W13 旅行医学

日時:2006年10月12日(木)16:00-18:00
場所:第5会場(リハーサル室)
座長:濱田篤郎(海外勤務健康管理センター),木村幹男(国立感染症研究所)
W13-1
長崎県の旅行会社への旅行医学に関するアンケート調査の解析
Analysis of questionnaire concerning travel medicine to travel agency in Nagasaki
渡辺 浩1、 宮城 啓1
1長崎大学医学部・歯学部附属病院感染症内科(熱研内科)   
【背景と目的】近年本邦の海外渡航者の数は増え続け、加えて渡航先や旅行形態にも変化がみられ、海外渡航者が様々な疾患に罹患する危険性が増している。当院では2004年4月より短期あるいは長期の海外旅行、海外出張をする方の健康管理を目的とした海外旅行外来を開設し、2006年8月までに267名が受診しているが、旅行会社からの紹介で受診した人は少ない。そこで長崎県の旅行会社の旅行医学に関する認識を明らかにする目的で以下の検討を行った。【対象と方法】2006年2月に長崎県の旅行会社83カ所に旅行医学に関するアンケートを郵送した。アンケートは匿名とし,ファックスにて送信頂いた。このうち返答があった23社(回収率28%)のアンケート結果について解析を行った。【結果】回答した旅行会社が取り扱う1年間の海外渡航者数は10-100名が44%と最も多く、ついで101-500名が35%であり、78%の会社は顧客に現地の感染症情報や病気の対応法について相談をされるのは100人中10人未満であった。平成17年4月1日より日本旅行業法令・約款が改正になったことは96%の会社が認識していたが、感染症の発生状況などの情報提供の項目が追加されたことは39%の会社が知らなかった。また96%の会社は当院で海外旅行外来が行われていることを認識していなかった。当科への具体的な要望としては渡航先の最新医療情報に関する情報提供を求めるものが多くみられた。【結論】多くの旅行者は旅行会社を通じて旅行の手配をするという現状より、海外旅行者への旅行医学の啓蒙をする点で旅行会社が果たす役割は大きい。今回の検討では長崎県の旅行会社の旅行医学に関する認識は充分なものとは言えないまでも、渡航先の最新医療情報に関する情報提供を望んでいる会社も多くみられることから、旅行会社への継続的な旅行医学に関する情報提供を行うことが海外旅行者の旅行医学に対する認識を高めるための有効な手段となる可能性が示唆された。
W13-2
当センター予防接種外来におけるマラリア予防薬の処方状況
Travelers to whom we have prescribed mefloquine for chemoprophylaxis or emergency standby treatment
奥沢 英一1、 古賀 才博1、 打越 暁1、 福島 慎二1、 濱田 篤郎1
1海外勤務健康管理センター   
2002年1月から2006年3月における当センター予防接種外来でのメファキン(一般名メフロキン)の処方状況を解析した。該当期間内の処方件数は、2002年19例、2003年27件、2004年19件、2005年14件、2006年(3月まで)3件、計82件であった。全例、予防内服あるいはスタンバイ治療を目的とした処方である。渡航目的は、海外勤務者・その家族が50%(41名)、一般旅行者33%(27名)、その他・不明17%(14名)であった。
男女比は71:29と男性が多かった。一般旅行者の男女比はほぼ1:1であったが、海外勤務者等が85:15であったためである。年齢層は20〜39歳が全体の50%を占めた。渡航先は、アフリカ(52%)とアジア(32%)が多く、大洋州や中南米は少なかった。渡航日数では、10日以内が12%、11〜30日が52%、31〜90日が18%、91日以上が16%であった。渡航日数が91日を越える例は主に海外勤務者等で、一般旅行者は皆無であった。
用法として、カルテにスタンバイ治療希望と記載されていたものが5例、予防内服の錠数計算ないしは服用日が記載されていたものが35例、いずれの記述もなしが42例であった。スタンバイ治療希望5例のうち、4例は海外勤務者等で、1例はその他(研究)であった。スタンバイ治療希望5例の滞在日数は、91日以上が3例、31〜90日が1例、11〜30日が1例であった。
問診で過去に予防内服の経験があると回答したものは11%(9例)で、うち5例が一般旅行者、3例が海外勤務者等であった。処方から出国までの日数に関して、海外勤務者では50%が12日以上であったが、一般旅行者では50%が6日以内であった。
当外来で予防接種も受けたものは、海外勤務者で53%、一般旅行者で20%であった。ワクチンとしては、腸チフス(17)、A型肝炎(17)、破傷風(13)が多かった。
W13-3
海外渡航者におけるA型肝炎・B型肝炎抗体価の解析
Immunity to hepatitis A and hepatitis B in Japanese travelers seen in a travel clinic
水野 泰孝1、 加藤 康幸1、 金川 修造1、 工藤 宏一郎1、 矢野 公士2
1国立国際医療センター国際疾病センター    2独立行政法人国立病院機構長崎医療センター   
開発途上国ではA型肝炎、B型肝炎ウイルスの高度浸淫地域が多く、海外渡航者に対する感染予防としてのワクチン接種は重要な課題である。わが国におけるA型肝炎は、生活環境の整備により50歳以下の年齢層では免疫がほとんどないと言われており、B型肝炎に関しては1986年から施行されている母子感染防止事業により、B型肝炎ウイルスキャリアとそれに伴う慢性肝疾患は激減した。今回我々は海外渡航者におけるA型肝炎およびB型肝炎抗体価保有率を調査し、海外渡航者に対するワクチン接種のあり方について考案する。 国立国際医療センターにおいて、2005年10月から2006年3月までの間に、渡航前健康診断でA型肝炎抗体(HA抗体)、B型肝炎抗体(HBs抗体)検査を行った428名を対象とした。過去にワクチン接種歴がある者は接種時期、接種回数を聴取した。 受診者のうち男性は290名、女性は138名で、平均年齢は36.7歳であった。A型肝炎ワクチン未接種者293名のうちHA抗体陽性者は30名(10.2%)で、60歳代以上では80%であったが50歳代以下では25%以下であった。一方B型肝炎ワクチン未接種者308名のうちHBs抗体陽性者は19名(6.2%)で、HBs抗原陽性のキャリア率は0.7%であった。過去のワクチン接種歴が確認できた者は87名で、1回接種者におけるHA抗体陽性率、HBs抗体陽性率はそれぞれ25.6%、7.7%であったが、2回接種者では94.4%、54.2%まで上昇していた。 海外渡航者に対するワクチン接種は渡航先、渡航期間、過去のワクチン接種歴および自然感染歴などにより接種すべきワクチンが異なってくる。トラベルアドバイスを行うにあたっては、不必要なワクチン接種を行わないようにするためにも年齢、海外渡航歴、ワクチン接種歴などを考慮に入れ、必要に応じて抗体価の測定も行うことにより適切な対象選別が可能となる。
W13-4
入院を要したラオス在留邦人及び同国への邦人渡航者についての検討
Analysis of hospitalized Japanese residents and travelers in Lao People's Democratic Republic
宮城 啓1、 津守 陽子1、 渡辺 浩1
1長崎大学熱帯医学研究所感染症予防治療分野   
【目的】ラオス在留邦人及び同国への邦人渡航者に対する疾病予防の啓蒙活動に役立てることを目的に以下の検討を行った。【対象と方法】2003年4月17日から2006年3月15日の約2年11ヶ月の期間に、在ラオス日本大使館医務官に健康相談の依頼があり、その後入院を要した邦人49人51エピソードについて、滞在期間、渡航目的、海外旅行傷害保険の加入状況、入院期間、入院の原因となった疾患などについて検討した。【結果】今回検討した49人51エピソード(2人は2回の入院歴あり)は全例隣国タイの医療機関に入院を依頼した。症例の性差は、男性30例、女性21例とやや男性が多く、平均年齢は33.0 歳で年齢分布は1歳から83歳であった。症例を3ヶ月以上の長期滞在者と3ヶ月未満の短期滞在者に分類すると、長期滞在者が42例(82.4%)、短期滞在者が9例(17.6%)であった。また、海外旅行傷害保険の加入率は全体で80.4%であり多くの方が加入していた。入院先は隣国タイのウドンタニ県が34例(66.7%)と最多で、首都バンコクが13例(25.5%)、ノンカイ県が2例(3.9%)、本邦が2例(3.9%)であった。平均入院期間は9.5日で、最短1日、最長73日間であった。また、症例の疾患の内訳は、感染症が20例(39.2%)と最多であり、外傷10例(19.6%)、交通外傷10例(19.6%)、神経疾患3例(5.9%)、脳血管障害2例(3.9%)、消化器疾患2例(3.9%)、皮膚疾患、産科疾患、呼吸器疾患、全身消耗状態が各1例(2.0%)であり死亡症例はなかった。【考察】ラオス在留邦人及び同国への邦人渡航者において、入院加療を要した症例の疾患は多岐にわたるが、感染症と外傷で約8割を占めた。従って、渡航者は予防接種を含めた渡航前の感染症対策もさることながら、渡航後の交通事故や外傷にも十分注意を払う必要があると思われた。また、入院期間が73日間と長期入院を要した症例もあり、海外渡航時の海外旅行傷害保険への加入は必須と考えられた。
W13-5
マラリアに罹患した社員を有する海外進出企業の特徴
The characteristics of Japanese company which had the employees malaria infection abroad
古賀 才博1、 奥沢 英一1、 福島 慎二1、 西山 利正2、 濱田 篤郎1
1独立行政法人労働者健康福祉機構海外勤務健康管理センター    2関西医科大学医学部公衆衛生学   
【目的】経済のグローバル化に伴い企業の海外進出は増加しており、衛生状況の劣悪な地域において感染症の罹患が危惧されている。社員がマラリアに罹患した企業とそうでない企業を比較し、どのような特徴があるか調査を行った。
【方法】東洋経済新報社発行の海外進出企業総覧に掲載されている企業計2,124社を対象として調査票を送付し、業種、派遣地域、海外赴任者数、赴任前健康教育の有無、予防接種の内容、海外でどのような感染性疾患に罹患したことがあるか調査を行った。
【結果】513社より回答があり(回答率24.2%)、海外派遣を行っていない企業を除外した実質有効回答は511社であった。海外で社員が罹患した感染性疾患では事例なしと回答した企業は269社(52.6%)、マラリアは18社(3.5%)であった。社員がマラリアに罹患した企業とそうでない企業を比較すると、前者では、業種は建設業、商社、電気でアフリカや中近東に進出している企業が多く、海外派遣者の多い企業で有意な差を認めた。マラリアに罹患した社員を有する企業18社の中で、11社(61.1%)の企業がA型肝炎の罹患を経験しており、同様にB型肝炎は7社(38.9%)、腸チフスは6社(33.3%)となり、マラリアの罹患の経験のない企業に比べ、多い傾向が認められた。一方、赴任前の健康教育やワクチン接種、予防内服の実施率は、マラリアに罹患した社員を有する企業の方が高い傾向がみられた。
【考察】今回の調査では、社員がマラリアに罹患した経験を有する企業で、A型肝炎やB型肝炎、腸チフスの感染も多く経験していることが明らかになった。感染症のリスクの高い地域への海外進出に伴い、総合的な感染症対策が必要と考える。一方、マラリア罹患の社員を有する企業では、そうでない企業に比べ、赴任前の健康教育やワクチン接種、予防内服を実施している割合が高かったことを考慮すると、より一層の感染症対策の充実が望まれると考えられた。
W13-6
海外に滞在する日本人小児の健康上の訴えに関する調査
Survey of health complaints among Japanese children living abroad
福島 慎二1、 武田 真実1、 古賀 才博1、 奥沢 英一1、 酒井 理恵2、 高橋 謙造2、 田城 孝雄2、 丸井 英二2、 濱田 篤郎1
1海外勤務健康管理センター    2順天堂大学医学部公衆衛生学講座   
【背景・目的】 海外勤務者の増加とともに海外に滞在する日本人小児も増えている。ところが海外滞在中に小児がどのような健康問題に直面しているか調査した研究は少ない。今回我々は、海外に滞在する小児の訴えを明らかにする目的で、海外巡回健康相談の問診票を解析した。 海外巡回健康相談は、海外派遣労働者とその家族などの健康管理上の不安を軽減し、健康の維持・増進を図る目的で、昭和59年に労働福祉事業団が開始した事業である。現在は、業務委託先である海外邦人医療基金を通じ、日本人会の協力を得ながら実施している。健康相談の実施地域は、海外勤務者が多く在留し、かつ医療面での不安が大きい地域を中心に毎年選定されている。【対象・方法】平成12〜16年度の5年間に海外巡回健康相談を受診した15歳以下の小児、のべ9318人について年齢・性別・渡航地域・滞在期間・訴えを解析した。【結果】 有効回答者は9091人(97.6%)であった。平均年齢7.3歳。性別は男児4747人、女児4344人。滞在期間は0〜162か月(平均30か月)であった。地域別では、アジア4870人、中東1400人、アフリカ1000人、中南米896人であった。5年間全体の有訴件数は6843件となり、平成16年度は1793人のうち、1376件の有訴件数があった。5年間全体の訴えの種類としては、咳・痰(11.3%)、のどが痛む(4.0%)といった呼吸器症状、皮膚症状(6.2%)や腹痛(3.8%)・下痢(3.8%)などの消化器症状が多かった。【考察】 今回対象となった小児では、呼吸器、皮膚、消化器に関する訴えが多かった。病院を受診した小児の主訴調査ではないため、両親や本人が抱えている些細な健康問題も含んでいる可能性はあるが、今回の研究結果をもとに出国前や巡回健康相談での健康教育を充実させていく方針である。また今後は、地域ごとの日本人小児の受診状況などを調査して、海外に滞在する小児の健康問題とその対応を明らかにしていく必要があると考える。
W13-7
旅行医学における特徴とジレンマ
Characteristic features and dilemmas in travel medicine
木村 幹男1
1国立感染症研究所感染症情報センター   
旅行医学では予防の問題が主となるが、感染症の予防手段、特にワクチン接種やマラリア予防内服を決定するには種々の事柄を考慮する必要がある。なかでも、対象とする疾患の罹患頻度、罹患した場合の重篤度の2点が重視されるが、罹患頻度については、旅行者のデータで種々の場合に当てはまる最新のデータが常に出ているとは限らない。A型肝炎のように罹患頻度、重篤度の両者が高い場合には、そのためのワクチン接種を優先することになるが、前者は高くても後者が余り高くない場合、あるいは逆の場合などでは迷うことにもなる。他に、ワクチンやマラリア予防薬の副作用が問題となるのはもちろん、効果、忍容性、コンプライアンス、日程など、あるいは費用についても旅行者によっては大きな問題である。これらの事柄のどれを重視するかについては、それぞれの旅行者で異なる可能性があり、医療従事者が正しい知識や情報を提供し、旅行者自身が十分納得して選択することが望まれる。究極的には、どのような種類(罹患のリスク、副作用のリスク)のどの程度のリスクであれば許容できるかの問題となるが、これは医療従事者の世界のみでなく、社会全体の中で考えるべきことであろう。
この様な考えと対極にあるようにみえるのが、ガイドライン作成などにより、比較的一律に同様なアドバイスを行なおうとする方向である。これは、余りにリスク・ベネフィットの問題を強調すると旅行者は迷ってしまい、その場合にはワクチン接種、マラリア予防内服などの予防手段を行なわなくなる傾向がある点に由来している。
上記2種類のアプローチは両者ともに必要と思われる。具体的には、学問のレベルで絶えず種々の事柄の検討や検証を行ない、その結果、最適と考えられる形でガイドラインを作成あるいは更新し、これを繰り返すことであろう。
(オーガナイザー:)