W14 マラリア対策の社会技術開発研究

日時:2006年10月13日(金)09:35-12:00
場所:第2会場(国際会議場)
座長:狩野繁之(国立国際医療センター),川端眞人(神戸大学 医学部)
W14-1
フィリピンパラワン島の地域住民参加型マラリア対策
Community-based malaria control program in Palawan Island, the Philippines
狩野 繁之1、 河津 信一郎1、 ANGLUBEN RAY2、 TONGOL-RIVERA PILARITA3
1国立国際医療センター研究所適正技術開発・移転研究部    2Kilusan Ligtas Malaria, Puerto Princesa, the Philippines    3Department of Parasitology, College of Public Health, University of the Philippines Manila, Manila, the Philippines   
マラリアの社会技術研究は、「分野を越えた幅広い視点に立ってマラリア流行による社会問題を解決するための技術開発研究」であると定義し、これまでの自然科学研究成果に立脚したマラリア対策から、流行地の住民に直接的・具体的に資する社会問題解決型のマラリア対策研究成果を目標とする。われわれは、フィリピンパラワン島のマラリア流行対策に資する適正な社会技術開発を行うために、さまざまなパイロットスタディーを試行した結果、地域住民参加を核としたマラリア対策が効果的であると判断した。 1992年より、パラワン島の流行地調査はフィリピン大学および群馬大学(1998からは国立国際医療センター)の共同研究として開始され、現地のNGOとCommunity Based Malaria Control Progaramの試行を行った。地域を定めて、NGOのヘルスワーカーに対するマラリア教育、顕微鏡検査トレーニング、ヘルスポストでの啓蒙活動を中心に、Health Workerのリクルートを図った。1997年にはパラワン州のマラリア対策局、地域健康ユニット、州政府ユニット、NGO、州健康局と連携したJoint活動が開始された。マラリア健康教育、蚊帳への殺虫剤含浸作業、環境整備などは、地域住民の直接的な参画によって行われるようになった。1999年、マラリア対策活動はKilusan Ligtas Malariaと称されたMovementに生まれ変わり、州政府を巻き込んだキャンペーンも度々催されるようになった。現地SHELL(石油会社)の活動参画と多額の資金提供を受け、パラワン全州165箇所のヘルスポストのmicroscopistのトレーニングを行うことなどができ、マラリア診断システムの格段の改善が達成できた。現在はさらにGlobal Fundの資金を獲得し、マラリア対策はその効果が具体的に現れてきている。以上概略した活動を通して、常にその中心に現地の住民の参画があり、かつての垂直型マラリア対策とは対局にある運動であった。
W14-2
インドネシア・ロンボク島及びスンバワ島におけるマラリアコントロールプロジェクトの事後評価
Evaluation of the Malaria Control Project in Lombok and Sumbawa islands, Indonesia
依田 健志1、 峰松 和夫1、 阿部 朋子2、 Sukmawati Basuki3、 Yoes  Prijatna Dachlan3、 門司 和彦2、 神原 廣二4、 樂得 康之5、 溝田  勉1
1長崎大学熱帯医学研究所社会環境医学分野    2長崎大学熱帯医学研究所熱帯感染症研究センター    3The Tropical Disease Center Airranga University, Surabaya, Indonesia    4長崎大学熱帯医学研究所感染細胞修飾機構    5チューレーン大学医療センター公衆衛生熱帯医学大学院   
【目的】
2001年11月より2004年10月まで、長崎大学熱帯医学研究所が国際協力事業団開発パートナー事業の援助を受け、インドネシアのロンボク島及びスンバワ島の2つの保健所管轄地域でのマラリアコントロール事業を行った。3年間のプロジェクトの結果、マラリア罹患率はプロジェクト介入以前の1/4まで減少させることができ、一定の成果をあげることができた。プロジェクト終了後1年半が経過した現在、プロジェクト期間中と比較し、住民意識にどの程度変化があるのか、またプロジェクト介入によりもたらされた住民の行動変化は継続されているのか等について、質問紙を用いた住民への聞き取り調査を行い、プロジェクトの事後評価を行った。
【方法】
インドネシア・ロンボク島及びスンバワ島でのプロジェクト実施地域において、無作為抽出法を用いて各島より300世帯ずつ選び、合計600世帯について、42項目の質問票を作成し、聞き取り調査を行った。項目内容は、1.診断及び治療について、2.予防について、3.健康教育について、4、プロジェクト全体について、の4つの大項目を中心とし、それぞれマルチプルチョイス方式の回答を用意し、自由記述式の回答欄をそれぞれの最後に設けた。得られた回答をSPSS11.5を使用し解析にあたった。
W14-3
ソロモン諸島マラリア医療サービスの拡大戦略:アウトリーチとリファーシステム
Expansion of malaria service in the Solomon Islands: Strengthen outreach and refer systems
川端 眞人1、 大橋 眞2、 石井 明3
1神戸大学 医学部 医学医療国際交流センター    2徳島大学総合科学部    3実践女子大   
マラリアの「早期診断と適正治療」はマラリア対策の基本的な方策である。しかし、都市部から離れた集落に住む貧困者や低識字者など社会的弱者がマラリアに感染することが多く、マラリア医療サービスへのアクセスの確保と拡大がマラリア対策成功のカギとなる。今回は、ソロモン諸島ガダルカナル州を対象にマラリア医療サービスを拡大するアウトリーチとリファーシステムを検討した。ソロモン諸島の医療施設はAHC(エリアヘルスセンター)・RHC(ルーラルヘルスクリニック)・NAP(ナースエイドポスト)からなり、ガダルカナル州では23施設が798集落・49,696住民(1999年センサス)にマラリア医療サービスを提供する。サービスのキャッチメントエリア内には、57%の集落・56%の住民が居住し、各ゾーン別のサービス普及率(キャッチメント域内の住民割合)とサービス利用率(住民当りのマラリア受診割合)は正の相関にある。現在、マラリア医療サービスを提供していない21施設にマラリアの診断治療サービスを設置すると、ガダルカナル州集落の82%・住民の78%がマラリアサービスにアクセス可能になる。一方、リファーシステムに関しては、首都ホニアラ市にある中央病院が重症マラリアを受け入れる。しかし、中央病院の診療体制・マラリア施設医療者の知識と技術・島内の搬送事情などを考慮すると中央病院へのリファーシステムの強化には難関が多い。入院施設のある6つのAHCを整備し、マラリア施設スタッフを研修してリファー先とするシステムがより現実的と考えられる。マラリア医療サービスを拡大するアウトリートとリファーシステムの強化介入では、1)地域住民のマラリアと健康への意識を高める、2)マラリア施設の看護師検査技師の知識と技術を向上させる、3)マラリアの診断治療に必須で現場に応用可能な機器試薬を整備する、が基本的な活動の柱となる。
W14-4
ラオスにおけるプライマリヘルスケアのためのマラリア初期治療
Malaria treatment for primary health care activity in Lao PDR
野中 大輔1、 小林 潤2、 加藤 紀子2、 當眞 弘3、 狩野 繁之4、 神馬 征峰1
1東京大学大学院医学研究科国際地域保健学    2国立国際医療センター国際医療協力局    3琉球大学医学部熱帯寄生虫学    4国立国際医療センター研究所適正技術開発移転研究部   
アジアメコン圏各国では、プライマリヘルスケア(PHC)活動の担い手であるヘルスセンター等の公的診療機関と村落ボランティアが、マラリア対策のための初期診断、治療をする役割を担っていくべきであるという戦略がMekong Roll Back Malaria に基づき、とりあげられてきた。ところがラオスでは保健関係のインフラや経済基盤が脆弱である。そのためPHC活動にも限界があり、その限界がマラリア対策にも影響しているのではないかと危惧されてきた。さらに現実には薬局や一般店舗でのマラリア治療薬が販売されてきた。このように私的セクターがすでに活発であることから、これらの巻き込みもPHCのためのマラリア初期対策には必要と推定された。本研究では、住民のマラリア受療行動、公的診療機関と私的機関における医療技術者や薬販売者のマラリア治療薬に関する知識、無許可小売商の存在などを調査した。対象地域は、Sekong県Lamarm郡の14村、Oudomxay県Namor郡の9村である。その結果、マラリア受療行動の内訳は、病院・ヘルスセンター受診38%、Private Pharmacyからの薬購入14%、伝統儀式による治療13%、村落ボランティア受診14%、無許可小売商からの薬購入4%、ハーブによる自己治療3%、その他13%であった。これらの割合は、診療施設の有無や病院等までの距離などにより村毎に異なり、僻地村落ほど伝統儀式による治療が多くなる傾向がみられた。マラリア治療薬の知識調査に関しては、公的診療機関の医師や薬剤師の方が、私的機関のPrivate Pharmacyの職員よりも正しい知識をもっていた。また4村において、無許可でマラリア治療薬の販売やマラリア治療している住民が確認された。
以上の結果をもとに、ラオスにおけるマラリア初期治療の強化に今後どのような戦略改善が必要であるのかを提言したい。
W14-5
学校保健アプローチによるマラリア対策
School health based malaria control
小林 潤1、 狩野 繁之2
1マヒドン大学熱帯医学部国際寄生虫対策アジアセンター    2国立国際医療センター研究所   
早期診断早期治療、殺虫剤を浸透した蚊帳の普及が基本戦略の中核をなしているマラリア対策のなかで、住民へのBehavior Change Communication(BCC)は必要不可欠な要素となっていることはいうまでもないだろう。現在の世界戦略であるRoll Back Malaria InitiativeにもBCCについて記されているが、意外にも戦略的にはPrimary health care system のなかの要素を利用することが基本戦略としていて、いまだにその枠をでていない。ししかしながらPHCを担っているHealth Personalが行う健康教育には活動範囲の限界があるなか、Health Volunteer には不均一性という問題はマラリア対策だけでなく一般的な問題と各国でなっている。このなかで、タイ国マヒドン大学Asian Center of International Parasite Control (ACIPAC)では学校をチャンネルとしたBCCの普及を行ってきた。これは現在の学校保健の世界的パッケージであるHealth Promoting School の重要な一つの要素である学校とコミュニテイーとの連携を主に応用したものであり、効率的効果的にBCCが行えるものである。現在このアプローチは、タイのみならず、カンボジア、ラオス、ミャンマーといったメコン圏各国での戦略に含まれるようになってきている。また世界銀行が打ち出したマラリア対策にも学校が非常に重要な要素として記されていることから今後アジアだけでなく、世界に向けて広がる可能性をしめしている。 また、疾患対策にもヘルスプロモーションの考え方が導入されるにつけて、学校保健のアプローチはマラリア、寄生虫といっただけでなく、鳥インフルエンザ等の新興感染症のリスクコミュニケーションとしての重要性も考えられている。常にあらたな感染症の危機にさらされて多くの感染症についての情報が氾濫するおそれもあり、正確かつ継続性のある情報の伝達として学校保健はますます重要視される可能性も含んでいる。
(オーガナイザー:狩野繁之)