W01 感染症診断法の変遷 -途上国でも利用できる検査法をめざして-
日時: | 2006年10月11日(水)13:30-16:00 |
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場所: | 第3会場(会議室1-3) |
座長: | 岩永正明(さくら会アワセ第1医院),石井 明(実践女子大学自治医科大学) |
W01-1
呼吸器感染症における診断法の変遷
Past, Present and Future in Diagnostic Methods for Respiratory Infection
1東邦大学医学部微生物・感染症学講座
肺炎を代表とする呼吸器感染症は、今日においてももっとも重要な感染症の1つであり、迅速な診断および適切な抗菌薬療法がその対応において重要である。最近では、市中肺炎の原因としてレジオネラや肺炎クラミジアといったいわゆる異型病原体の重要性が指摘され、その診断法が複雑化した状況にある。特に肺炎球菌・レジオネラ肺炎は死亡率が高い感染症の代表であり、また選択される抗菌薬が異なることからも迅速診断が重要である。これら肺炎の診断法としては培養法がgold standardであるが、特にレジオネラにおいては特殊培地を用いた培養が必要であり、その陽性率は決して満足できるものではない。一般的にみて、市中肺炎全体における起炎病原体の決定率はたかだか40−60%というのが現状である。このような状況の中で、レジオネラおよび肺炎球菌感染症患者を対象に、患者尿から病原体抗原を特異的かつ迅速に検出できるキットが開発され利用可能となっている。本発表では、起炎病原体の抗原検出法に関して肺炎球菌およびレジオネラを中心に普及しつつある尿中抗原検出法を取り上げ、その実際・特徴・問題点についてまとめて報告する。また、遺伝子診断法に関しては従来から使用されているDNAプローブ法・PCR法に加え、最近新しく開発されてきたいくつかの方法(LAMP法,ICAN法など)についてその特徴を概説する。また、もっとも古典的な迅速診断法の1つである塗抹鏡検検査の有用性についても実際の症例を示しながらお話しする予定である。本発表では呼吸器感染症の診断法の変遷に関していくつかの話題を提供させていただき、ご参加の先生方と討論できればと考えている。
W01-2
細菌性腸管感染症診断の変遷
Diagnostic methods for enterobacterial infection
1国立感染症研究所細菌第一部
わが国における細菌性腸管感染症について、食中毒及び感染性胃腸炎の原因菌に注目した場合、戦後すぐに著しく多発していた細菌性赤痢や腸チフスなどが現在では海外からの輸入例を除けば比較的よくコントロールされている一方で、Vibrio parahaemolyticus, non-typhoidal Salmonella, 下痢原性大腸菌、Campylobacterなどが続々と登場して、主要な細菌性食中毒起因菌となっている。また、わが国では毎年1600万人以上の海外渡航者があり、ASEAN諸国だけでも200万人以上の邦人が訪れている現状では、これらの国々での細菌性腸管感染症の動向も日本国内の発生動向と無関係ではあり得ないであろう。したがって、上記細菌性食中毒起因菌に加え輸入感染性腸炎の原因菌としても分離頻度の高いコレラ菌、毒素原性大腸菌、赤痢菌、チフス菌、プレシオモナスなどの正確な分離同定に基づく診断は重要である。従来使用されている、各種の糖分解性をマーカーとして考案された選択分離培地はもとより、細菌が産生する特異酵素と合成基質との反応による色調変化を識別に利用する合成基質培地等を含め、種々の分離培地による病原菌検出がまず基本となる。また、菌体抗原や産生毒素及びそれらに関連する遺伝子をラテックス凝集法、酵素抗体法、イムノクロマトグラフィー、及びDNAプローブ、PCRなどによりそれぞれ検出する迅速診断法も開発されている。これらの酵素免疫反応や遺伝子診断法は、感度や迅速性において利用価値が高いものの、経費や利用する機器の整備も考慮しなければならない要素がある。地域の実情に応じた診断法を導入することが細菌性腸管感染症対策の効率化につながると考えられる。
W01-3
ヒトからマラリア原虫感染診断法の変遷
Transition of diagnostic tools on human manlaria
1自治医科大学(医動物学), 実践女子大学
<(ヒトからマラリア原虫感染診断法の変遷) > 熱病であるマラリアが血液に寄生する原虫であることが示されてからマラリアの診断が正確になされるようになった。マラリア原虫を検出する方法としては血液塗抹標本をギームザ染色して顕微鏡により原虫を検出する事が100年以上にわたって実施されてきた。現在もなお信頼されるgolden standardとされている。 その後顕微鏡さらには電子顕微鏡などの進歩により、様々な観察、研究がなされた。 核酸染色が導入されてDapi染色で種々の原虫の観察がされ、マラリアも蛍光顕微鏡で観察された。しかし大がかりで高価な蛍光顕微鏡は日常の診断検査としては普及が難しい。名古屋大学川本博士により干渉フィルターを装着した通常の光学顕微鏡でAcridine orange染色する方式が開発された。これは迅速、簡便で流行地の現場でも使用が可能でソロモン、タンザニアなどで導入使用された。 核酸化学が進展して血液中のマラリア原虫由来の核酸を検出する方法が開発された。マラリア原虫に特異の配列を使用してPCRが試みられた。岡山大学綿矢博士によりソロモンでdouble(nested) PCR成功して以来、日本でも実施されている。その後さらに湧永製薬の酵素発色法を応用したplate hybridization法が開発されて人の4種マラリアを鑑別検出する事が出来るようになった。これを使用した調査、研究が進んでアジアを中心として新しい疫学状況が明らかにされて来た。 最近の進歩は単クローン抗体を用いたICT(immunochoromatographic test)に見られる。これは1滴の血液をクロマトグラフィーの原理で流し抗原抗体の反応を標識して検出する。迅速、簡便で誰でも出来るので、これが今後のマラリア診断を変えて行く可能性を持っている。現在世界的な開発競争に入り価格も1件US$1を割る進行になったので国際保健の現場にも導入される勢いとなっている。
W01-4
ヒトと媒介蚊からのアルボウイルス検出の変遷
Transition of detection tools for arboviruses in human and vector mosquitoes
1大分大学医学部感染分子病態制御
節足動物媒介性ウイルス(アルボウイルス、arbovirus: arthropod borne virus)とは、自然界で節足動物と哺乳類という生物学的に異なった宿主間で維持されているウイルスの一群であるデングウイルスやウエストナイルウイルスなどの蚊媒介ウイルス検出の変遷を考察した。1970年頃までは、血清学的診断には、赤血球凝集反応・補体結合反応など、ウイルスの証明には電子顕微鏡が用いられた。ヒトや媒介昆虫からのアルボウイルス分離には、乳のみマウスが用いられた。しかし、マウスに順化したウイルスは増殖するが、ヒトから分離直後のウイルスは増殖が困難であった。1970年代の後半になると、哺乳動物・脊椎動物・蚊由来の培養細胞株の樹立およびそれらのウイルス感受性が検討された。その中で、C6/36蚊細胞が樹立されて現在世界中で利用されている。またその頃に、マウスの替わりに吸血しない蚊(オオカ)を実験宿主としたウイルス検出法が考案された。現在では、感染したヒトの血清学的診断には、IgM抗体、IgG抗体などを検出できる種々の簡便なキットが開発されるに至った。また、ヒトからのウイルス分離には、患者血液の白血球層部分をC6/36蚊細胞に接種してウイルスを一度増殖後、ウイルス抗体を用いてウイルスタンパクを証明することが可能である。同様に、野外で採集した媒介蚊の乳剤を用いてウイルス検出が可能である。さらに、ウイルス遺伝子の迅速診断法として、ヒト血液および蚊乳剤などのサンプルからウイルスゲノムを直接検出するRT-PCR法がある。これらの方法は、安価で簡便なキット化と装置の軽量化がさらに進むと、開発途上国での利便性がより高まると思われる。
W01-5
ヒト・環境からの下痢症ウイルス検出の変遷
Transition on diagnostic tools for diarrheal viruses from human and environmental sources
1東京大学大学院医学系研究科発達医科学
途上国では、ウイルス性下痢症での死亡が依然として多い。予防・治療とともに診断が大切である。安価で、迅速で、簡単で、正確な診断法が望まれる。ここでは、診断法の変遷を中心に述べる。ロタウイルスの診断は、電子顕微鏡法から始まったが、ウイルスが培養できることから、抗原抗体法を用いた診断が開発され、酵素抗体法(EIA)や最近ではイムノクロマト法(IC)が抗原検査に用いられる。RNA−PAGEは遺伝子診断であるが長年用いられてきた方法である。RT-PCRは遺伝子型を見るのに用いられる。ノロウイルスは先進国では、集団感染・散発感染として注目されているが、途上国では検出率が低い。本当に低いのか、ロタウイルスが重症であるため見逃されているかはわからない。ノロウイルスの診断は電子顕微鏡法から始まったが、ウイルスの培養ができずRT-PCRによる遺伝子診断がなされてきた。最近、人工的なウイルス粒子の作成が可能となったことから抗体を作成しEIAによる診断、さらにICの開発がされている。アデノウイルスは培養ができることからEIA,ICとして用いられる。サポウイルス、アストロウイルスもあるが現時点では重要性としては低い。これらのウイルスを同時に検出する目的でmultiplex PCRを開発している。A群ロタウイルス以外にB群、C群ロタウイルスも視野に入れている。今、米国を中心として開発されたロタウイルスワクチンが途上国に特許が申請されている。途上国ではWHOなどの援助で1ドル以下の価格を期待している。しかしワクチンの有効性を見るためには同時に診断が必要である。今後も開発途上国でも使用できる新しい診断法の開発を行い、臨床の場で利用できる安価な検査法を目指したい。ここでは更に食品、環境水からのウイルス検出についても述べてみたい。
(オーガナイザー:牛島廣治,江下優樹)