熱研生物資源室よりトピックスをお届けします

原虫の分離  その一 サシガメから

===== 媒介昆虫 サシガメからのトリパノソーマ原虫の分離法 =====


 中南米のシャガス病流行地のフィールドで捕獲したサシガメからのトリパノソーマ原虫はつぎのようにして分離します.住居内でのサシガメの捕獲は容易ですが,屋外では,鶏小屋とその周辺を除いて,まずどこを探したらよいかの検討もつかず,雲を掴むようなことですから,野外でのサシガメの捕獲はできない相談です.


中南米で分離できるトリパノソーマ原虫は,クルーズ・トリパノソーマ原虫か,あるいは,ランゲリ-・トリパノソーマ原虫です.分離方法には一部異なるところがありますが,大部分は同じです.


捕らえたサシガメを入れる容器は,病院等で検査材料などを入れる,ねじ式キャップのプラスティック製容器(150200ml)が便利です.カップの中には紙を蛇腹状に折り畳んだサシガメのための屏風の家(止まり木)を入れておきます.昔カメラがフィルム式であった当時の,フィルムを入れていたのと同じくらいの大きさのサンプル・カップは小さ過ぎて役立ちません.スクリュウ・キャップの蓋はしっかりねじて閉めましても,フィールドからラボへ運ぶ間にサシガメが死ぬようなことはありません.サシガメは,ちょっとやそっとでは死なない強い昆虫です.

訪問した家屋ごとに捕獲したサシガメをそれぞれ別の容器に入れますので,フィールド
での調査地域の戸数に合わせて,フィールドに出かける前に,ラボで容器を準備します.


  住宅やその周辺でのサシガメの捕獲は,その地域住民のためのシャガス病健診と同時におこないます.住民の健診とサシガメ捕獲を別々におこなうのは,二度手間になり,時間と経費の無駄になります.同時におこないますと,抗体陽性者とその住民が居住する家屋で捕獲したサシガメとの関連も分かります.したがって,昆虫に詳しいチーム(昆虫班)と,臨床検査ができる(臨床班)の2チーム編成を組んで,フィールド調査に向かいます.

住民健診は,学校や,保健所や,または,集会場に住民を集めておこなうことが多いですが,個別訪問の場合もあります.後者では,サシガメ捕獲も同時におこないます.サシガメを捕獲するために部屋の中に入る許可をもらって,サシガメを捕獲します.集会場等での健診の場合は,抗体陽性者がそのとき判明しますので,その家々を訪問して,サシガメを捕獲します.

シャガス病流行地における典型的な家屋の構造 adobe
 

ここからの,フィールド・ワークと実験室内の作業では,感染防止のためにゴーグルと手袋を装着してください.

⑤ 住居の中で,主にベッドが置かれている部屋ですが,照明装置がないところも多く,ヘッドランプを装着して,サシガメを探します.サシガメは,恥ずかしがり屋か,もしくはかくれんぼ遊びが大好きで,表の見えるところにはいません.サシガメが隠れているポイントは,土壁の上に貼ってあるカレンダーの裏,壁に貼り付けている布きれの裏,吊してあったり飾ってある額縁の裏などですからそれらをそっとめくりますと,サシガメはそこにじっとしていますので,ピンセット等を用いて意外と簡単に捕獲できます.成虫は固くて強く摘まんでも潰れませんが,(翅のない)幼虫は概して柔らかく,ピンセットで強く掴むと潰れます.幼虫にしても成虫にしても,血液以外は摂りませんので,幼虫もトリパノソーマ原虫を保有しています.その住宅で捕獲したサシガメは同一の容器に全部入れ,別の住居で捕獲したサシガメと区別をします.その家の住民名あるいは家屋番号を容器に記載します.

⑥ フィールドからラボまでの輸送中に,サシガメを入れた容器の温度が上がらないよう,また直射日光が当たらないように配慮します.フィールドからラボまで,サシガメは全部生かしたまま輸送しなければなりません.

フィールドの屋内では容易に捕獲できたサシガメも,ラボへ移動後は,サシガメはそこから逃げることばかりにトライし,すばやく一目散に動き回りますから,飛翔することはありませんが,少しも油断はできません.サシガメには自力で飛び立つ能力はなくても,逃げ足が非常に発達した昆虫と言えます.捕まえ損ないますと,感染源になりますので,サシガメがそのあたりの印刷物や書籍や新聞紙類などで散らかっているところや,実験台に隙間があるようなところではサシガメを運搬容器(サンプル・カップ)から外に出してはいけません.サシガメを容器からつまみ出す際,背景が黒いところですと見失いますから.大きな白い紙を広げておくと,サシガメが目立ちますのでよいでしょう.

まず捕獲したサシガメの成長ステージ(成虫か幼虫か,雌雄)などを記録します.大きさを示すために,スケール(物差しか,文具など)といっしょの画像記録が便利です.

ラボでの作業は,ラボに,in door-breeding された実験用マウスを備えたラボ⑨Aか,実験用マウスを準備できないラボ⑨Bかによって,分離方法が異なってきます.


Aであっても⑨Bであっても,まず最初におこなうのは,サシガメの腸管内の原虫の有無です.原虫種を顕微鏡下で言い当てるには,熟練が必要ですので,この際,原虫を検出したか,しなかったか,のどちらかだけでよいでしょう.

ピンセット等で背中と腹側を軽く摘まむと尾部から液が出ます.腹部を強く押しますと,液が思わぬ方向へ飛び散ることもありますから注意が必要です.腸管内容物には血液成分が含まれていますので,押し出されて出てくる液の色は,黒っぽいのが多いですが,前回の吸血がかなり前であれば,出てくる液は黒くありません.



この黒色の液を,グラス・スライド上にとり,直接検鏡しましても,光が通りませんので,ツベルクリン1mlシリンジに入れた生理食塩水かPBS数滴で希釈しカバースリップをかけて隈無くスキャンします.概して,原虫が陽性であれば,顕微鏡下でそこいら中に原虫を見ますし,陰性であれば端から端まで探しても見つからない,という陽性か陰性かがはっきりしています.
顕微鏡下で原虫を検出するときは,下のように見えます.これは,そのときの一例の動画です.


原虫を検出しなかったサシガメはその場で,熱い湯に入れるなりして殺処分してください.

原虫を検出した場合,LIT medium(あるいは,生理食塩水かPBS)を入れたシリンジの針を腹部に刺し入れて,吸引します.このとき,無理に液を押し込みますと,思わぬところから飛び出し,その飛沫が感染源になりますので,それをしてはなりません.吸引物がとれましたら,⑨Aでは,マウスの腹腔内接種と,10ml ぐらいのcomplete LIT mediumを入れた15mlチューブに,数滴落とします.⑨Bでは,後者だけの,チューブへの滴下だけになります.LIT medium には,抗真菌剤を添加することはできませんが,抗生剤は高濃度に入れておき,細菌類の増殖を抑制しておかなければなりません.サシガメの腸管に原虫をすでに検出していますので,マウスに対して感染性があるトリパノソーマ原虫でしたら,早晩そのマウスの末梢血中に原虫を検出します.接種後10日から2週が目処です.一旦原虫血症を検出しましても,放置しましたら,陰性となり,原虫分離のチャンスを失いかねませんので,原虫血症陽性になった時点でマウスから採血してLIT mediumで血液培養をおこないます.Bの腸内容物をLIT mediumに直接滴下したチューブではカビやばい菌が増殖してきましても,Aのマウスに直接接種したのから得た血液培養は無菌的になります.

ところで,クルーズ・トリパノソーマ原虫は,マウスを通して分離できますが,一方,ランゲリ-・トリパノソーマ原虫は,LIT mediumのチューブ中ではepimastihgotesが盛んに増殖しましても,マウス体内での trypomastigotes の増殖を期待することができません.

なお,サシガメの腸管内容物をマウスに接種するまえに,その中に,厳密には metacyclic forms が存在していたのかどうかをチェックする必要があるのかもしれませんが,それは不必要です.これまでの経験から,腸内容物中に原虫を検出し,それらのどの腸内容物を接種されたマウスも後日原虫血症が陽性になりましたので,metacyclic forms の確認作業はスキップできます.

サシガメの腸管内容物をLIT medium に直接滴下した培養チューブ中に原虫と,ばい菌もしくはカビの両方が増えてきた場合,このチューブ内容物を遠沈して,沈渣をマウスへ腹腔内接種し,原虫血症を確認後,末梢血を血液培養すれば,無菌的にクルーズ・トリパノソーマ原虫を分離できます.

近々,シャガス病流行地でのフィールド・ワークを計画されており,捕獲したサシガメからトリパノソーマ原虫の分離を予定されていて,これらの作業の過程にご不明の点がありましたら,当室へお問い合わせください.

メールアドレス protozoatm.nagasaki-u.ac.jp の○を

かえてお送りください.