熱研生物資源室よりトピックスをお届けします
[  素朴な疑問  : その四  ]
====   注射器と媒介昆虫の違い,とは    ====

 

この疑問は,カタログのページ  感染方法 

  《 研究室・実験室や医療機関での, 人の手による 》 

の中で尋ねていたものです.

【媒介昆虫も注射器も,どちらも感染者(感染動物)から未感染者(未感染動物)へ原虫を移してあらたな感染を引き起こします.媒介昆虫は,自然界に生息している生物,一方,注射器は人間が作り出した無生物という以外に,原虫のライフ・サイクルの観点から根本的に両者間に異なるところがあります.それは一体何でしょうか?】でした.

 

媒介昆虫は,自然環境下で原虫感染症を伝搬するのに対して,注射器は,研究目的で実験動物を用いた感染実験で使用しますが,どちらも,あらたな感染を引き起こす点では似た働きをします.

マラリア原虫やトリパノソーマ原虫などの住血原虫を例にあげて説明しましょう.マウスなどの実験動物からの採血で注射器内に取り込んだ原虫を,その場で凍結保存しないのであれば,注射器内の原虫は早晩死滅してしまいますから,すみやかにつぎの未感染動物へ接種すれば,新しい感染はすぐさま成立します.

一方,媒介昆虫の場合は,吸血時に血液といっしょに住血原虫を取り込んで,つぎの吸血時にヒトや未感染動物に対して感染を成立させることができるまでに1週から10日ぐらいの日数を要します.つまり,媒介昆虫は,そもそもおなかもいっぱいですから,すぐにつぎの食事には出かけませんが,もし前回の吸血が最初の経験であって,日を空けずして吸血に行ったとしましても,あらたな感染を成立させることができません.

注射器内に血液といっしょに取り込んだ原虫は,その中での生存時間がごく限られていますので,つぎの発育段階へ進みもしませんし,増殖もしませんが,一方,媒介昆虫内に血液といっしょに取り込まれた原虫は,発育ステージを変化させ,べらぼうに多数の原虫に増殖します.

昆虫体内で,発育ステージが変化する必要性とは,その原虫にとってそこに一度は身をおかないと,最終発育段階(感染型とか,metacyclic formといいます)へ進むことができず,つぎの未感染者へ乗り移ることができない,すなわち,生活環(ライフ・サイクル)を全うできない,ことを意味まします.また,昆虫体内で無数に近く(ほんとうは有限)分裂増殖できれば,感染効率も高めることができます.

マラリア原虫の場合,ハマダラカに同時に取り込まれなければならないのは雌雄それぞれの生殖母体の2細胞ですが,これらが合体した1細胞から無数(実は有限)のスポロゾイト細胞になり,ハマダラカの体液中に漂い,唾液腺に移行します.その画像を下にお示ししましょう

【画像の説明】ハマダラカ中腸壁のオーシスト内で多分裂(schizogony)して,スポロゾイト細胞ができている様子:ただし,画像撮影のために,オーシスト壁から外に出しています.


【画像の説明】成熟オーシストが破れて,ハマダラカの体腔中に泳ぎ出た無数のスポロゾイト細胞群:


【画像の説明】押しつぶしたハマダラカの唾液腺中に観察するスポロゾイト細胞群:

また,実験室内で,注射器を使ってつぎの宿主に感染させる,つまり,近道感染を繰り返す,ことで,原虫の性状に変化が生ずることについては,トピックスの別のページ【人の手を借りなければ,生き長らえることができない原虫(株)になってしまったのは,なぜ?!!】に述べています.

 

注射器を使ってつぎの未感染動物などへ接種する場合を機械的伝搬(mechanical transmission)と言い,昆虫が媒介する場合が生物学的伝搬(biological trans.)です.

衛生昆虫が食品にたかるのを避ける,人や車が,畜産動物飼育場間を移動するときは,そこに入る前に人と車の足下を消毒する,調理や食事や,外出先から帰ってきたら手をよく洗う,などからもわかりますように,機械的伝搬には,注射器以外にもいろいろあります.ツェツェバエはアフリカ・トリパノソーマ原虫の生物学的伝搬者(つまり,媒介昆虫)ですが,アフリカ・トリパノソーマ原虫の本来の媒介昆虫でないブユや蚊などの吸血昆虫が機械的伝播者になってしまうのが,アフリカ・トリパノソーマ原虫の中の,Trypanosoma vivaxですので,T. vivaxのアフリカの外への持ち出しは禁止されています.

 

媒介昆虫が関与する原虫を研究材料に使用されて,媒介昆虫への感染実験を実際にしなくても,昆虫内での発育ステージが進み,ライフサイクルを全うする性質をその原虫株が維持していることを証明できる実験系をお持ちの方は当室へご連絡ください.

protozoatm.nagasaki-u.ac.jpの○を@にかえてお送りください.