アフガニスタンボランティア −国境なき医師団助産師の6ヶ月−

波多野 環

<はじめに>

   今回のアフガニスタンについての活動報告を、このようなかたちで発表すると言うことは考えてはいませんでした。今回初めての派遣で、自分自身どれだけ真実に迫ることができるのか疑問だったからです。ですが私がアフガニスタンで見て感じたことは、実際にアフガニスタンで起きていることであり、伝えるだけの意味のあることのように思えました。
   日本では、アフガニスタンで起きた戦争のことはほとんどふりかえられなくなりました。連日イラク問題のニュース一色で、世界各地で多くの紛争が起きていることを私達が知る手段は、ニュースや新聞ではほとんどないでしょう。アフガン空爆、イラク先制攻撃など、日本だってかかわった出来事ですが、日本人のどれだけの人が、自分たちのこととして受け止めることができているかと言うことさえ疑問です。
   戦争にいたるまでの過程では、政治的なことが最優先され、そこに暮らす人々の安全や命について論ぜられることはありません。アフガニスタンでも、ピンポイント爆撃という言葉の下で、多くの市民がいわゆる「誤爆」によって命を落としました。「タリバンが崩壊すれば、アフガニスタンにも平和がくる。民主的な国になる。」とういう楽観的なスローガンを抱えてアフガニスタンに攻め込んだものの、未だに平和とは程遠く、民主主義の象徴である選挙を成功させるために躍起になり、アフガンの各地で政府や国連軍と、タリバンの残党、軍閥による衝突がおきています。私がアフガニスタンにいる間に、まるで日常茶飯事のように全国各地で起きている武力衝突の話を聞いていました。
   このような政治的な出来事の下で、安全な住居も食べ物もなく、苦しんでいるのは他でもないアフガニスタンの一般の人々です。戦争では、とくに女性や子供、老人と言った社会的に弱い立場にある人達がその影響を受けやすい傾向にあります。戦争が終わってもなお、夫をなくした未亡人は、職もなく道端でその日食べるお金を得るために物乞いをしなければ暮らして行けません。子供も学校に行くこともできず、家計を助けるために絨毯を織ります。戦争で障害を負った兵士は働くこともままならず、精神的に病んで家族もそれをどうすることもできません。戦争はけして終わったものでも、過去のものでもなかったのです。
   アフガニスタンには多くのNGOがさまざまな形で援助に入っています。女性や子供に関することは、現在のアフガニスタンではとにかく後回しにされているため、政府も多くをNGOに頼っているような状態です。私が今回参加したMSF(国境なき医師団)は医療系のNGOのひとつで今回の私の仕事では、特に女性と子供のためのクリニックで分娩病棟の管理という仕事をさせてもらうことができました。NGOの長所は、面倒くさい議論はさておき、とにかく必要とされている所にすぐに活動をしに行くことができるフットワークの軽さだと思います。MSFでは独立、公平、中立の立場での活動となりあらゆる政治的な影響も受けないと言うことで、どんなところにでも行って仕事ができると言う利点があります。国際的なNGOで働きたいと思ったのは、自分が日本人である前に1人の人間であるということで、国を背負って働くよりもより自分自身として動けるのではないかと思ったからです。実際に活動をしてみて思ったことは、まさに「継続は力なり」「ローマは一日にしてならず」と言うことでした。私1人が派遣されたところで何が変わる訳でもなかったと言うことです。    何年も地道な活動を続け、団体としてその国の人に受け入れられ、その活動を継続、維持していくことは簡単ではありません。長年その国で働いてきたという信頼感があってこそ、活動も成り立つのです。
   私のしてきたことは、20年にわたるMSFのアフガニスタンでの活動の中でほんの数ヶ月に過ぎません。ですが、アフガニスタンで現地のスタッフと働き、その土地の人々とふれあい、ともに活動してきたということは、けして無意味ではなかったと思います。活動の中で、国際NGOだからこそ、仲間の中でもいろいろな衝突がありました。現地スタッフと外国人スタッフの間での不理解や、自分の置かれている環境と現地の人の暮らしている環境の違いに罪悪感を持つこともありました。いろいろなことを考えさせられるミッションだったと思っています。個人的にも、日本に帰ってきて当たり前に電気がつくとか、クーラーがあるとか、水道から水が出るとか、そう言うことがものすごく当たり前じゃないように思えて、自分達があたり前に享受していることも、とてもありがたく感じることができました。
   アフガニスタンでは、まだまだ多くの人々が援助を必要としています。先日のニュースで、アフガニスタンの成人の3人に2人が鬱状態にあるという記事を目にしました。長年にわたる戦争の恐怖、大切な人の死、仕事もなく明日をも知れない日々を送る多くのアフガニスタンの人々を見ていれば、それも驚くにあたらない状況です。私の活動していたミッションでも、ちょうど女性への心理療法プログラムを拡大しようとしていたところでした。6月2日のMSFオランダチームへの銃撃事件で、今回MSFはアフガニスタンからの完全撤退を表明しました。間違った認識により、NGOが政府軍と同一視され、もはやスタッフの安全確保もままならないというのが大きな理由です。情勢の不安定なアフガニスタンで、医療の面でMSFに頼っていたアフガン政府にとってもこれは大きな痛手になったでしょう。ですが、一番心が痛むのは援助を必要としているアフガニスタンの貧しい人々のことです。MSFにとってもこれは苦渋の決断だっただろうと思います。武力でどれだけのことが解決できるのでしょう。武器を持って人の前に立ち、どれだけのことがちゃんと伝わってくるでしょうか。    私は、できるだけ多くの人に戦争について考えてほしいと思っています。自分が関係ないと思っていることも、実はどこかでつながっていることも多々あると思っています。アフガニスタンはけして遠くの国ではなかったのです。多くの人が感心を持つこと、注目することはとても大切なことです。これから先も私達は、アフガニスタンがどうなっていくのか、イラクがどうなっていくのか、自分達が関わったこととしてみていく義務があると思っています。けして他人事ではないということを、知ってほしいのです。

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