検疫所における情報収集・評価・提供活動について


菊池 均 (h-kikuchi@forth.go.jp)
成田空港検疫所 検疫課 (0476-34-2310)

 

 当検疫所では、渡航者向けに感染症情報の提供を10年来行ってきており、平成11年の検疫法改正では感染症情報の収集と提供が検疫所の業務として定められた。現在の活動内容は、travel clinic、特にpre-travel clinic的な活動を中心に行っている。
 現在の活動は、渡航者に関係のある感染症情報を中心に、情報の収集、加工、蓄積、提供を行っている。
 情報の収集は、流行情報、風土病情報、本省情報、旅行者情報、旅行医学情報、予防接種情報に大別される。
● 感染症流行情報は、インターネットから、ProMED-mail, WHO CSR homepage(HP), CDC Travel HP, Health Canada Travel medicine HP, EuroSurveillance HP, CNN Health HPから入手している。
● 感染症風土病情報は、WHO International Travel And Health, CDC Yellow book, CDC Travel HP, Health Canada HP, 旅行医学教科書などから入手している。
● 本省情報は、各国常駐大使館→外務省→厚生労働省に流れてきた情報の一部が流れてくる。
● 旅行医学情報は、高山病やエコノミークラスシンドロームなどの旅行に絡む医学情報を入手している。検疫所が旅行者に対応する必要から、感染症情報と併せて収集を行っている。
● 予防接種情報は、渡航先別に接種が必要、推奨あるいは要求される予防接種情報、国内で予防接種可能な医療機関の調査、などが含まれる。

 ProMED情報の位置づけと翻訳について
 ProMEDの生い立ちを簡単に紹介すると、1993年9月、WHOと全米科学者協会(FAS)はエマージング感染症の国際監視計画(International Program for Monitoring Emerging Infectious Diseases)について、ジュネーブで会議を開いた。この会議で、世界規模での監視体制の確立が急務であるとの声明が採択された。この一歩として、スティーブ・モースが中心となり、メーリングリストを用いた情報ネットワークが構築された。このシステムは、参加者がその地域で発生した疾患を報告するボランティアによるシステムである。しかし、投稿された情報はモジュレーターと呼ばれる議長が情報の整理・選別を行い専門家としてのコメントをつけてから参加者に提供することで、一定以上のクオリティーを保っている。
 このシステムが世界的に注目を集めたのは、Zaireでのエボラ出血熱流行の際の速報である。ほとんど毎日、現地の情報がメールによりリアルタイムで送信されてきた。この当時WHOは感染症情報は情報が確定するまでは提供しないポリシーを採っていたので、情報には3週間から数ヶ月のタイムラグがあり、実用にならなかった。このため、医療関係のみならずマスコミもProMED情報を読むようになった。日本でProMEDが認知された大きなきっかけであったと考えられる。
 検疫所でも、各方面から現在の流行状況について問い合わせの電話がかかってきたため、流行情報を把握する必要が生じていた。厚生省も情報を検疫所に提供しなかったため、独自に情報を収集する必要が生じ、この時に検疫所でProMED情報を翻訳し、提供を行うことが定着した。
 現在はWHOも情報提供に積極的になっており、かつてほどのタイムラグはない。このため社会的にインパクトのある流行情報の入手であれば、WHOのCSRをチェックすれば多くの場合ことたりる。また、ProMED-mailの記事の質については玉石混交であるため、ある程度専門知識を持って判断しないと評価を誤るおそれがある。このように、以前ほどはインパクトが無くなってきているProMEDであるが、現在でも多様性に優れるため、検疫所では貴重な情報源として活用している。
 また、WHOにしても、流行国からの要請がないと支援を行うことはできないので、要請しない国の情報は発表することができない。数年前にキューバでデング熱の流行があることを国が否定していた時、当地の大学教授が流行情報をProMEDに提供した。このように、WHOにしても万能ではなく、各種の情報源から情報を得て、その特性を活かすことが重要である。
 当検疫所では、基本的に全記事に慨約をつけ、検疫所のホームページ(http://www.forth.go.jp/) にデータベースとして掲載し公開している。また、outbreak@umin.ac.jp メーリングリストにより登録者に提供している(参加方法は、http://square.umin.ac.jp/outbreak/ ) 。このデータベースには97年からの記事約10,000件の記事が掲載・公開されており、国名、感染症名、自由ワードでの検索が可能になっている。
 また、ProMEDの記事は、専門的知識がないと、社会的なインパクトを判断しにくいので、ProMED各記事について、当検疫所の翻訳スタッフが、旅行者へのインパクトを独自にA から Eの5段階で評価し、利用者の便宜を図っている。
 なお、ProMED情報は公的機関による情報ではないため、渡航者向けポスターなど公式の資料の作成には利用せず、特殊な電話相談や、検疫所スタッフへの早期情報として利用している。
 一方、WHOやCDCなどの公的機関による情報、CNNなどの一般旅行者が情報源にするニュースソースからも情報を収集している。
 収集された情報は、医師4人を含む約10人のスタッフ(日常業務との兼務)により評価する。
渡航者に対するインパクトが大きいと評価される公式情報は、翻訳し所内で検討した後、パンフレット等に加工している。
 ProMED情報は、流行情報の速報・関連情報として、内部で利用している。
 FORTHデータベース利用の一例として、2000年に成田空港検疫所が行った「各国の輸入ウイルス性出血熱症例への対応実態調査」調査への利用があげられる。データベース検索の結果、2000年には西アフリカ地区からヨーロッパ3カ国(ドイツ、英国、オランダ)へのラッサ熱輸入例が4例発生し、WHO CSR, EuroSurveilance など公的な機関から情報の発信が行われた他に、ProMED-mailには診断のための検査を行ったドイツのBernhard-Nocht研究所ウイルス学科Herbert Schmitz教授からの直接的な投稿も記載された。データベースにキーワードである「ラッサ熱」を入力すると時系列に関連記事が出力され、記事を読み比べることで、症例の入院先、対応した公衆衛生当局名、ヨーロッパ域で診断の中心となっている研究所などが容易に理解できる。この情報に基づきBernhard-Nocht研究所およびフランクフルト国際空港を管轄するドイツHessen州保健局を訪問先に決定し、ウイルス性出血熱のスクリーング検査法、空港検疫での問題点およびその解決法について重要な情報入手に成功した。

 海外保健医療情報等の作成
 「海外保健医療情報」を毎年更新作成している。これは、各種情報源から入手される情報を、渡航者向けに国別に1枚のパンフレットにまとめた物で、2001年版には83ヶ国、20疾患の解説が掲載されている。これは、関係機関約1000カ所に配布するとともに、日常業務に活用している。
 また、国内で予防接種を行っている機関の情報が入手しにくいため、各種チャンネルから入手された予防接種機関情報をFORTHのデータベースにして公開している。現在約700カ所の医療機関が掲載されている。
 情報の提供は、主に以下のチャンネルによる。
● 予防接種外来 ● 出国時健康相談コーナー
● 入国時健康相談室 ● 電話相談
● インターネットホームページ : http://www.forth.go.jp/
● FAX自動応答サービス: 0476-30-2100
● メーリングリスト: outbreak@umin.ac.jp
 一般からの渡航前後の相談を受けている。本来、外来として対面で行いたいのであるが、当所のロケーションが悪いため、電話による相談も行っている。
 主な相談内容は、渡航前の予防接種、マラリア予防、一般的な注意事項であり、渡航後は、発熱や下痢が収まらないなどの症状の相談がある。
 ホームページには、「海外保健医療情報」、ProMED情報、予防接種機関リスト、公式情報、当所作成のポスターが掲載されている。
 また、FAXサービスには、「海外保健医療情報」および当所作成のポスターが掲載されている。

課題と提言
 流行情報の評価は、検疫所の複数の医師により行っているが、参加している医師がすべての感染症に対する専門家ではないので、その内容には限界がある。そのため、個別の種感染症に対する専門家からの助言を得ることが望まれる。各種熱帯病の臨床と疫学に詳しい専門家・研究者のリストを作成し、流行発生時には助言を受けることのできるシステムの構築が望まれる。
 さらなるシステム化には、Health Canada のシステムが参考になると考えられる。(これは海外勤務健康管理センター主催のセミナーで、中村安秀教授が紹介したシステムである。)Health Canadaでは感染症情報の収集・提供を政府(Office of Special Health Initiative)が担当している。流行情報はProMEDの他にGPHINとよばれる独自の感染症情報収集システムを用い収集している。ここで得られた情報はまず諮問委員会に諮り、その情報のevaluationを行い、次に政府で承認手続きをとる。政府は情報を正式情報として承認し、ホームページに掲載するとともに全国travel clinicへ情報を提供している。また、これ以外に毎年3疾患のガイドラインを作成し、これも同様に政府で承認手続きを経て公開・発表を行っている。その判断基準はscience baseである。
 このようなトップダウンの手法を取ることで、個々の機関が独自に情報を集める必要が減じられ、travel clinicはその業務に専念することができる。また、政府によるトップダウンの手法は日本に適用しやすいシステムではないかと考える。

参考:検疫法 第27条の2
 検疫所長は、外国に行こうとする者又は外国から来たものに対し、検疫感染症の外国における発生の状況およびその予防の方法についての情報の提供を行い、その周知を図らなければならない。
 検疫所長は、前項に規定する情報の提供を的確に行うために検疫感染症に関する情報の収集、整理、および分析につとめなければならない。

 

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