旅行医学におけるネットワークの活用

国立感染症研究所感染症情報センター・室長 木村 幹男

 

 海外旅行者を対象として予防や帰国後の診療を行う医療従事者にとっては、馴染みのない地域での、しかも刻々と変化する感染症の流行状況、そこでの薬剤耐性、特定地域での薬剤の入手可能性、その他種々の問題に関して、国際的に知識や経験を交換するためのネットワークが重要になることは論を待たない。この分野に関しては国際旅行医学会ISTMが中心となり、関係者に適切な情報交換の場を与え、最終的に旅行者の健康に資することを目標に様々な試みを行っている。
ISTMのホームページには、会員で旅行者を扱っている医療機関が、そこでのワクチン接種、臨床検査実施の可否などとともに掲載され、国境を超えた診療を継続的に行うのに役だっている。また、電子メールアドレスを登録してある会員には、重要な事項に関しての配信が時に行われる。たとえば、アラスカへのクルーズに参加した人の間でのインフルエンザや、ボルネオでのEcoChallenge参加者でのレプトスピラ症集団発生の時には、その認識を求めるメッセージが配信された。
 ISTMの会員であれば誰でも参加できるものとして、TravelMedと名付けられるメーリングリストがある。現在350名ほどが参加しているが、毎日少なくとも数件の投稿がある。内容は臨床医学から社会的な問題まで多岐にわたる。特定地域におけるワクチンや薬剤の入手可能性、あるいはマラリアの流行状況などに関しては、地元の専門家が返答する場合には、すぐに役立つものになりうる。一つの問題提起に対して種々の意見が出されて、最終結論が得られないこともあるが、それぞれが根拠としていることを知ることは、非常に参考になることがある。
 会員の所属する医療機関で旅行後の疾患を扱っているところを定点とし、旅行者疾患の定点サーベイランスを行っているのがGeoSentinelと名付けられるものである。1995年に米国のいくつかの医療機関を対象とし、CDCの協力を得て開始されたが、現在定点数は25ケ所で、そのうち米国内には15ケ所ある。目的としては、旅行者感染症での重要な病原体の把握、特定疾患でのリスク因子の解析、旅行者疾患を通じた新興感染症の早期把握、さらには実地医家、政府機関、一般人に向けての予防手段、封じ込め手段などの情報配信などである。6ヵ月間で12,000名以上の旅行者を扱い、200カ国以上の旅行目的国を対象としてきた。上記のボルネオでのレプトスピラ症は、このサーベイランスでいち早く把握された。
 ISTMではいくつかのPCソフトについても積極的に紹介している。感染症に関する総合的ソフトであるGideonは、疫学情報、診断、治療などに関して、教科書などでは得られない特徴を有する。出発前の旅行者にトラベルヘルスアドバイスを与えるに当たって使用するソフトもいくつか出ており、私はチューリヒ大学Steffen教授の監修になるTropiMedを愛用している。
このような目に見えるもの以外に、ISTMの会議に参加して交流を深めることで、個人レベルでの情報交換も積極的に行われており、私もそれにより大変参考になった経験をしている。このように、旅行者の健康に携わる医療従事者にとっては、ISTMを中心とするネットワークに参加して活動していくことは必須のことと思われる。

 

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