誰でも出来る天然痘の診断 -Diagnosis of smallpox-


バイオテロの恐怖再び。

事実かどうかそれは誰にもわからないことだが、アメリカ政府は、数カ国を名指しで天然痘ウイルスを保有していると非難した。自国のことは棚に上げて。

ちょうど一年前、熱帯医学研究所熱帯感染症研究センターは「天然痘の診断」をここに掲載したが、過去記事として下の方に埋もれていた。そこで、再度掲載位置をトップに持ってきた。

特に大きな変更もないと思われるので、以下の記事は当時のままである。

バイオテロに備えて。

バイオテロリズムが現実のものになり(残念ながらどうやら事実らしい)、様々な病原体が話題となる中、既に人類が撲滅したと信じている天然痘も話題に上っている。そのようなことはあり得ないと信じたいが、万が一天然痘ウイルスがバイオテロに使用された場合、まず必要なことはその診断を的確に行なうことであろう。ここに診断に有用なスライドを掲載する。

 これは、世界保健機構-WHO-がかつて天然痘撲滅計画を遂行していた頃、WHOの天然痘撲滅ユニットが作成したスライドとその解説である。天然痘はかつて熱帯病の代表的疾患のひとつであった。国際的健康危機管理への熱研の貢献と考えてもらいたい。もちろん役に立たないことを望むのだが・・・。

 日本語訳は長崎大学熱帯医学研究所熱帯感染症研究センターが保存していたスライドと解説をもとに行なった。WHOの許可は受けていないが、このような時期なので許してもらえるだろう(2001年10月26日WHOからお墨付きをいただきました)。まだこの世に天然痘が猛威を振るっていた時代のものであることに十分留意して参考にしていただきたい。  翻訳は意訳である。(文責 嶋田雅曉、スライドのデジタル化 小山寿文)

これから紹介する写真は、以下の形式で一括ダウンロードできます。(zip圧縮)
jpg file(23Mb)
PowerPoint file(23Mb)
PowerPoint fileをダウンロードすると、そのまま講義等に使用できます。 商用以外の目的であればご自由にお使いください。

なお、WHOにもまったく同じスライド(と説明)が掲載されました。 翻訳のまずい点も見つかるかもしれません。その時はご指摘ください。 天然痘の詳細な説明もあります。参考にしてください。

 はじめの16枚は痘瘡(天然痘の皮疹)の進展と分布を、診断の助けになる特徴に力点を置いて示している。
 17枚目から31枚目では、天然痘(smallpox)と最も紛らわしいく混同されることの多い水痘(chikenpox)と比較している。  最後の5枚(32−36)は診断のための練習問題である。各自、診断とその理由を考えてほしい(解答あり)。

医療従事者のなすべき事。

スライド1
 天然痘は医療従事者であれば誰でも簡単に診断できる。この一連のスライドは天然痘の典型的な症例を示す。10例中9例はこの典型的な症状を示す。時に水痘が天然痘と紛らわしいので、比較のため水痘の写真もある。

 撲滅後再び診断が重要になったのは、緊急事に患者の発生を知るためである。  もし患者を診たら、

  1. 直ちに関係機関へ知らせること。
  2. 患者を隔離すること。
  3. 患者が接触したと思われる人全員に種痘を行なうこと。


スライド1
天然痘の典型的経過。

スライド2
 天然痘は醜くなる疾患である。10人のうち3人は死亡する。バリオラウイルス(variola virus)によって起こる。患者の口や鼻からの分泌物や痘疹(pocks)や痂皮(scabs)からの病的産物(materials)によって拡がる。この病気は人から人へと直接伝染する。従って感染には、患者または患者の衣類やシーツとの密接な接触が必要である。ある患者が天然痘であれば、その患者が病気になる約2週間前に他の感染者との密接な接触があったはずである。


スライド2

スライド3
 天然痘患者との密接な接触によって感染した後、まったく症状のない時期がある。この時期を潜伏期といい通常12日間。しかし、短い場合は7日、長ければ17日ということもある。  初発症状は発熱である。患者は気分がすぐれず頭痛や腰痛などの症状がある。  皮疹(rash)は2−4日後に現れ、丘疹、疱疹、膿疱そして最後に痂皮という特徴的な段階を経て進展する。痂皮は3週または4週後に脱落する。


スライド3

スライド4
 皮疹が現れるのは熱発から2−4日後。皮疹の第1日目、皮膚から少し盛り上がった丘疹と呼ばれる斑点が出現する。丘疹は普通顔面に現れ、続いて体幹、両手両足に拡がる。写真の右側に小さな丘疹をいくつか見ることができる。この患者が約2週間前に天然痘患者と接触したことを知らない限り、この時点で天然痘を疑うことは出来ない。


スライド4

スライド5
皮疹が出て2日目、丘疹の数は増える。注目すべきは、どの丘疹も大きさは異なるものの似たような外観を示していること。


スライド5

スライド6
 3日目までには皮疹はより明瞭になり、皮膚表面から盛り上がる。丘疹に液体が貯留し始め水疱となる。


スライド6

スライド7
 第4日目。水庖がより明瞭になる。水疱に液体が貯まってはいるが、触ると非常に固い。液体はたくさんの細かな区画に分かれて貯留しているので、破れても水庖はつぶれない。


スライド7

スライド8
 5日目までに水庖の液は濁って膿のように見える。この段階で痘疹(pocks)は膿庖と呼ばれる。  この時期、患者の熱は更に上昇、重症感が増す。


スライド8

スライド9
 第7日目、皮疹は明らかに膿性のものになる。痘疹(pocks)は大きさは異なるものの、全てお互い外観が似ていることに注意。今や皮疹は天然痘の特徴を備え、診断を誤ることはない。


スライド9

スライド10
 8−9日目の間に膿庖はやや大きくなる。触ると固く皮下に深く根を下ろしている。


スライド10

スライド11
 膿庖は徐々に乾燥し、黒っぽい痂皮を形成する。痂皮は皮疹が出現してから10日から14日目の間に出来はじめる。痂皮にも生きた天然痘ウイルスがいる。痂皮が全て脱落するまでは患者は感染源となる。


スライド11

スライド12
 20日目までに痂皮は剥げ落ち、その部分の色素が落ち皮膚の色は薄くなる。  皮膚は何週間もかかって正常の外観に戻る。しかし一生残るあばたを顔に残すこともある。そのようなあばたは、天然痘の既往を示す。


スライド12

スライド13
 このスライドでは皮疹の発達を段階を追って示してある。番号は皮疹が始まってからの日数。丘疹は3、4日目、水庖は5日目、膿庖は7、9日目、痂皮は13日目に撮られたものである。


スライド13

スライド14
 天然痘の皮疹の分布は普通ここに示した症例のようなものである。顔面、四肢(腕、手、脚、足)に最も密で、体幹の部分には四肢に比べて多くない。


スライド14

スライド15
 皮疹の密度は体幹部よりも顔面のほうが高い。


スライド15
水痘は天然痘とは異なる。

スライド16
 痘疹(pocks)は普通手掌部、足底部にも存在する(水痘では皮疹は普通手掌足底に出ない)。


スライド16

スライド17
 これは水痘患者である。水痘は天然痘と混同するもっとも重要な疾患である。水痘は天然痘とは異なるウイルスによって起こる。


スライド17

スライド18
 天然痘では皮疹に先立って2−4日前から熱発するが、水痘では皮疹と発熱が同時に起こる。  天然痘の皮疹は体のどの部分の皮疹も同じ段階を示しながらゆっくり進行する(疱疹、膿疱、痂皮が混在しない)。水痘では進行が早く、しかも同じ時期に疱疹、膿疱、痂皮が混在する。


スライド18

スライド19
 皮疹が出て初めの1−2日は、皮疹だけで天然痘と水痘を鑑別することは不可能だろう。


スライド19

スライド20
 3日目でさえ、両者は非常に良く似ている。


スライド20

スライド21
 しかし5日目までには、両者は完璧に鑑別診断できる。水痘患者は異なる段階の皮疹を示す。疱疹、膿疱、痂皮が存在している。これに対し、天然痘の皮疹は同じ段階で進行している。水痘のほとんどの皮疹は小さく1−5mmだが、天然痘の皮疹は一様に大きく5−10mmである。天然痘の膿庖は固く皮下に深いのに対し、水痘の皮疹は表面に限定されている。


スライド21

スライド22
 7日目までに、水痘の皮疹のほとんどは痂皮をつくり、実際既に一部は剥がれ落ちる。天然痘では痂皮はまだ出来ない。


スライド22

スライド23
 皮疹が出てから10日目、水痘の痂皮はほとんど剥がれ落ちているが、天然痘ではやっと痂皮が出来始めたところである。  水痘では、皮疹が始まって3−4日目には痂皮が出来始め、普通は14日目までには痂皮が落ちてしまう。


スライド23

スライド24
 このスライドは、天然痘と水痘の皮疹を3、5、7、10日目と、日を追って比較した写真である。再度注意するが、水痘の痂皮は7日目に出来始めるが、天然痘では10日目になっても痂皮には至っていない。


スライド24

スライド25
 皮疹の分布も診断するのに重要である。天然痘では痘疹(pocks)は普通体幹より四肢により多く出るのに対し、水痘では体幹部の方に主に出る。  天然痘では普通手掌、足底にも皮疹を見るが、水痘で手掌、足底に見ることはほとんどない。


スライド25

スライド26
 体の各部分の皮疹の密度の違いを注意深く観察する必要がある。この絵は通常見られる違いを示している。


スライド26

スライド27
 この患者は水痘の患者である。背中に多くの痘疹(pocks)を見るが、腕と手にはほとんどないことに注意。


スライド27

スライド28
 しかし天然痘では、痘疹(pocks)は体幹部よりも手や足に密である。


スライド28

スライド29
 天然痘では皮疹は普通手掌にも見られる。しかし水痘で手掌に皮疹を見ることはまれである。


スライド29

スライド30
 同様に、足底部でも同じこと。


スライド30
鑑別診断のポイント。

スライド31
 もう一度注意。鑑別診断のポイント。

  1. 天然痘では、皮疹に2−4日先立って発熱で発症する。
  2. 痘疹(pocks)は体のどの部分でも同時に同じ段階のままゆっくり進行する(疱疹、膿疱、痂皮が混在しない)。
  3. 痘疹(pocks)は普通体幹より四肢に多い。
  4. 皮疹は普通手掌足底にも見られる。
  5. 天然痘で死ぬことはあるが水痘ではめったに死なない。  水痘と診断された患者が死亡した場合、常に天然痘を疑うこと。


スライド31
鑑別診断に挑戦。

スライド32(練習問題1)
 患者はこの写真を撮る10日前に初めて皮疹が出た。天然痘?水痘?

(答えは、こちらで確かめられます。)


スライド32

スライド33(練習問題2)
 患者はこの写真の3日前に皮疹が出た。天然痘?水痘?

(答えは、こちらで確かめられます。)


スライド33

スライド34(練習問題3)
 皮疹はこの写真の前日に出た。天然痘?水痘?

(答えは、こちらで確かめられます。)


スライド34

スライド35(練習問題4)
 同じ患者の3日後の写真である。天然痘?水痘?

(答えは、こちらで確かめられます。)


スライド35

スライド36(練習問題5)
 患者はこの写真の6日前に皮疹が出た。天然痘?水痘?

(答えは、こちらで確かめられます。)


スライド36

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