AGSnet(定点方式感染症サーベイランス網)の取り組みとその意義

(財)国際保健医療交流センター 
サーベイランスコーディネーター
中根美幸

 

2000年度 国際医療協力研究委託事業 報告書 概要
研究者  蟻田 功(ACIH)、清川 哲志(国立熊本病院)二塚 信(熊本大学医学部)、吉原 なみ子(NIID)

研究目的
 感染症の世界規模サーベイランスシステムの構築作業が、WHO、米国CDC、各先進諸国の国際協力のもとで行われている。しかし、その有効性は参加政府機関の提供する公的情報速度や信憑性に大いに影響され、また、情報が先進国に偏っているなど、強化すべき点が多い。(財)国際保健医療交流センター(ACIH)では、過去に受け入れた研修員を選択し、その貴重な人的資材を応用し、定点方式のサーベイランスシステムの構築、及びその有効活用について研究している。このシステムの目的は、既存のサーベイランスシステムと協力体制を保ちながら、それらを補完する日本独自のシステム構築である。2000年度の研究では、定点からの報告の迅速性、各国の内在する感染症情報収集の困難性、検査方式の信頼性等について調査研究し、機能の改善、強化を図るとともに、サーベイランス網を利用して、貢献度の高い研究促進を図り、更にそれらの結果をもとにして、効果的な感染症対策樹立のための情報を収集する。

研究方法
 サーベイランスシステムの構築については、パーソナルコンタクトを主軸に成り立つ定点方式のシステム構築を目指し、1998年4月から、試験的に対象疾病を決め、システムの運営を開始した。2000年度の研究では、@サーベイランスセンチネルの地理的分布及びその信頼性の判定を行う、Aセンチネル報告疾病の分析、また日本及び国際間に重要な疾病の発生の時間的推移を検討する、Bセンチネルの情報と他のシステムの情報を比較及び迅速性、有効性の検討、C定点へのACIHの効果的なフィードバック方法の研究、Dセンチネルの技術性を高め、またACIHへの協力体制を強化するため、調査研究プロジェクト(C型肝炎の感染原因としての注射歴との関係調査、マダガスカルにおけるカテゴリー3対象疾病の調査)を企画、実施する、E各大陸を代表するセンチネルを実地に訪問し、問題点、将来計画などを調査する。

結果と考察

    1) センチネルの地理的分布については、東アジア大陸の広大な地域を占める中国にはセンチネルがなく、その改善のため、日中感染症専門家による日中感染症サーベイランス協力事業発展のための調査を行い、熊本と北京で合同会議を行った。専門家の間ではインフルエンザ、ウイルス肝炎などについてサーベイランス協力研究を行うためのセンチネルを置くことで合意した。しかし、その最終決定は中国保健省によることとなる。2000年3月現在、センチネルは34ヶ国68定点である。このうち52定点がWHOをサーバーとするメーリングリストに加わっている。現在E-mail連携のシステムと少数のFax連携のシステムからなっているが、なるべくE-mailシステムに統一できるよう努力している。
    2) カテゴリー1の対象疾病であるコレラ、麻疹、AFPの報告、カテゴリー3のウイルス性B型肝炎、C型肝炎の報告について時経変化を分析した。ブラジル、ラオス、フィリピンのセンチネルからのコレラ報告は、これらの地域がコレラの常在流行地であることを示しており、またゼロレポートはセンチネルのゼロ確認レポートと解して評価すべきである。麻疹のセンチネル報告は、世界の麻疹制圧の困難性を示しているだろう。アフリカを除くセンチネルのAFPちょうさはポリオ発生ゼロにもかかわらずポリオサーベイランスを続行していることを示しており、喜ばしい。アフリカ、アジアの数ヶ国のセンチネルの供血者のスクリーニング結果をみると、ウイルス性B型肝炎及びC型肝炎の各年陽性率が高い。汚染注射器の問題が解決されていないことを示す。またHBワクチンが十分に導入されていないこともある。なお、2000年の各センチネル報告については、WHO、日本のJICAプログラムなどの対策を念頭において見るべきである。特記すべき感染症として、急性黄疸(HB、HC)、腸チフス、デング熱などの大きな流行が認められる。またカテゴリー3の血液銀行では、HB、HCの高い陽性率とともに、梅毒のアフリカセンチネルの高率報告に注目したい。
    3) 本システムはカバーエリアが部分的であるが、これまでのWHOや米国CDCのサーベイランス情報を補完するものであり、センチネル各疾病の流行地域に配置することでわが国独自のグローバルサーベイランスの構築が可能となる。WHO、ProMed、本システムの情報の相互補足について、いろいろ興味深い観察がなされた。コレラについては、OVL、WERでは68ヶ国108件のコレラ流行報告が、ProMedでは11ヶ国12件、センチネルからは4ヶ国11件の報告があった。センチネルの発生報告と合致した情報はOVL、WERとでは1件のみ、ProMedでは合致したものがなかった。また麻疹ではセンチネル10ヶ国から26件の報告があるが、OVL、WERの報告と合致していない。更にセンチネルではブラジルから擬似症例が毎回報告されているが、OVL、WER、ProMedには報告がない。今後、少なくとも6ヶ月毎にこのような調査を行えば、本システムの活用度が増すと考えられる。
    4) 各センチネルのACIHのフィードバックに対する評価はおおよそ良好であった。
    5) カテゴリー3で最も協力的な、また技術的に信頼度の高いセンチネルを選択し、共同研究としてC型肝炎の陽性率と過去の注射回数との関係の調査が行われている。完了まであと数ヶ月かかるだろう。この研究は貧しい国の安全注射の問題にきわめて重要である。
    6) アフリカのセンチネル情報の質を高めるため、エジプトのセンチネル、JICAそして吉原専門家(国立感染症研究所エイズ研究センター)の協力で、マダガスカルの372人の初回献血者の陽性率について調査した。マダガスカルの検査が多くの陽性を見落としていることが否定できなく、的確なサーベイランス情報の収集、安全な輸血用血液の確保など、多くの改善の余地がある。しかし、マダガスカルの調査協力がこのような改善方向に向かって、前進する方向を定めたということで進歩である。また、今回の調査を行うことによって、現地と日本で検査することは現地のレベルがわかり、適切な助言ができることがわかった。今後このような研究を継続することが有意義である。
    7) センチネルの現状と問題点を実地に把握するため、15のセンチネルに2001年に本研究の協力研究者がアフリカ(エジプト)、南米(ブラジル、ウルグアイ)、アジア(インドネシア、タイ、バングラデシュ)を訪問した。各センチネルの訪問は1-2日間であったが、2、3のセンチネルを除いて、その技術レベルまたセンチネル機能のマネージメントも良好であった。このシステムの将来性を考える上で参考となる。
    8) この調査研究では、前述したように多数の日本人専門家の熱心な協力があったが、このシステムを通じて、途上国専門家とのサーベイランス強化に向けての研究協力の可能性もあり、センチネルにとってもまた日本にとっても喜ばしい。2001年と2002年にどこまでシステムを強化できるか、協力専門家各位の更なる助言及び分担研究協力を期待する。

結論
 南米、アジア、アフリカ大陸における70センチネルによるAGSnet及び少数のFAX連携によるサーベイランス事業が立ち上がり、その有益性を高める調査研究が2000年に行われ、他システム−WER (WHO)、OVL (WHO)、Reuterなどの情報との比較、サーベイランス関連研究(HCと注射回数、献血スクリーニングの改善)、定点のサーベイランス技術の評価、改善などが行われた。押し寄せるグローバル化の時代の波の中にあって、2001年及び2002年の調査研究努力がこのシステムが日本の感染症対策はもとより国際サーベイランスへの高い貢献度のシステムとなる予測が大である。


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