが,Bcl−2やBaxの発現に変化はなかった。Bcl−xLのプロモーター領域とルシフェラーゼ遺伝子とを結合したレポータープラスミドを使ったレポーター実験で,Taxの発現によって転写活性の著明な増大が得られ,Bcl−xLがTaxの標的遺伝子であることが確認された。Tax変異体やプロモーター領域に変異を導入したレポーターアッセイの結果から2つのNF−κB結合部位(−77/−68および−62/−53)がTaxによる活性化に重要であることが判明した。一方,IAPファミリーに関してはSurvivinが急性型のATL細胞で強く発現していたが,慢性型のATL細胞では発現を認めなかった。Survivinの特徴としてその発現が細胞周期に依存して調節されていることが報告されており,我々の結果は大変興味深い。今後,Survivinの発現調節機構やSurvivinの発現量とATLの予後との関連などを検討したい。さらにBcl−xLやSurvivinの機能を阻害するような薬剤の開発によりATLに対する新しい治療法の開発も期待できると考えている。
当分野は,蚊を中心とした病害昆虫の生理,生態,防除及び分類と,昆虫媒介性疾患の疫学について,臨地研究を重視した基礎的及び実際的研究を行っている。
T. マラリア媒介蚊に関する研究
石垣島野底地区における媒介蚊の景観生態学的研究
蚊の選好環境の定量的評価をめざし,石垣島16地点の蚊採集データの解析と,蚊の行動に影響を与えそうな環境項目の,地上写真と衛星画像の画像分析を行った。環境は主成分分析により景観の量的記載がかなり可能であった。蚊の分布と環境要因の勾配の関係を重回帰分析により検討した。石垣島のコガタハマダラカは,幼虫発生水域から程遠くない,樹木が程々に覆った林縁部を選好することが数値的に確かめられた。
石垣島野底地区における媒介蚊の景観生態学的研究
蚊の選好環境の定量的評価をめざし,石垣島16地点の蚊採集データの解析と,蚊の行動に影響を与えそうな環境項目の,地上写真と衛星画像の画像分析を行った。環境は主成分分析により景観の量的記載がかなり可能であった。蚊の分布と環境要因の勾配の関係を重回帰分析により検討した。石垣島のコガタハマダラカは,幼虫発生水域から程遠くない,樹木が程々に覆った林縁部を選好することが数値的に確かめられた。
北タイの環境変化に伴うマラリア疫学像の変化
北タイの過去30年間のマラリア関連データをデータベース化し,環境変化とマラリア流行中心の変遷,媒介蚊分布域の変化等分析中である。全体としてAPIは漸次減少傾向にあるが,主要媒介蚊の発生密度には変化が認められない。ヒトの側の要因がman‐vector
contactの関係を変化させてきたと考えられる。 マラリア媒介蚊の飛翔分散距離と成虫生存率の推定
北タイ山脚部の数ヶ村で記号放逐再捕獲実験を繰り返し,媒介蚊の飛翔分散距離と成虫生存率の推定を試みてきた。An. aconitusの再捕獲率(1.46%)はAn.
minimusより高かった。再捕獲個体数は距離と共に減少したが,放逐地点から4kmでも再捕獲された。飛翔分散距離は考えられていたより大きい。移出を含む生存率は0.624(log regression
method)または0.618(2 successive days release)であった。
媒介蚊の地理的変異と媒介能に関する研究
石垣,西表(日本),雲南省,広西壮族自治区(中国),ロンボク島,スンバワ島(インドネシア),チェンマイ(タイ),台湾のコガタハマダラカグループの遺伝的差異を検討中である。本年度は交配実験と走査電顕像の比較観察及び28S遺伝子上D3リージョンの遺伝子解析から,石垣島の個体群がこれまで知られていなかった新しい同胞種(E群=仮称)に属すること,ロンボク産のサンプルは,Anopheles flavirostrisとして別種扱いすべきこと等が明らかとなった。
U. デング熱媒介蚊に関する研究
タイ国チェンマイ市周辺のデング熱媒介蚊発生調査
ネッタイシマカの幼虫発生密度は,SriPhoom(6.24)>MaeTaeng(1.98)>MaeRim(0.05)であった。ヒトスジシマカは逆の傾向を示した。地域間の違いはかなり安定的に存在する。家間の平均距離はMaeRimが大きく,SriPhoomが小さかった。庭のこんもり度はMaeRimがSriPhoomより有意に低かった。平均樹高はMaeTaengが高かった。平均照度は家からの距離に関わらずMaeRimの方が高かった。
ネッタイシマカとヒトスジシマカの行動に影響を与える環境要素の違い
タイ国チェンマイ近郊の村で,標識を施した両種の雌成虫を放逐し,茂み,裸地,人気のある屋内,人気のない屋内,の4空間を設定して再捕獲を試み,その捕獲密度の違いから両種が行動を通して選好する環境要素を吟味した。ネッタイシマカが人気のある屋内を,ヒトスジシマカは屋外の茂みを選好する傾向が認められた。これは両種の吸血嗜好性の違いを考慮すると合理的な結果といえる。また,長崎でヒトスジシマカを対象に実施したフィールド実験で、この蚊が温度,湿度,明るさ,風,などの落差に反応して茂みから裸地へ出ないこと,物理的な障害物の存在に反応して屋内へは入らないこと等も明らかになった。
デング熱媒介蚊野外個体群のパラメター推定
生息密度と成虫の生存率(生残率)の推定方法としていくつかの標識再捕獲法を検討してきた。そのうちの改良3回捕獲法(Bailey,1951)を長崎の無人島のAedes
albopictusで試行した。比較的簡便に生息密度と生残率を推定できることが判明した。
U. 日本脳炎媒介蚊に関する研究
水田発生性疾病媒介蚊の吸血選択
北タイ・チェンマイ近郊の水田地帯に立地する各種畜舎で夜間成虫採集を実施した。ウシ,ブタを別々または同所的に収容した大型ケージを設置し,ケージ内に媒介蚊を放逐し吸血行動を観察した。牛舎で採集されたり,ウシを囮とした蚊帳から集められたコガタアカイエカは,吸血時にウシかブタを選ばせるとウシに,豚舎やブタ囮に飛来した蚊はブタを選好した。しかしこの傾向は子世代には受け継がれず,どの子世代雌とも明確にウシを選んだ。このことから本来コガタアカイエカはウシに対して吸血嗜好性が高いこと,現実的は吸血選択には何らかの環境要因と関わりをもつ学習効果が作用しているかもしれないと思われた。
4.12 社会環境分野
本分野は,熱帯地域を中心とする開発途上諸国・地域の諸疾病やその病因に関し,社会科学,および人文科学の手法を含んだ学際的かつ複合的接近による基礎研究,ならびに「対策」に主眼を置いた応用研究を目的として平成7年度からスタートした。当分野は,広義には社会医学あるいは生命医療系領域に属するが,当研究所においては環境医学部門の一角を占めている。
T. 全国共同利用研究事業のもとでの研究活動
共同研究集会「熱帯病予防対策に効果を及ぼす文化と環境開発の均衡要因に関する研究」を,昨年度まで行われた三つの共同研究課題(1)「東南アジアにおける感染症とその社会的環境要因」,(2)「開発途上国・地域における疾病の治療・予防に貢献できる医学教育のあり方」,および(3)「人口移動の拡大に伴う熱帯病流入への対策」の研究成果を踏まえかつ連携を模索し他部門・分野と共催して行った。
(1) 共同研究
a.開発途上国における疾病対策と貧困・環境・文化
開発途上国における感染症は,寄生虫疾患,ウイルス性疾患,さらに細菌性下痢症,呼吸器症など多岐に及ぶ。感染症は病原体・宿主・環境の3因子で決定されるが,中でも「環境」に関する事柄は地域全ての生態系や保健環境を含む社会福祉・経済問題,さらには文化人類学的課題をも含む。ここではさまざまな社会的要因を取り上げ,総合的な疾病対策を整理しようと目論んでいる。本研究では熱帯病を巡る背景要因としての貧困・開発・文化の問題を対象として掲げ,熱帯病対策にとって必要な基礎的理解を深めるとともに,医学研究者や医師に対して医学研究とは異なるいくつかの視点,および方法があることを解析して提示しつつある。
b.熱帯医学史研究
我が国における熱帯医学研究の変遷を次のような方法を用いて明らかにしようと務めてきた。
@内外の文献的調査を通して熱帯医学から国際保健へと変遷していった学問潮流を検証する。
A熱帯医学研究所(東亜風土病研究所−風土病研究所−熱帯医学研究所)関係者のインタビューを通して熱帯医学研究所の歴史を再構成し,その歴史的な変遷を核として日本の熱帯医学研究を概観してみる。
B雑誌「同仁会」の文献調査を通して上記2)の調査を補足する。
他方,現在国際協力の大きな流れのもとにいわゆる「国際保健」と総称されるに至った学問分野と熱帯医学の接点を探り,関係を明らかにするマトリックスの作成を試みてきている。
国際保健は看護婦,保健婦を含む医療関係者だけでなく経済学,人類学,社会学を巻き込む一つの潮流を作り出しつつある。そうした潮流を念頭に置きながら熱帯医学の位置づけを再考しようとして,まず当年度には,地域保健の推進者となるネット・ワーク作りを開始した。即ち看護婦,保健婦,助産婦を中心とする研究会を開催し,情報交換と経験の交流,および調整を目的とした協議体を設置した。
c.東・南アフリカにおけるエイズ流行に関する研究
アフリカ大陸諸地域では現在,世界のHIV/AIDSとともに生きる人々の7割が暮らし,新生児HIV感染の9割が発症している。こうしたHIV感染の拡大はアフリカ諸国において,人々の基本的人権の一つである平均寿命を低下させる要因となっている。そこで本研究ではアフリカにおいてエイズ拡大に関連する要因を検討し,さらにその対策を模索してゆきつつある。
具体的にはアフリカでエイズ疫学研究を行っている事例をできるだけ多く収集し,そこから導き出される共通項を検討しつつある。
一方,対策面における成功例,失敗例を検討しその原因を検索している。こうすることによって以下の2点が成果として見込まれている。
1)アフリカのエイズ流行の様子を具体的に把握できる。
2)何故に対策が失敗したか,対策が成功を収めた理由はどこにあるかの検討結果により新たなエイズ対策を立案する際の基礎的資料を提供できる。
(2) 研究集会
平成11年10月「熱帯病予防対策に効果を及ぼす文化と環境開発の均衡要因に関する研究」
U. 分野としての継続的研究事業
上記の共同研究,研究集会活動は,近年社会環境分野が,年間を通じ実施している以下の諸研究事業の方針,および基盤的な研究事業活動のもとで成された。
1.日本政府ODAにおける医療サービスの量的・質的特徴に関する研究
我が国の政府開発援助(ODA)は,医療・保健・教育といった開発途上国・地域住民の生活インフラに直結する「民生福祉」部門の割合が極めて低率である。先年まで全体の数%から7〜8%に増加してはいるものの国際比較の点からは現在でも格段に低い。加えて医学的専門性の投入を要する援助プロジェクト数が限られた状況であることは否めず,他は依然として巨額の援助が無償,有償を問わず建設・運輸・製造・金融部門のプロジェクトに投入され続けている。従って我が国のODAは,各被援助国の自助努力培養に結実しておらず,システムとしても大がかりな質的改善が望まれる。
2.「人間の安全保障」に関する栄養,経済コスト,教育,環境の視点から尺度標準化
開発途上国の国や地域のトータルな社会開発は,「人間の安全保障」を基礎に推進されるべきことである。この事はデンマークにおける国連主導の“社会開発サミット”を契機に国際社会で認識され始めた。この傾向が国際政治上でもいわゆる「冷戦後」のグローバル・トレンドの一翼を担う有力な考えとなりつつある。この事実は地域紛争や平和・軍縮の課題と経済問題や環境・人権,さらには民生福祉の向上が不可欠になってきていることを示している。また各地域の民族の歴史・宗教や文化,そして人々の行動様式を充分に考慮しながら社会開発を進めてゆくことが経済コストの点でも極めて有利かつ有効であるとの価値尺度が徐々に世界的定着を見つつある。そして,この価値尺度が「人間の開発」に向かっている。
3.地域医療,および国際保健事業の実施面からみた感染症対策の研究
ユニセフ(国連児童基金)は,単なるグリーティング・カードの販売や募金集めの国際組織ではない。本課題と密接に関連して世界中の事例や最新のデータ,そしてプロジェクト形式のノウハウを常に多国間国際協力に提供してきている。このことから1997年以来「世界子供白書」,および創設50周年を機会にまとめられてきている「国々の前進」を中心にグローバルな状況と取り組みの中で感染症とその対策について解析・検討を行っている。この結果からも感染症対策の即時実践,両親の健康保全,家族の安寧といった社会福祉の充実や税制が,兵器の売買や左右イデオロギーの対立に代わって今後国際社会が取り組むべき緊急の課題であることが判明している。国際保健は,この背景に立つ。
4.熱帯医学に関する情報システムの開発
日本人海外渡航者数の急激な増加や人口移動の拡大に伴い,国内において輸入感染症,一般的にはTravel Medicine(旅行医学)の重要性が増大し,近年学会まで設立された。また,人間以外の動・植物を介した熱帯性疾病の感染症治療,および予防対策の整備が急がれている。当分野では,インターネット等を用いた熱帯地感染症全国情報,および人材派遣ネット・ワークの拠点設置と専門家による解析システム作りの端緒を共同研究会の開催を通じて行ってきており,当研究所外からは武藤佳恭教授(慶應大学環境情報学部・全国共同利用運営委員会専門委員)が,昨年度に引き続き共同研究に参加協力している。
本分野では,昭和52年7月以降,熱帯環境の生体に及ぼす影響に関して環境生理学の基礎ならびに応用研究を行い,その成果の熱帯医学への応用を目指している。温度・湿度が制御可能な人工気候室を2基備えている。さらに,平成7年度補正予算で導入の動物実験用核磁気共鳴(共同研究室)を用いた研究成果が期待されている。平成6年度の改組により,環境医学部門の一研究分野となった。
T. 研究活動
1.野生動物の紫外線防御の研究および有効な紫外線防御法の開発
熱帯地や山岳地では太陽光に含まれる紫外線は多量かつ強力で,生体に様々な障害を引き起こす。地球上の生物は,生命維持に有害な紫外線に対する防御法を,進化の過程で獲得してきた。本研究では,北京首都医科大学との共同研究で,砂漠に生息する黄鼠や海抜3200mの山岳地に生息するクチグロナキウサギを含む数種の野生哺乳動物に備わる紫外線防御法について研究を推進してきた。
2.紫外線による生体防御の機能低下が熱帯病の感染におよぼす影響
[人工紫外線]DDYマウスへのマンソン住血吸虫感染実験では,人工紫外線(UV−B)による紫外線照射群が,紫外線非照射群と比較して,経皮感染した幼虫の数,生体内で成長し回収された成虫数において統計学的に有意に高い値が認められた。紫外線が,マンソン住血吸虫感染に影響している事が示唆された。
[太陽紫外線]太陽紫外線の曝露は天候に左右され,かつ紫外線の強さが,季節に関係している為,実験日程が計画通り進行できない難点はある。しかし現在,太陽光による紫外線暴露の影響について実験を行っている。
この研究は,感染症に対する紫外線の影響を解明して感染抑制に貢献する。特に,紫外線が強い熱帯地における感染症対策を目的としている。
3.各種・神経伝達物質によるAxon Reflex発汗の誘発と解析に関する研究
ヒトの体温調節系は,暑熱ストレスの影響を受け,暑熱に対する適応現象を示す。暑熱に繰り返し暴露されると,発汗量が増加して熱耐性を獲得(短期暑熱順化)する。一方,常に熱帯環境に暴露されている熱帯地住民では,逆に少ない発汗量で効率よく(汗中のNA濃度も低い)体温を調節できる,長期暑熱順化が報告されている。この熱帯地住民に見られる温熱性発汗抑制の機序として,発汗閾値体温の上方移動(中枢性順化)が知られている。本研究課題では,熱帯地住民で見られる発汗抑制に対する末梢性機序の関与を検討するため,熱帯アフリカ人と温帯日本人を対象に汗腺を支配する交感神経節後繊維から分泌される神経伝達物質であるアセチルコリンを含めた各種サイトカインに対する汗腺の反応性を日本人・タイ人・アフリカ人等の国際比較している。(李 丁範,松本孝朗,Othman
T,小坂光男:Trop Med 1997,39 (3/4),111‐121)
4.冬眠動物の暑熱・寒冷耐性に関する研究
冬眠動物は,冬眠中代謝を20−30分の1に下げ,約5℃の低体温下にも生体調節機能を維持し,何等外的加温なしに独力で復温出来る特有の寒冷耐性を有する。その機序解明の目的で,冬眠動物であるハムスターの神経・内分泌・循環機能や寒冷ショック蛋白(CSP)誘導能について,非冬眠動物(ナキウサギ,ラット,家ウサギ)と比較検討している。非冬眠動物(ナキウサギ,ラット)は,約16〜20℃が復温可能な限界体温であったのに対して,冬眠動物であるハムスターは冬眠中ばかりでなく急性誘発低体温時にも,冬眠時と同様に約5℃の低体温から復温可能であった。小坂光男と土屋勝彦は,平成9年3月17日−3月20日,大渡 伸は平成8年9月21日−9月28日,平成9年2月28日−3月9日の二回に亘って北京首都医科大学を訪問,クチグロナキウサギの熱保存反応の解析実験に従事した。
5.表面電極筋電図脳波解析装置を用いた瞬発的動作時の主働筋・拮抗筋の強調に関する研究
瞬間発的手指伸展動作には,主働筋である伸筋群のみならず拮抗筋である屈筋群の協調が必要である。伸筋群と屈筋群の協調の意義について,瞬発動作を鍛錬している運動選手の瞬発的手指伸展動作時の筋電図を表面電極筋電図脳波解析装置(BIMUTAS,キッセイコムテック社)を用いて解析,検討している。テコンドー選手では,屈筋群の筋放電開始(プレモーター・タイム)の先行と屈筋群の筋放電の増強が見られた。剣道選手では,反応時間の短縮を認め,これは主にプレモーター・タイムの短縮によるものであった(李,松本,小坂ら,Int
J Sports Medicine (1999),20:7‐11に記載されている)。
U. 疾病生態人事
暑熱順化機構分野の新設に伴い,小坂光男が兼任教授,松本孝朗助手が同分野へ配置換となったが,平成8年9月1日付けで愛知医科大学・助教授に昇進。平成11年度の非常勤講師は,奥村 寛(長崎大学・医学部),山下俊一(長崎大・医学部)と江口勝美(長崎大・医学部)教授に依頼した。また,平成9年10月1日付けで,土屋勝彦助教授が,長崎大学環境科学部自然環境保全講座の助教授(平成10年4月教授昇任)として移動し,平成11年7月16日付けで大渡 伸講師が助教授に昇任,平成11年3月に曹 宇 助手の退職に伴い,その後任として 李 丁範 が当部門の助手に採用された。平成11年度の文部省科学研究費は,小坂光男(基盤B継続),大渡 伸(基盤C)に交付された。
4.14 共同研究室(電子顕微鏡室)
2.細菌の培養状態「その場」を走査及び透過電子顕微鏡で観察出来る試料作法の開発
今まで,細菌をろ過し,ろ過材に付着した細菌をそのまま固定したり,高濃度の細菌液を載台に滴下し付着させる試料作製を行っていたが,これらの方法では鞭毛が外れたり変形したりして,とても細菌が生育している自然の状態は観察出来ない。その様な事で開発に着手した。その方法はセロファンに各種細菌用の栄養寒天を数μmの厚さにコートし,その上に細菌液を滴下の後培養するという方法で走査電顕用の試料作製が成功した。この方法では細菌が生育増殖し,鞭毛線毛が多く発生,自然の形態がリアルに観察出来た。この方法を同時に透過電顕用試料作製を行い,透過電顕で超薄切片の内部構造を観察するという方法が成功しつつある。このセロファン薄層寒天培地に培養された細菌のこの小片は,抗菌剤による実験や各種実験に用いる事が出来ると思われる。
3.電子顕微鏡による免疫組織化学的方法の再検討
各種抗原,特に細菌毒素等,細胞内局在を解析する場合,抗原を抗体と特異的に結合させ,その後に標識化して電子顕微鏡で観察するが,その際,抗原の量や抗体との反応が非常に弱い場合は,切片では必ず起こる抗体の非特異付着現象と特異反応との差が小さくなり,特異反応をはっきり言えなくなる。それゆえにいかに非特異付着現象を小さくして,いかに弱い特異反応をしっかり標識化するかの問題を現在も時折行っている。
U. 共同研究
感染症予防治療分野
V. その他
1.電顕室に来られる先生方の助手,主に電顕その外周辺機器の操作法及び試料作製のアドバイス。
2.熱帯医学研修過程の細菌学の実習で電顕関係を担当。
3.熱帯医学研究集団研修コース研修生に電顕試料作成法や観察法を実習。
4.教室での学生へのセミナーの一部を担当。
5.初めて電顕をされる方へ各種試料作製法から電顕の操作撮影法まで指導。