S1 シンポジウム1: 貧困と自然災害がもたらす感染症の危機管理

日時:2006年10月11日(水)13:30-15:50
場所:第2会場(国際会議場)
座長:溝田 勉,國井 修
S1-1
貧困と自然災害がもたらす感染症の危機管理
Risk Management of Infectious Diseases due to the Poverty and Natural Disasters
溝田 勉1
1長崎大学熱帯医学研究所社会環境医学分野   
近年世界的な自然災害により国際協力と正確な感染症の知識が求められる。インドネシア・タイの津波被害では長崎大学熱帯医学研究所が長崎市民へも協力を呼びかけ、具体的な行動に及んだ。
また、ハリケーン・カトリーナの被害を受けた米国ルイジアナ州のニュー・オーリンズでは、最貧困層の黒人が最もダメージを受け、災害後では復興の為の工事に低賃金で働くヒスパニック系移民が増加し、人口構成が黒人の街からヒスパニック系の街へ様変わりした感がある。水害後に予想される腸管感染症に対して、チューレーン大学医療センター公衆衛生熱帯医学大学院はCDC(米国疾病防疫センター)と協力し大規模な感染症サーベイランスを実施した。そのため腸管感染症のendemicな発生は抑えることができた。
パキスタン地震は、日本でも将来予想される東京・東海地震時に、他山の石として捉えるためにも問題点を明確にし、分析する必要がある。この地震により国際保健として学ぶことは多く、地震後の越冬対策は住民の健康、特に急性呼吸器感染症(ARI)の発生を予防することは重要な課題である。
このような地球的規模な大災害の復興に対して、各国の取り組みを時系列に追って振り返ることは意義深いものであると考えられる。
S1-2
インド洋津波災害における感染症の危機管理
Risk management of infectious diseases outbreaks in the Indian Ocean Tsunami
國井 修1
1長崎大学熱帯医学研究所(現UNICEF本部)   
スマトラ島沖地震・インド洋津波発生後、WHOは感染症流行により約15万人が新たに死亡する可能性を示した。これに呼応して、長崎大学熱帯医学研究所では「スマトラ島沖地震津波後の感染症流行対策」プロジェクトを立ち上げ、感染症流行に関わる情報提供・相談窓口を開設し、国立国際医療センター、北海道大学、バングラデシュ国際下痢症研究所などと協力して、インドネシア・スリランカ等の被災地に延べ40名以上の研究者を派遣し調査を行った。
結果的には、一部地域において感染症の小流行や群発があり、感染症流行のリスクは存在するも、明らかな感染症の流行、それによる多数の死者は生じなかった。その理由として、迅速かつ適切な対策がなされたこともあるが、流行予測自体が過大であり、そもそも津波と感染症との因果関係を証明する根拠がないとの指摘もある。ただし、災害後に感染症が発生しないとのエビデンスもなく、過去の災害を検討すると、災害の種類、場所、時期によって感染症流行は発生してきた。
災害における感染症の危機管理とは、災害時の対策のみならず、災害のフェーズに合わせた対応、災害管理のサイクルを見据えた計画策定が重要である。今後の課題としては、途上国における災害疫学に関する調査・研究の促進、平時からの感染症情報管理の強化、感染症対策に関わる人材の育成、緊急事態における協力体制の促進、マスコミを含めたリスクコミュニケーションの促進が必要である。
日本としては、国際緊急援助隊やNGOが独自に緊急医療支援をしているが、今後、ODA、NGO、アカデミアなどの協力・連携を強化し、サービスの質的向上、災害疫学としてのエビデンスの構築などにつなげる必要もある。また、現地の政府、アカデミア、NGOとの連携を強化し、発生後のフォローアップ、特に人材育成やシステム強化などを支援し、緊急と開発の両輪をつなげていくことも重要と考える。
S1-3
New OrleansにおけるHurricane Katrina水害災害後の感染症Surveillance 総括
Hurricane Katrina
樂得 康之1
1チューレーン大学医療センター公衆衛生熱帯医学大学院   
2005年米国南部を襲ったHurricane Katrinaにより、Louisiana州のNew Orleansは都市部の70%以上が水没状態に陥った。元来、海面(メキシコ湾)、巨大湖(ポンチャントレイン湖)、大河ミシシッピに囲まれ、低地にあったNew Orleansは排水設備は十分であったにもかかわらず、黒人層の住むスラム街は完全に水没状態になり、1ヶ月ほど不衛生な状態が続いた。このHurricaneによる汚水により、腸チフス、赤痢、大腸菌感染が蔓延する危険性を多数の医療専門家が指摘した。車を持たず州外に避難できずに直接被害を被った黒人を中心とする貧困層はConvention Center, SuperDomeにおいてまるで発展途上国の難民Campさながらの不衛生な集団生活を約2週間過した。この貧困層の間では麻疹、急性呼吸器感染症、コレラ等の下痢性の消化器感染症、蚊の吸血によるWest Nile感染症発生の心配が常に存在した。また米国では、水道水に混入の恐れのあるクリプトスポリジウム症にも注意しなければならない。州外への被災した人々の避難も昨年中に終了し、現在ではNew Orleansは以前の落ち着きをとりもどし感染症の危険は去った。
またKatrina被災以前、New Orleansの人口の60%以上を黒人が占めていたが、復興工事のために賃金の安いヒスパニック系の住民が大量に流入し人口構成は様変わりした。彼らは南米からの移住者で、売血による輸血性Chagas病感染予防のため、血液は常にスクリーニングを必要とする。
また比較的浸水が少なく、活気をとりもどした繁華街French Quarterが既に営業を開始したが、復興工事労働者達によるHIV/AIDS等の性病感染の可能性が拡大することも否定できない。2006年1月10日よりTulane大学医療センター公衆衛生熱帯医学大学院、ルイジアナ公衆衛生局を中心として感染症サーベイランスが始まり、被災後1年間の総括が8月4日に終了した。
S1-4
パキスタン地震後の国際保健分野の支援実例
Lessons Learned from Experience of Humanitarian Assistance in the Area of International Health after the Pakistan Earthquake
池上 清子1
1国連人口基金東京事務所   
「パキスタン地震後の国際保健分野の支援実例から学ぶこと」

国連人口基金東京事務所長 池上清子

2005年10月8日、パキスタン側のカシミール地域で起きた大地震はマグニチュード7.6、死者8万人以上、負傷者は14万人以上、350万人が家を失ったという深刻な被害をもたらした。国連人口基金は、被災者の中でも特に女性や思春期の少女たちを対象とした保健分野の支援を行い、生活とコミュニティ再建プロセスの中で、女性たちが主体的に関われるような活動を行ってきた。加えてパキスタンのNGOと協力し、識字教室や技術訓練を実施し、法的支援や心理社会的なカウンセリングも提供した。この成果としては、特に妊産婦の保健福祉の確保が挙げられる。大地震によって崩壊した産婦人科関連の施設を再建し、さらに負傷、死亡もしくは避難を強いられた多数の女性保健医療サービス提供者の不足を補うために、緊急に巡回医療チームを派遣するなどの活動が効果があったとされる。地震後は、妊産婦の貧血性、栄養失調、感染症、また胎児の子宮内死亡や流産などが多く報告されている。このような状況で、基礎保健サービスの質を確保するために役立ったことは、政府だけでなくパートナーNGOに対し、自宅分娩キット、流産合併症用キット、帝王切開キット、母子蘇生キットなどを提供し、草の根レベルでのサービスを継続することが可能なシステムを構築したこと、加えて被災地の女性と少女たちに21万個以上の基礎衛生キット(石鹸、タオル、生理用品などを含む)を配布したことである。地震後五カ月間で、巡回医療チームや保健センターにより15万6,000人以上の女性が治療を受け、1,200件以上の出産が安全に行われた。今後の課題としては、自然災害や紛争に対応する人道的支援において、女性や若い世代に特有のニーズが支援の計画や実施段階で確実にプログラムに組み込まれるように、関係者に対して提言していくことであろう。
S1-5
災害後の緊急援助における越冬対策ー避難民キャンプでの感染症対策を中心に
Winterization in post-disaster emergency aid with focus on infection control in displacement camps
神谷 保彦1
1長崎大学熱帯医学研究所   
寒冷地域、時期の災害後の越冬対策においても感染症対策が課題となる。パキスタン地震の他、イラク、ユーゴ紛争の援助経験から検討した。寒冷地(時)での感染症でも、混雑と水衛生が重要な危険因子となる。混雑は自然発生キャンプに顕著で、配給場所の限定が密集を助長することがある。水衛生は専門機関が少なく整備が遅れやすい。テント内の混雑や低換気、水量不足、冷水による手洗い、洗濯、シャワーの回数減少、野菜不足によるビタミン欠乏が相乗要因となり、呼吸器感染症が常時みられ、ウイルス性下痢症、疥癬などの流行が起こりやすい。トイレのセキュリティ、プライバシーを欠くと、女性の尿路感染症の要因にもなる。避難や医療体制弱化による治療脱落者の結核再燃もみられる。シェルターなどの寒冷対策と高齢者、分離家族など弱者層の保護が先決である。大家族への2テント割り当てなどスペース拡張や狭い自然発生キャンプから計画キャンプへの移転による密集緩和、室内空気汚染軽減のための共同調理場設置を住民と検討する。水衛生整備は早期着手と女性の参加が重要であり、温水設備も考慮する。診療活動が環境改善やコミュニティヘルスに先行し、無料による過剰診療になりやすい。手洗いなど難民自身の予防ケアとの協調が不可欠である。サーベイランスでは、援助機関支援サイトからの情報に比し、感染症が蔓延しやすい自然発生キャンプやキャンプ外の難民の情報が得にくい。緊急時の感染症対策は、迅速性や連携面で向上がみられるものの、危機管理としてのマス的、統制的な措置に偏り、住民参加やリスクコミュニケーションも手続き的公正を正当化するに留まりやすい。個々の自然環境、文化背景に応じた避難民の生活環境問題を重視し、リアルタイム評価に基づく柔軟な対応が必要である。危機管理面では、弱者層の蓄積的疎外に留意し、住民との協働を通した、本来のグッドガバナンスの促進が課題となる。
(オーガナイザー:溝田 勉(長崎大学熱帯医学研究所))