W10 マラリアの疫学と予防

日時:2006年10月12日(木)16:00-18:00
場所:第2会場(国際会議場)
座長:松岡裕之-新井明治(自治医科大学医学部感染免疫学講座医動物学部門)
W10-1
ソロモン諸島におけるマラリア感染状況の変化と疫学的指標の問題点
Dynamic change of malaria epidemiology and limitation of present indicators in the Solomons
大前 比呂思1、 亀井 喜世子2、 中澤 港3、 山内 太郎4、 バーナード バコテー5
1国立感染症研究所寄生動物部    2帝京大学医学部    3群馬大学大学院社会環境医学    4東京大学大学院医療人類生態学    5ソロモン諸島国医学研修研究センター   
ソロモン諸島国おけるマラリア感染状況の変化を2000−2002年におこった民族紛争の前後で検討し、併せて疫学的指標の有用性を検討した。ソロモン諸島国は、1990年代、報告患者数が年間400/1000を超えるマラリアの高度浸淫地として知られたが、対策の成功によって、1997年以降は報告患者数が年間200/1000以下にまで改善した。その後、国家的なマラリア対策が困難な時期が続いたが、公式発表では、明らかなマラリア再興の兆候を見せることなく経過している。その理由の一つとして、民族紛争によって生じた交通の制限によって、ヒトの移動に伴っておきるマラリアの流行が減少した可能性がある。そこで、現在のソロモン諸島におけるマラリアの疫学的状況を的確に判断する為に、かつて継続的に疫学的調査が行なわれたガダルカナル島北東部のタシンボコ地域を対象とし、再び横断的調査を行って比較検討することとした。この地域は、首都ホニアラ市から直線で50kmのところにあり、かつては直通バス路線もあって、人の往来も盛んだったが、現在では、往時の10分の1以下にまで減少している。対象地域で、2006年2月、217人を対象として調査をActive Case Detection(ACD)として行った横断的一斉調査では、30%以上のマラリア感染率を示し、1996年の調査結果と同様、高い感染率を示した。しかし、今回は、三日熱マラリアが感染者の60%以上を占め、1990年代の熱帯熱マラリアの比率とは逆転していた。現在も、病院や診療所を受診した有症状者を中心としたPassive Case Detection(PCD)では、ソロモン諸島では、熱帯熱マラリアの比率が80%近くを占めている。マラリア対策が進み、典型的な症状を示す熱帯熱マラリア感染者が減少すると、従来のPCDPに頼った疫学的指標だけでは、実際のマラリア感染状況が把握できない可能性が示唆され、今後はACDも含めたモニタリングの手法と体制の確立が重要と思われた。
W10-2
インドネシア,スンバワ島入植地における急速なマラリア流行発生
Rapid establishment of malaria endemic situation at new settlements in Sumbawa island, Indonesia
神原 廣二1、 上村 春樹1、 BASUKI SUKMAWATI2、 DACHLAN YOES P.2
1長崎大学熱帯医学研究所    2Tropical Disease Center, Airlangga Univ, Surabaya, Indonesia   
インドネシアは経済的発展の不均衡さから,社会経済の地域格差,個人格差が大きい。そのため都市への人口集中が進み,政府は,人口の少ないカリマンタンやイリヤンジャヤ(現パプア)への移民政策を推進している。これら両島がマラリア流行地を多数含むことから,入植地のマラリア罹患は免疫のない島からの移民にとっては深刻な問題のひとつである。カリマンタンではAnopheles balabacensisによる森林マラリアの多いこと,パプアでは海岸に近い場所ではAn. farauti,内陸に入るとAn. punktulatusなどが広範囲のマラリア流行を起こしていることは良く知られている。ところが他の島,例えば私達がこれまで調査を続けて来たロンボク,スンバワ島などではマラリア流行は小さな流行地が散在して存在する。ヒト側,媒介蚊側の条件がうまくかみ合った地域にのみ存在するのである。ところが今回調査を行ったスンバワ島南部のみっつの入植地では1年以内に急速なマラリア流行が成立している。いったいそれまでヒトの住まなかった地域に流行を起こすどのような要因が待ち受けていたのであろうか。私達がこれまで行って来た調査から急速なマラリア流行成立の証明と,それを起こした要因について推測してみたい。このことは入植前にその地域でのマラリア流行予想を可能にし,ひいては予防策につながると考えられる。
W10-3
外来におけるマラリア疑い患者のフォローアップの重要性についてー三日熱マラリア再発例よりー
Importance of following up a suspected relapsed case of vivax malaria patient
水野 泰孝1、 工藤 宏一郎1、 狩野 繁之2
1国立国際医療センター国際疾病センター    2国立国際医療センター研究所   
症例は42歳女性。修道女として平成14年11月から平成17年1月までルワンダに在住。平成16年5月に現地で初めてマラリアに罹患し、以降ほぼ1ヶ月ごとに発熱を繰り返し、8回にわたって現地の病院でマラリアの診断、治療を受けていた。平成17年1月12日に帰国し、1月20日にマラリア検査目的で当センター渡航者外来を受診した。初診時は全身状態良好で、血液塗抹標本観察および迅速診断キットでマラリア陰性であった。ところが、2月2日より38度の発熱、頭痛が出現し、2月3日に当センターを再診した。来院時の体温は36.1度であったが倦怠感強く、皮膚軽度黄染を認め左季肋部に圧痛を認めた。血液塗抹標本で卵形様の原虫感染赤血球寄生率0.18%を認め、マラリア迅速診断キットでは三日熱、卵形、四日熱マラリアの共通バンドが陽性であった。種の鑑別のために同日行ったPCR法で、三日熱マラリア原虫のDNAが増幅された。同日よりメフロキンによる発熱抑止療法、3日後よりプリマキンによる根治療法を行い軽快した。現在のところ再発は認められていない。一般的に熱帯地から帰国した発熱患者を診察する場合には、まずマラリアを鑑別しなければならないが、本症例では初診時にマラリアの可能性が否定されたにもかかわらず、継続的な経過観察を繰り返して早期診断が行え、鏡検では鑑別できなかった虫種をPCR法で確定できた。マラリアが疑われる患者を外来で管理する際には、詳細な問診と継続的な経過観察、および適切な種々の検査法の導入がきわめて重要であると考えられた。
W10-4
クロロキン薬剤耐性を考慮した熱帯熱マラリア伝播モデルの構成:ソロモン諸島を対象として
A mathematical model of Plasmodium falciparum transmission making allowance for drug resistance -Simulations in the situation of the Solomon Islands
陳 甜甜1、 仁科  朝彦1、 久兼 直人1、 大前 比呂思2、 石川 洋文1
1岡山大学環境学研究科人間生態学    2国立感染症研究所寄生動物部   
【背景と目的】ソロモン諸島はマラリアの高度浸淫地として知られている。1980年より、クロロキン(CQ)耐性を有する熱帯熱マラリア原虫がソロモン諸島において次々と報告され、このマラリア薬剤耐性株の拡大がマラリア制圧に大きな障害となっている。ソロモン諸島のBetikamaとRuavatu地域1995年の調査では、マラリア感染者にCQ耐性株の占める割合が20%〜25%と報告されている。1997〜2001年に行われたソロモン諸島における五つの調査のCQ耐性株の割合は平均27.8%となっている(WHO)。本研究ではCQ耐性株を含む熱帯熱マラリア伝播を対象にモデルを構成し、薬剤耐性株がマラリア流行拡大に果たす役割を予見する。合わせて、CQの投与による薬剤耐性株の割合の増大についても解析する。
【方法】本研究では、薬剤耐性株を含む熱帯熱マラリア伝播モデルを構成した。モデルにおいては、ホスト集団、ベクタ集団(An. farauti)ともに、それぞれ耐性株と感受性株への感染を区分した。抗マラリア薬投与はCQを仮定した。ホスト集団にCQ治療後、gametocyteは16〜24日の間に失われていくものとした。熱帯熱マラリアの流行地では、感染率、gametocyteの保有率が年齢層ごとに大きく異なっている。本研究では、これを反映するため、ホスト集団を7つ年齢層に区分し、取り扱うことにした。
【結果】ソロモン、ガダルカナル島北東部で石井教授等により実施されたマラリア調査結果に基づき、疫学的パラメータを、また原田博士等の媒介蚊調査により、スポロゾイト保有率(0.1%)、経産蚊率(15%)を推定した。これに基づき、選択的集団治療投薬効果についてCQ薬剤耐性株の割合に関する比較シミュレーションを行った。経年のCQ投与による薬剤耐性の拡大に関するシミュレーションについても報告する。
W10-5
遺伝子改変弱毒スポロゾイトワクチン開発に向けてのネズミマラリア原虫蚊内発育ステージの培養
In vitro culture of mosquito stages of Plasmodium berghei for the development of a genetically-attenuated sporozoite vaccine
新井 明治1、 平井 誠1、 松岡 裕之1
1自治医科大学医学部感染免疫学講座医動物学部門   
X線照射したスポロゾイト感染ハマダラカに吸血させることで以後の攻撃感染に対して感染防御効果が得られることは、1960年代〜1970年代に盛んに研究されたものの、実用化には至っていない。弱毒スポロゾイト生ワクチンの実用化を阻んできた主な要因は「感染蚊の維持・管理」と「放射線照射」という問題であり、逆にこれらの問題が別の手段により解決されるなら、弱毒スポロゾイトは有望なワクチン候補として再び注目を集めるであろう。我々は、スポロゾイトの免疫原性は保持するが、肝細胞内での分化・増殖能を欠損したマラリア原虫を遺伝子操作によって作出し、これを大量培養して生ワクチンとして用いることを目指して研究を行っている。我々は現在までに、ネズミマラリア原虫 Plasmodium berghei 感染マウスの血液を出発材料として、培養によってオオシストおよびスポロゾイトを効率よく作成する実験系をたちあげ、培養条件下で形成されたスポロゾイトの細胞侵入性の検討を行っている。本発表では、これまでの培養実験の成果とともに、生ワクチン候補である遺伝子改変原虫について報告したい。
W10-6
東南アジア各国における熱帯熱マラリアの流行と glucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PD) 変異の多様性について
Prevalence of falciparum malaria and variety of glucose-6-phosphate dehydrogenase (G6PD) mutations in Southeast Asian countries
松岡 裕之1、 新井 明治1、 平井 誠1、 川本 文彦2
1自治医科大学医学部感染・免疫学講座医動物学部門    2大分大学医学部総合科学研究支援センター   
マラリアの流行地においてマラリアの診断をし,その場で治療を開始することができれば,住民の理解が得られ易く,検査に対しても協力を得易い。治療は,栄養体に対する薬剤(クロロキンなど)に加え,吸血により蚊への伝播を起こす生殖母体を殺す薬剤(プリマキン)を投与することが望ましい。プリマキンはG6PD活性低下者に投与されると溶血を起こす。男子人口の数〜10%余に活性低下者がいると予測される東南アジアにおいて,この検査を行なうことなくプリマキンの投与することはできなかった。ここ数年間G6PDの迅速診断法には格段の進歩がみられた。すなわち特別の機器を要することなく,少量の血液をチューブに混ぜて混和転倒させ,室温に20〜30分静置したのち,目視によりG6PDの活性を半定量的に検査できるようになった。こうしてアクリジンオレンジ染色によるマラリア迅速診断と,チューブ法によるG6PD迅速診断の両者をマラリア流行地で実施することにより,マラリア流行地においてプリマキンを含むマラリア治療薬を投与できるようになった。我々はミャンマー,カンボジア,インドネシアのマラリア流行地に出向き,この迅速診断・即時治療システムを導入し,これら活動を通じてマラリアの流行状況およびG6PD欠損者の地域分布を調査して来た。マラリア流行地を抱える東南アジア各国では,治療薬にartemetherを導入する国が増え始め,マラリアの流行状況には変化が出始めている。G6PD分子は,その変異を来たす分子構造は一アミノ酸の置換によるものがほとんどで,それは一塩基置換により起きている。我々は東南アジア各国で200例余りのG6PD欠損者を見いだし,10数ヶの変異型を読み取って来た。その結果,国や民族によってG6PDの変異型分布には著しい特徴がみられ,東南アジアの人々が過去どのような流れで移動・分散していったのかを概観することができた。
W10-7
マラリア感染における好中球遊走性レクチンの役割
The roel of neutrophil chemotactic lectin in murine malaria
大橋 眞1、 上村 春樹2、 中澤 秀介2、 神原 廣二2
1徳島大学総合科学部自然システム学科    2長崎大学   
マラリア原虫に対する宿主の免疫機構に関しては、不明な点が多い。マラリア原虫が活性酸素に対して感受性が高いことから、好中球やマクロファージの重要性が示唆されるが、マラリア原虫の除去がどのように行われるかについてはほとんど報告がない。今回、ネズミマラリア感染赤血球から好中球遊走因子(IP18)を単離し、その役割について解析した。
材料と方法 P. yoelii感染マウス赤血球から陰イオン及び陽イオン交換カラムを用いて好中球遊走因子を精製した。好中球遊走活性はオイスターグリコーゲン刺激で誘導した好中球を指示細胞として、48穴マルチウエルケモタキシスチェンバーを用いてミリポアフィルター内に遊走した好中球数を測定することによりおこなった。
結果 感染赤血球lysateから18kDの好中球遊走因子(IP18)を精製した。N末アミノ酸配列よりこの分子は、αIFNで誘導される蛋白質であることがわかった。リコンビナント蛋白質の解析より、この蛋白質には赤血球を凝集させるレクチン活性があることが示された。また、好中球遊走活性はこの分子のほぼ中央部分にあることがわかった。また、感染赤血球をIP18とプレインキュベートしたのちに正常マウスに移入すると、主に肝臓に補足され感染赤血球の末梢への出現が遅れることから、この分子は、感染赤血球の肝臓への補足に関与していることが示唆された。IP18は好中球集積とともに感染赤血球の除去にも関与する先天性免疫機構の因子の一つであると考えられる。
(オーガナイザー:)