熱研生物資源室よりトピックスをお届けします

シャガス病流行地のフィールドで実施する住民健診(2)

==== 採血後の,それに続く血液培養の手順 その一 ====

  

(1)現場での病原体の検出:

フィールドの現場で抗体はチェックできましても,抗原つまり,病原体(T.cruzi 原虫)の有無をを住民の目の前で判定するのは難しいです.もちろん,感染者体内,とくに末梢血液中の原虫密度に左右されますが,たとえ急性期でありましても,末梢血の直接鏡検で見つかるほど高い原虫密度ではありませんから,それを検出するためには,かなりの血液量中に含まれる原虫を一カ所に濃縮するか,それとも,増幅させるかで,検出するしかありません.指先のプリックからヘマトクリット・キャピラリーに採血(最大ほぼ70μL)して,高速で遠沈し,buffy coatの部分を顕微鏡下で観察して,フィールド現地のその場で原虫血症を確認した経験が複数回ありますが,現場に電線が来ていない場合は,ポータブル発電機を持参する,現地へHt遠心機と顕微鏡を持参する,陽性と判断できるための顕微鏡観察には熟練した技術が必要,しかも感染者でありましてもいつも100%の検出率ではないこと,などの理由からフィールド現地での顕微鏡を用いた(寄生虫学的)直接検出法を当室は推奨していません.

原虫を見つけるための濃縮に,全身の血液を全部取り出すこともできませんから,原虫の濃縮ができなければ,増幅の方に頼らざるを得ません.原虫の細胞全体を増幅させる,つまり,原虫細胞数を増やすのが血液培養法で,他方,原虫を構成する部品だけを増幅させる,つまり物質(核酸)だけを増やすのがPCR法です.前者は,細胞そのものを増殖させますので,時間(日数)がかかるのに対し,後者は人工的機械的に細胞内の構成物質の一部だけをつくり出せばよいのですから,陽性判定するまでの時間が短縮でき,日数ではなく,時間のレベルです.したがって,血液培養の陽性は,その判定までに短くて1週間,ときには,1ヶ月かかりますので,分子生物学的な手法に比べて判定までにかなりの日数を待たなくてはなりません.ただ,シャガス病の場合,悪性マラリアのように急性期症状の間に瀕死に陥る病態ではありませんので,判定が1週間から1ヶ月かかることによる不利益は通常ありません.いずれにしましても,現地で,顕微鏡を用いて末梢血液中の原虫を検出するのがたやすくありませんので,病原体の検出は,血液培養法にしろPCR法にしろ,ラボでおこなう作業になります.

(2)血液培養したときの利点:

血液培養の結果,原虫を検出しますと,その検査材料中には,原虫が存在していたと,いうことですから,紛れもない確定診断になります.血液培養による陽性と,PCRによる陽性とは,意味合いが違います.まず,PCR には,未熟な技術や操作ミスなどから,false positive がありますが,血液培養には,false positiveはありません.よって,血液培養による陽性診断は,揺るぎない事実ですから,PCR の陽性診断より,質的に高い評価となります.ところで,血液培養が陽性になりました場合は,その診断が絶対的に確定できる他に,他にも重要な意味合いがあります.それは,感染者からの原虫(病原体)の分離です.その点で,血液培養は,その検査法から確定診断も病原体分離も同時にできる,という一挙両得の利点があります.トピックスの別のページ(素朴な疑問 その二)に【原虫の検出と分離の違い】について述べています.


(3)シャガス病の臨床検査学的診断による判定:

抗体検査をしないで,直接PCR や血液培養を実施し,両者とも陰性の場合は,これらの結果からだけで,T.cruzi 原虫の感染を陰性とはしません.どの感染症の診断の場合も同じですが,ある検査法だけで,最終判定とはせず,必ず他の検査法による結果も加味しての総合判断をおこなうのは,シャガス病についても同じです.

(4)血液サンプルの移送と,血液培養までの保存状態.

フィールドで住民から採血した血液培養用の血液サンプルは,流行地のフィールドからラボへの移動途中に低温ならびに高温にならないよう,心がけます.移動中,車内の温度が上がりますので,気をつけます.冷却剤で冷やしながら,移動すればよい,と考える人も多いですが,これをしてはいけません.血液サンプル中に含まれているかもしれないtrypomastigotes を死滅させてしまっては,元も子もありません.第一義に,採血した血液中の原虫をフィールドからラボのある都市まで生かし続けることに注意を払わねばなりません.

森林の奥深いところでフィールド・ワークをした場合,採血時点から都市まで数日から1週もかかる場合もあって,かっては,その間の温度条件や無菌状態の維持に問題があったために,xenodiagnosis(生物学的診断法)が重宝な手法でした.サシガメの咬刺によるアレルギー反応があるため,被験者はその診断法を嫌うという報告もありますが,都市にある臨床検査機関でも,本法をつい最近まで実施し,効率よく原虫を検出しているのを当室では経験しています.

ところで,シャガス病流行地で,かなり長期間(保存期間1ヶ月)冷蔵保存されていた輸血用全血中のT. cruzi原虫が生存していたという報告があります.冷蔵保存されていてもT. cruzi原虫は生きていたのだから,だからフィールドからラボがある都市まで冷蔵で血液サンプルを移送してもよい,とはなりません.当方は,血液培養のために,可能な限りT.cruzi 原虫の生存率が高い状態を維持したまま血液培養に入りたいのであって,冷蔵保存している血液中のT. cruzi原虫の生存率を調べているのではありません.

血液サンプルがラボに搬送されましたら,それらは冷蔵庫に保存保管するのではなく,ただちに血液培養の作業をおこないます.

シャガス病流行地近辺の病院での輸血のための売血やxenodiagnosisなどを身近でご経験された方でそれらに関する情報をお持ちの方は,当室までご連絡ください.

protozoatm.nagasaki-u.ac.jp を@にかえてお送りください.