熱研生物資源室よりトピックスをお届けします

クルーズ・トリパノソーマ原虫分離のための血液培養

==== ヒトからの採血後の血液培養手順 その二 ====


クルーズ・トリパノソーマ原虫分離のための,実験動物のマウスからと,感染者のヒトからの,

血液培養法は,ほとんど同じですが,ここでは,シャガス病流行地のフィールド現地で得た住民血液からの分離法について説明しています.国内医療機関でのシャガス病を疑う患者の血液サンプルからの分離法は別のページに掲載中です.

 

(1) 血液培養の前段階 ① : 無菌操作.

住民から血液培養用として得た血液は,貴重なサンプルですので,PCR用の200μLと血漿成分を除き,すべて血液培養に回し,無駄なく使用して捨てる部分はありません.PCR用としてはEDTAで採血したいのですが,複数本の採血管を使用するのは控え(その理由は,トピックスの別のページの「シャガス病流行地のフィールドで実施する住民健診の紹介:抗体検査と,それに続く採血の手順」のところに述べています),抗体陽性者から5ml血液培養用にヘパリンで静脈血を採取し,(すでに別のトピックスのページに示した条件下で)フィールドからラボへ移送します.原虫検出を目的としてPCR用に抽出したDNAは,もし複数回のPCRをおこなうとしても,一番最初に抽出したのを,次回のPCRでもtemplates として使うのが一般的で,同じ血液サンプルから複数回DNA抽出することはまずありませんから,PCR 用として血液を200μL先に分注しておけばそれで十分で,残りの血液はできるだけ多く血液培養へ回すようにします.血液培養への手技はすべて無菌的にしなければなりませんから,PCR 用に血液を一部分とる際も無菌的操作をしなければなりません.

 

(2) 血液培養の前段階 ② : 遠心沈殿.

抗体が含まれている血漿を遠沈で取り除きます.この血漿は抗体価を測定する目的のために迅速診断法以外の他の抗体検査法に使用します.遠沈の条件は,ふつう培養原虫を落とす場合は,半径2025cm のローターで3,000rpm10分間ですが,それより長く,20分間とします.もちろん,この条件で上清中の原虫はすべて沈殿部分(沈渣)に落ちきっているのではありませんので,液層部にも原虫が残っていますから,気をつけてください.この程度の遠沈条件ですと,赤血球層(固形成分)と血漿(液体成分)との間に,きれいにbuffy coat が形成されませんが,この部分にも,比重の関係から濃縮された原虫があると考えるのがよく,液層部分を取り除く際,この部分には触れないようにします.つまり,赤血球層と液層の境界部分は,血液培養側に入るようにします.

 

(3) 培養器の選択 :

T.cruzi 原虫の epimastigotes の増殖には,気相(空気層,あるいは酸素)の存在は無関係です.よって,epimastigote培養には,チューブでもフラスコ(気相が多い)でも使用可能ですが,血液培養では,赤血球を含んでいますので,フラスコを直接倒立顕微鏡下においても内部を観察することができませんから,血液培養にはチューブにならざるを得ません.

シャガス病流行地のフィールドでの住民健診では,かなりの数の血液培養をしますので,経費と培養スペースの節約から,いつもチューブを使用します.

1本の採血管から,少なくとも2本(以上)の血液培養チューブをつくります.

1本の採血管から2本の培養チューブをつくったとき,両方とも陽性になる場合もあれば,片方だけ陽性になることもあります.複数にするのは,コンタミした場合の保証を早い段階でつくっておくためです.初めにたった1本から始めてのちのちあとで,コンタミさせた場合,予備の保証をつくろう(複数本にすること)としても,そのときでは手遅れになります.

 

(4) 培養液と血液遠沈後(沈渣)の混合 :

15mlチューブの場合,沈渣1ml ほどの容積に対して,LIT 培養液(別のトピックスのページに説明しています)を加えてよく混ぜ10ml とし,直立させて,2627℃で培養します.しばらくしますと,赤血球成分はチューブの底に沈みますが,初めに一度混和しただけで,あとは,一切混和しません.1週から10日おきに,赤血球部分を静置したまま,上清部をピペッティングしたあと,1滴取りだして,倒立顕微鏡下で観察します.検鏡頻度を多くしないのは,コンタミを避けるためです.

 

(5) epimastigotes検出までの日数 :

血液培養開始後,血液サンプル中に含まれていたtrypomastigotes 原虫がamastigote-like forms を経て,epimastigotes ステイジに変化して,増殖し出し,それが顕微鏡下で確認できるまでの日数は,血液サンプル中に含まれていたtrypomastigotes 密度によりますから,陽性の場合,一概に,どの血液培養でも,培養開始後何日目にepimastigotes を確認できる,とは言えません.早いものでは,培養開始後10日から2週間でepimastigotes を確認できます.遅いのでは,中には,半年後にepimastigotesを検出する,というのもあります.

T.cruzi 原虫に比べて,T. rangeli 原虫の増殖の方が早い傾向にあります.よって,T. rangeli 原虫検出は,初めの末梢血液中に同じ密度であれば,T.cruzi原虫よりT. rangeli原虫の方を先に検出することになります.また,一人が両者に混合重複感染していますと,1本の血液培養中に両者とも検出します.

血液培養を始めて,その血液培養中に初めて原虫を検出したときの動画を下に示しています.
初めは,このような形態で T. cruzi 原虫を検出します.

 

(6) 培養液の交換と培養期間 :

培養開始後,epimastigotes を検出するまで,たとえ,半年間でありましても,培養液の交換は不必要です.ただし,epimastigotes 密度が高くなれば,培養液を新しいのに交換か,epimastigotes の継代培養をおこなってください.

当たり前ですが,血液培養チューブは,すべて陽性にはなりません.では,どのくらい培養を続ければよいか,培養の終了はいつか,ですが,培養開始後半年間は維持してください.捨てるのは,いつでもできます.上にも記載しましたが,血液培養開始後半年以降に初めてepimastigotes を検出した経験もあります.

 

(7) 血液培養結果の最終判断:

感染症では,急性期に症状が急激に悪化するために,そのときの対症療法ならびに治療が遅れると致命的な悪性マラリアのような場合と,それに対して,シャガス病のように,急激な悪化がなく慢性的な経過をたどるのとがあります.もちろん,T.cruzi 原虫感染による後遺症的器質的障害をともなう心不全,巨大結腸,巨大食道などでも,突然の侵襲があるわけですが,一般にT.cruzi 感染者は外見では健康者と変わりませんので,今日明日中に検査結果が出なくてもよいのですが,血液培養による診断法は,一度でも陽性になれば,それが確定診断になり,その時点で終了できますが,逆に何度検鏡しても,陰性が続くときは,時間がかかりますから決して便利な検出法ではありません.ところで,血液培養が陰性であると判定するのは,培養開始後いつにするか,ですが,培養開始後1ヶ月後に,血液培養上清だけを3,000rpm 20分間遠沈して,沈渣を検鏡して,原虫を検出しなければ,培養開始1ヶ月という条件をつけて,陰性とすればよいでしょう.ただし,この血液培養をこの時点で中止するのではなく,遠心した沈渣と上清は,また同じチューブに戻し,そのまま培養を継続してください.

ここで大事なことは,血液培養が陰性だから,未感染者ではありません.血液培養開始前に血清抗体陽性の結果をすでに得ていますので,培養開始時に用いた血液サンプル中に,原虫が存在していなかった,か,あるいは,増殖してこなかったになります.

ところで,血液培養法の診断は,時間がかかる,という欠点がありますが,病原体を分離できるという長所にウェイトをおくのがよいでしょう.

 

(8) 血液培養中のtrypomastigotes の出現 :

シャガス病流行地のフィールド住民から採血して開始した血液培養が陽性になったとき,この初代培養液中に,epimastigotes 以外に,培養チューブ内には支持細胞(宿主細胞)は皆無ですのに,細長いtypomastigotes を多数検出します.これが,血液培養が陽性になったときの特長です.当室では,この細長いのをslender trypomastigote と呼んでいます.無細胞の培地からでも出現できるtrypomastigotes で,metacylic forms の形態とも異なっています.

当室のHP【カタログのページ】 → 【感染方法】 → 【昆虫】 → 【サシガメ】

とクリックを続けていただいたところの一番最初の画像がslender trypomastigotes の形態です.

 

(9) 血液培養がコンタミした場合:

血液培養が陽性になって(原虫が増殖してきて)から,あいにく細菌類やイーストも含めたカビなどでコンタミした場合,それを完全に取り除くのは,マウスなどの実験動物に接種して,その感染動物から回収すると,無菌化できます.ただし,そのとき培養液中に trypomastigotes 含まれていなければなりません.また,原虫が増殖してくる前に,細菌類でコンタミさせてしまいますと,細菌やカビ類の方が原虫より増殖速度が早いことが多いですから,血液培養が陽性になるまでは,コンタミさせないよう特に気をつけてください.

 

以上が,シャガス病流行地住民の,シャガス病健診に続く血液培養法についての説明でした.血液培養に関してご不明とところがございましたら,当室までお問い合わせください

protozoatm.nagasaki-u.ac.jp を@にかえてお送りください.