W08 住血原虫の化学療法とその標的分子

日時:2006年10月12日(木)13:30-15:10
場所:第2会場(国際会議場)
座長:北 潔(東京大学大学院)
W08-1
インドネシア産薬用植物に含まれる抗バベシア化合物
Subeki Subeki1、 MASAHIRO YAMASAKI2、 YOSHIMITSU MAEDE2、 HIDEYUKI MATSUURA3、 KOSAKU TAKAHASHI3、 KENSUKE NABETA3、 KEN KATAKURA1
1Laboratory of Parasitology, Graduate School of Veterinary Medicine, Hokkaido University, Sapporo, Japan    2Laboratory of Internal Medicine, Graduate School of Veterinary Medicine, Hokkaido University, Sapporo, Japan    3Laboratory of Bioorganic Chemistry, Graduate School of Agriculture, Hokkaido University, Sapporo, Japan   
A large number of species of Babesia has been described from domestic and wild animals. Some Babesia species cause human babesiosis in recent years. However, there is no successful chemotherapy for the disease due to a limited number of useful drugs, side effects and drawbacks of the existing medication. In this study we screened 28 Indonesian medicinal plants for their anti-babesial activity in vitro using Babesia gibsoni , an agent of canine babesiosis. Of these plant extracts, Morus alba leaves and Brucea javanica fruits showed more than 50% inhibition of the parasite growth at test concentration of 10 μg/ml. The most active was B. javanica with an inhibition value of 85.6%. The twenty six remaining extracts had an inhibition less than 50% at this test concentration, while some of extracts, Anamirta cocculus leaves, Excoecaria cochinchinensis leaves, Selaginella doederleinii whole plant, Curcuma domestica rhizome, Elephantopus scaber leaves and Luffa acutangula seed, had an inhibition more than 50% when tested at higher concentration of 50 μg/ml. Bioassay-guided fractionation of the fruits of B. javanica led to the isolation of two novel quassinoids, bruceantinol B and bruceine J, along with six known quassinoids, bruceines A, B, C, D, bruceantinol and yadanziolide A. Chemical structures of these compounds were elucidated on the basis of their spectral data and chemical evidence. Bruceine A and bruceantinol were shown to be more active than ganaseg against B. gibsoni in vitro with IC50 values of 4 and 12 ng/ml, respectively. (IC50 of ganaseg: 103 ng/ml).
W08-2
Trypanosoma cruzi のトランスシアリダーゼは parasitophorous vacuole からのエスケープに重要である
Role of trans-sialidase on Trypanosoma cruzi escape from parasitophorous vacuole
上村 春樹1、 神原 廣二1、 Schenkman Sergio2、 Rubin-de-Celis Sergio S.C2、 Yoshida Nobuko2
1長崎大学熱帯医学研究所    2University Federal of Sao Paulo, SP, Brazil   
シャーガス病の病原原虫Trypanosoma cruziは、種々の哺乳動物細胞に侵入して増殖する。侵入直後の原虫はParasitophorous vacuole(PV)膜に包まれているが、amastigoteとして増殖する時にはPV膜から出て直接細胞質中に存在している。
T. cruziの細胞侵入は、原虫と宿主細胞の様々な分子が相互作用することで成立している。Trans-sialidase(TS)はトリパノソーマ原虫に特徴的な酵素で、宿主由来の糖複合体末端に存在するシアル酸を原虫表面の受容体の転移する活性を示す。転移されたシアル酸は、宿主細胞との認識に重要であることが、このエピトープを認識する抗体を用いた実験から示されている。また、原虫の宿主細胞への侵入は、宿主細胞表面のシアル酸の有無によって影響を受けることが報告されており、シアル酸を認識する酵素であるTSが重要な役割りをしていることが推測されている。
媒介昆虫の排泄物に出てくるMetacyclic trypomastogote (MT)型の原虫表面構成は、哺乳動物細胞から得られるtrypomastigote(TCT)型とは異なり、両者は異なる分子を介して細胞に侵入していると考えられる。MT型における細胞侵入は、T型に比較するとPV膜からのエスケープが遅くなることが報告されている。我々は、MT型におけるTSの発現はTCT型に比較して非常に少なく、しかも異なる分子構造をしていることを示してきた。今回、TS遺伝子をtransfectionした原虫を用いることで、PV膜からのエスケープにTS活性が重要であることを示す結果を得られているので報告する。
T. cruziは、非常に多くのTS遺伝子をコードしている。それら遺伝子産物の構造と活性についても考察したい。
W08-3
Trypanosoma cruziにおけるピリミジン生合成第4酵素 DHOD の遺伝的多様性
Genetic diversity of dihydroorotate dehydrogenase, the fourth enzyme of de novo pyrimidine biosynthesis, in Trypanosoma cruzi
奈良 武司1、 鈴木 重雄1、 野口 芳江1、 牧内 貴志1、 青木 孝1
1順天堂大学大学院医学研究科生体防御寄生虫学   
シャーガス病の病原体T. cruziのピリミジン生合成第4酵素dihydroorotate dehydrogenase(DHOD)は、フマル酸を電子受容体とする細胞質局在性酵素でありT. cruziの生存に必須である。本酵素は、ユビキノンを電子受容体とするミトコンドリア局在性ヒトDHODと著しく異なることから、シャーガス病治療薬の標的として有望であると考えられる。しかし、酵素を標的とする薬剤開発では、遺伝子増幅や1塩基置換SNPsに起因する薬剤耐性の出現や変異酵素への対応などが問題となる。したがって、DHOD遺伝子の多様性、特に重複およびSNPsの解析は、耐性機構や化学療法モデルの解析の上で重要である。DHOD遺伝子の数はT. cruzi株間で異なり、Tulahuen株は3遺伝子、ゲノム標準株のCL Brenerは4遺伝子、その他の株は3〜5遺伝子を持つ。Tulahuen株の3遺伝子(DHOD1、DHOD2、DHOD3)ではコード領域942塩基対のうち26ヶ所という高頻度のSNPsが存在したが、組換え酵素の性状は互いによく似ていた(Parasitol Int, 2006 55:11)。興味深いことに、これらのSNPsは、CL Brener株の3遺伝子に存在するSNPsと完全に一致した。さらに、CL Brener株の残りの1遺伝子はDHOD1の重複に由来し、重複後に特異的SNPsが生じたと考えられた。T. cruziの系統は、遺伝子型から大きく6群(DTU I, IIa〜IIe)に分類され、TulahuenとCL BrenerはDTU IIbとIIcのハイブリッドと考えられている。したがって上記の解析結果は、DTU特異的なSNPsの存在によってDHOD遺伝子の進化速度が“見かけ上”高くなっているのであり、実際のSNPs出現率は低いこと、原虫の分子進化には遺伝子重複の方がより重要な役割を担っていることを示唆している。T. cruzi DHOD遺伝子のSNPsの出現率が低いことは、DHODを標的とする治療薬の開発研究に有利である。現在、DTU I, IIa〜IIeに属する代表的な原虫株におけるDHOD遺伝子の多様性と薬剤標的の関連について、さらに解析を進めている。
W08-4
アフリカトリパノソーマ原虫のglycerol kinase活性に基づいたアスコフラノンとグリセロール併用による抗トリパノソーマ作用解析
Analysis of glycerol kinase activity of African trypanosome species and its therapeutic implication by Ascofuranone and glycerol
鈴木 高史1、 大橋 光子1、 籔 義貞1、 北 潔2、 城戸 康年2、 中村 公亮2、 坂元 君年2、 太田 伸生1
1名古屋市立大学大学院医学研究科宿主・寄生体関係学講座    2東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻   
アフリカトリパノソーマ原虫はアフリカ睡眠病及びナガナ病の病原体として、主としてサハラ以南のアフリカで人や家畜に対して甚大な被害を及ぼしている。これらにたいする有効な薬剤候補として我々はアスコフラノン(AF)を見いだしてきた。AFは特異的にalternative oxidase (AOX)の活性を阻害する。AFによりAOXが阻害されると、嫌気的代謝に替わり、最終代謝産物としてglycerolを排出することが知られている。この反応を行うのがglycerol kinase (GK)(の逆反応)であり、我々はAFとglycerolとの併用投与によりT. brucei 原虫を消失させることができることを報告してきた。しかしながら、アフリカトリパノソーマ原虫では種によって代謝産物の種類、量が異なることが知られており、それらの代謝系が種により異なっていることが考えられる。そこで、家畜において特に甚大な被害を及ぼしているT. vivaxT. congolense のGK逆反応をT. bruceiと比較し、治療に関する基礎的知見を得ることを目的として、これら3種類のGK遺伝子の組み替えタンパクを作製した。基質であるG-3-P、ADPに対するKm値をATPアナライザー法により求めたところT. vivaxが最も高く、T.congolenseが最も低い値を示した。さらに実際に原虫における発現を特異的抗体でみたところ、T. vivaxの発現量が少ないことが明らかになった。従って、T.congolense, T. brucei, T. vivaxの順にGK活性が強いと考えられた。さらに、これらの情報を元に、in vitro 培養に適応した各原虫ストレインを用いて、AFとグリセロールの濃度を振って抗トリパノソーマ作用との関係を検討したので、併せて報告する。
W08-5
薬剤標的としてのTrypanosome Alternative Oxidase (TAO)の精製と活性中心の解析
Purification of Trypanosome Alternative Oxidase (TAO) as a drug target and analysis of its active site
城戸 康年1、 坂元 君年1、 中村 公亮1、 藤本 陽子1、 原田 倫世1、 藪 義貞3、 鈴木 高史3、 斎本 博之2、 北 潔1
1東京大学大学院医学系研究科国際保健学専攻生物医化学    2鳥取大学工学部物質工学科    3名古屋市立大学医学部宿主寄生体関係学   
Trypanosoma bruceiはヒトにはアフリカ睡眠病を、家畜にはナガナを引き起こしアフリカ大陸諸国の発展を妨げている。
宿主である哺乳類の血液中では、本原虫のエネルギー代謝は主に解糖系に依存している。この解糖を常に進行させるためにはNADHの再酸化が必要であり、ミトコンドリアのTrypanosome Alternative Oxidase (TAO)はこのNADH再酸化系の末端酸化酵素として機能している。
私たちはTAOが宿主である哺乳類には存在せず格好の薬剤標的になること、またAscofuranone (AF) がTAOのキノール酸化酵素活性を特異的に低濃度で阻害することを見いだした。nMオーダーのAFにより原虫が短時間に死滅すること、また実験動物における有効性も確認しており、AFの実用化をめざしている。
TAOは植物や真菌類、Cryptosporidiumなどの一部の原虫にも存在するAlternative Oxidase(AOX)ファミリーに属しているが、極めて不安定であることなどから、その生化学的な解析は進んでいない。アミノ酸配列より二核鉄を有する膜タンパク質と推定されているが、いまだに鉄を含むという直接的な証拠はなく、その三次元構造も明らかにされていない。私たちはこれまでにも大腸菌を用いて組換えTAOを発現し、精製を行ったが、その比活性は低く鉄や三次元構造の解析には至らなかった。そこで精製法の改良を試みた。第一段階として、安定な発現条件と比活性の高い大腸菌膜の調製法を確立した。さらに最適な可溶化条件を検討し、最終的に高い比活性の安定な精製TAOを得た。この精製TAOを用いてICP-MSにより金属について分析したところ、TAO一分子につき鉄2原子が検出された。これはTAO及びAOXが二核鉄を有することの初めての直接的な証拠である。
(オーガナイザー:北潔)