W02 世界フィラリア症根絶計画 -大躍進と、足踏みと-
日時: | 2006年10月11日(水)15:30-17:40 |
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場所: | 第1会場(大ホール) |
座長: | 木村英作(愛知医科大学),大前比呂思(国立感染症研究所) |
W02-1
PacELF(1); 大洋州におけるWuchereria bancroftiの感染率分布状況〜ベースライン調査〜
PacELF(1); Prevalence of Wuchereria bancrofti in the Pacific -baseline survey-
1World Health Organization
2神戸大学大学院医学系研究科
3長崎大学国際連携研究戦略本部
4Ministry of Health, Fiji
【背景】PacELF(Pacific Programme to Eliminate Lymphatic Filariasis)は大洋州のリンパ系フィラリア症を2010年までに根絶することを目指すWHOの広域プログラムである。大洋州には22ヶ国・地域があり、全体の人口は約860万人である。大洋州でのリンパ系フィラリア症の存在は古くから知られている。【目的】介入前の大洋州各国および全体のWuchereria bancrofti感染率を把握する。【方法】ベースライン調査はW. bancrofti抗原検出簡易テストキット(ICT)を使用し、各国保健省がそれぞれ実施した。【結果】1999年から2004年までの間に22ヶ国全てが調査を実施し、大洋州全体として抗原陽性率は6.5%で推定感染者数は50万人という結果となった。なお、各国の感染率から非流行国は6カ国、一部地域流行国は5カ国、流行国は11カ国と類別した。【考察】1950年以前の大洋州におけるミクロフィラリア感染率調査によれば、大洋州ほとんどの国が流行国であり、その感染率は5%〜47%と非常に高いものであった。PacELFベースライン調査ではミクロフィラリア検査よりも検出感度が2〜3倍高い抗原検査での陽性率が6.5%であり、このことから大洋州のW. bancrofti感染率は以前より減少傾向であることを確認した。そして大洋州ではリンパ系フィラリア症根絶プログラムPacELFが開始された。
W02-2
PacELF(2); 大洋州島嶼国におけるフィラリア症根絶対策評価サンプリングの事例
PacELF(2); Method of survey sampling for evaluating PacELF, adapted for the Pacific island countries
1World Health Organization
2EpiVec Consulting
3愛知医科大学
4神戸大学大学院医学系研究科
5Ministry of Health, Fiji
6Centers for Disease Control and Prevention
7Institut Louis Malarde
【背景】2020年までに全世界のリンパ系フィラリア症根絶を目指すグローバル計画がWHOの支援の下、現在実施されている。大洋州では広域プログラムとしてPacELFが1999年から実施されており、グローバル計画よりも10年早い2010年までの根絶を目指している。PacELFの活動は順調に進行しているが、その評価方法において島嶼国には人口規模の小ささや地理的条件などグローバルのガイドラインが適合しない状況があり、対応を検討する必要性があった。【目的】島嶼国それぞれの状況およびリンパ系フィラリア症流行度に見合った適正な対策評価とサンプリングの手法を考案する。【方法】グローバルのガイドラインをふまえて、大洋州全体に適する評価方法を考案し、PacELFの評価プログラムとした。次に各国の人口から疫学的にみて評価に十分な集団(村)および標本数を計算し、流行度や対策の進捗状況に応じて調査の方法と時期を計画した。【結果】PacELFのプログラムとして、ベースライン調査(A survey: initial assessment)で感染率が1%以上の国は5回の集団治療薬投与を実施し、2または3回目の投与後中間調査(B survey: Mid-term assessment)を行う。5回の投与終了後最終調査(C survey: final assessment)を行い、感染率が1%未満であれば病原体伝播調査(D survey: Transmission assessment)を行う。それぞれの調査に評価基準があり調査後の対策活動が分かれる。この評価方法と国別プランを含めてPacMAN (PacELF monitoring and analysis network) Bookを作成した。
W02-3
PacELF(3); ヴァヌアツのリンパ系フィラリア症とマラリアの疫学
PacELF(3); Epidemiology -Lymphatic Filariasis versus Malaria in Vanuatu-
1神戸大学大学院医学系研究科
2長崎大学熱帯医学研究所寄生行動制御分野
3Ministry of Health, Vanuatu
4World Health Organization
【背景】ヴァヌアツはマラリア流行国(P. falciparum, P. vivax、まれにP. malarie)でありその対策はこれまで実施されているが、リンパ系フィラリア症流行の実態は知られておらず、1997-1998年にかけて初の全国リンパ系フィラリア(Wuchereria bancrofti)症スクリーニング調査が実施された。マラリア、リンパ系フィラリア症共に媒介蚊はAnopheles farautiとされている。【目的】ヴァヌアツ全土のリンパ系フィラリア症の分布状況を明確にする。またマラリアの流行状況と比較する。【方法】スクリーニングはヴァヌアツの全州でW. bancrofti抗原検出簡易テストキット(ICT)とミクロフィラリア顕微鏡検査により実施した。マラリアの流行状況については保健省で日常的に収集されているデータを用いた。【結果】本調査の結果、W. bancrofti抗原検出テストは4362人中209人が陽性で抗原陽性率は4.8%であった。ミクロフィラリア顕微鏡検査は4269人中106人が陽性でミクロフィラリア陽性率は2.5%であった。1997年のマラリア年間罹患率と本調査でのW. bancrofti抗原陽性率を州別に比較した結果、媒介蚊は同じであるがそれぞれの率の地理的分布傾向は必ずしも一致しなかった。つまりマラリア罹患率とW. bancrofti抗原陽性率に明らかな相関はみられなかった。【考察】マラリア罹患率の高い地域でW. bancrofti抗原陽性率が低い理由として、過去のマラリア媒介蚊対策の影響が考えられる。ソロモン諸島国でのW. bancrofti感染が起こらなくなった原因は過去のマラリア媒介蚊対策によるものと考えられている。本調査の結果はPacELFのベースライン調査に採用され、ヴァヌアツでは2000年から5年間、年に一度の全国民対象の集団治療薬投与が実施された。
W02-4
PacELF(4); フィジーフィラリア対策プログラムにおける抗フィラリア薬配布率向上への方策に関する一考察
PacELF(4); Study for the effective method of improving the coverage of Mass Drug Administration (MDA) for the filariasis programme in Fiji
1Ministry of Health, Fiji
2United Nations Volunteers
3神戸大学大学院医学系研究科
4World Health Organization
【背景】フィジーはフィラリア症流行国であり、1999年にPacific Programme to Eliminate Lymphatic Filariasis (PacELF) に参加し、2002年から全国民対象の集団治療薬投与(Mass Drug Administration: MDA)を実施している。できるだけ多くの国民に服用してもらうため、保健省は様々な啓蒙・宣伝活動を行ない、ポスター等の広報用教材を作成している。【目的】第1回目のMDAの際、約30%の住民が抗フィラリア薬を服用しなかった。その結果をふまえ、住民のフィラリア症やその対策に対する認知度および情報収集方法を調査し、より高い服用率を得るための効果的方法を探った。【方法】2003年、第1回MDA後、首都周辺地域において医療機関へ訪れた住民を対象にKnowledge, Attitude and Practices (KAP)方式の調査を実施した。【結果】MDA期間中、抗フィラリア薬を服用しなかった調査対象者のうち約36%がその理由について「MDAについて知らなかったため」と答えた。また、情報入手方法についての主な手段としてラジオを挙げた住民が一番多く(約45%)、ついで医療関係者による情報提供(約39%)が挙げられた。【考察】住民が抗フィラリア薬を服用しなかった理由として、フィラリア症およびMDAに関する情報が住民へ行き渡っていなかったことが原因のひとつであった。また情報入手手段としては、ラジオを活用した情報提供や医療関係者を通じた情報交換が住民への関心を高め、抗フィラリア薬配布率の向上に有効であると考えられた。引き続き社会学的調査の必要があるが、以上の調査結果をもとに現在フィジーでは、地域医療関係者等へのフィラリア症教育や、住民に対しラジオによる広告および質疑応答コーナーを活用した情報提供を行なっている。
W02-5
東チモールにおけるフィラリア症の流行状況に関する経過報告
Preliminary results on the distribution and endemicity of lymphatic filariasis in East Timor
1愛知医科大学医学部寄生虫学
2WHO,Dili, Timor Leste
3Ministry of Health,Dili, Timor Leste
4Australian Institute of Tropical Medicine, James Cook Univ., Townsville,Australia
5国立感染症研究所寄生動物部
我々はバンクロフト糸状虫症に対して、尿を検体として用いる尿ELISA法 (IgG4を検出)を既に報告した。この方法の感度、特異度はそれぞれ95.6%、99.0%であり、非侵襲的に、かつ採取時間を問わずに検体採取できる利点がある。 今回、Brugia timorが流行している東チモール国(人口約90万)において、全国から中学生約6,000人を抽出し、尿ELISA法を用いて集団治療開始前のフィラリア症の分布および有病率調査を実施した。これまで、B. timor流行地における尿ELISA法の感度は検証されていない。このためミクロフィラリア陽性者および血中IgG4抗体を検出するBrugia Rapid test (BP) 陽性者をgold standardとする尿ELISA法の感度測定を企てたが、十分な数の陽性者を得る事が出来なかった。また、治安上の問題から中学校での尿検体収集も中断せざるをえなかった。不十分であるが、13人のBP陽性者、323人のBP陰性者をgold standardとした場合の尿ELISAの感度は84.6%(11人陽性)、特異性は85.8%(277人陰性)であった。 尿ELISA法を20の中学校で3,461人に応用し、90人 (2.6%)の陽性者をえた。対象校を高度別に分類すると、0-100m地帯の9校では陽性率4.0%(70人陽性/1,740人調査)、100-500m地帯の5校では1.8% (14人/758人)、500-1,500m地帯の6校では0.6% (6人/963人)であった。同国のフィラリア症の90%以上を占めると考えられているB. timoriは、主に低地の田園地帯等に生息するAnopheles barbirostrisに媒介されるが、今回の調査結果からも高地での流行は非常に少ないことが示された。 本研究は、笹川記念保健協力財団の支援を受けて実施された。
W02-6
フィラリア症の尿診断法におよぼすビルハルツ住血吸虫感染の影響
Effect of Schistosoma haematobium infection on diagnosis of lymphatic filariasis with urine samples
1愛知医科大学医学部寄生虫学
2Kenya Medical Research Institute
3長崎大学熱帯医学研究所
尿中にフィラリア抗原特異的なIgG4抗体を検出する感度・特異性の高い診断法(尿ELISA法)は、血液採取にくらべ検体採取の容易さから流行地における疫学調査に適している。アフリカ各地には、バンクロフト糸状虫(Wb)とビルハルツ住血吸虫(Sh)の流行地が重複している地域があるが、このような地域では,ビルハルツ住血吸虫感染による尿中への血液の混入が,cutoff以下であった尿中の抗体価を陽性に押し上げてしまう可能性がある。本研究は、Sh流行地で尿ELISA法が有効に使えるのかどうか明らかにすることを目的とし、両寄生虫感染のあるケニアの流行地において調査を行った。【材料と方法】 Wb症とSh症の流行が重複している沿岸州Kilimangodo、ビルハルツ住血吸虫のみがある東部州Kitui、どちらの流行も見られない中央州Kiambu、の3村の住民を対象とした。Wb症検査はBinax社のイムノクロマト法による抗原検出キットで,Sh症は尿中の虫卵検査で診断した。 尿中、血清中のBrugia pahangi粗抗原(Bp)ならびにWuchereria bancroftiのリコンビナント抗原であるSXP-1に対するIgG4抗体をELISA法で測定した。【結果と考察】 Kilimangodoでは、ICT陽性者71人中64人(90%)が抗SXP-1 抗体陽性、61人(86%)が抗Bp 抗体陽性であった。Kiambuでは調べた尿63検体すべてでBp、SXP-1両抗原に対する抗体は陰性であった。しかし、KituiのSh陽性者(133人)では、Bp、SXP-1に対するIgG4抗体がそれぞれ39%、35%に検出された。また、これら尿中抗体陽性者の多くの血清中に抗フィラリア抗体が検出された。Sh感染時には、尿への血液の混入だけではなく、フィラリア抗原との交差反応がおこることがわかった。
(オーガナイザー:木村英作,一盛和世,高宮亜紀子)