W15 感染症理論疫学

日時:2006年10月13日(金)09:35-12:00
場所:第3会場(会議室1-3)
座長:西浦 博(長崎大学熱帯医学研究所),竹内昌平(長崎大学熱帯医学研究所)
W15-1
日本におけるヒトT細胞白血病ウイルスI型キャリア分布と古代人口動態の関係:数理疫学モデルによる考察
Why is the distribution of HTLV-1 carriers in Japan geographically biased?: An answer through a mathematical epidemic model
江島 伸興1
1大分大学医学部人間環境・社会医学講座   
ヒトT細胞白血病ウイルスI型(HTLV-I)は母子感染や男女間の性感染が主要な感染経路で、成人T細胞白血病の原因となり、その感染者は日本列島、アフリカ大陸、カリブ諸島などに分布する。日本列島を概観すると、日本人の約1%が感染者で、その中の50%は九州から琉球諸島にかけての住民である。また、北海道のアイヌの人々は感染者比率が高く、約40%との報告がある。このような感染者の地理的な偏在は日本人の起源と関連性をもつと考えられている。長期の母集団動態を考えるために、人口の増減を考慮に入れた連続時間HTLV-Iモデルを提唱する。このモデルはキャリア数と比率の動態を説明でき、キャリアの存続と消滅、および比率の収束に関する理論的結果を導出する。年あたりの出生率, 死亡率, 非感染地域(アジア大陸)からの人口流入率, 生殖集団比率, 母子感染確率, 男性から女性への年あたりの感染率, 女性から男性への年あたりの感染率に対して、キャリア数および比率に関する母集団動態を考察する。古代環境変化は出生率や死亡率の変化による人口増減に関連し、出生率の増加がキャリア比率の減少に関係することを示す。九州、四国、中国、近畿、中部、関東、東北の古代人口動態(縄文晩期から弥生時代)に基づいて、提唱した連続時間モデルのパラメータを設定し、シミュレーションを行う。地域別の人口動態と結果としてのキャリア比率の整合性を示す。この結果は逆に、古代における日本の地域別人口動態についての推定を支持している。
W15-2
数理疫学における年齢構造化個体群ダイナミクス
Age-Structured Population Dynamics in Mathematical Epidemiology
稲葉 寿1
1東京大学大学院数理科学研究科   
年齢構造をもつホスト人口におけるSIR型の感染症の流行モデルを、一次同次の無限次元力学系として定式化したうえでその数学的構造を解析した。特にホスト人口は安定人口モデルによって記述される場合をとりあげ、漸近挙動を考える限り、すでにホスト人口が安定年齢分布を到達していると仮定して導かれる正規化システムを考察すれば充分であるという線形安定性原理を示した。この原理にもとづいて、ホスト人口が母親由来の受動免疫をもつシステム(MSEIRモデル)へ具体的に適用して、基本再生産数がある正値積分作用素の正固有値で与えられることを示した。基本再生産数が1以下であれば、感染のない定常状態が大域的に安定となり、1を超えれば自明な定常解は不安定化してエンデミックな定常解が前進分岐によって現れるが、感染力が十分に小さい範囲では、エンデミックな定常解は局所漸近安定であることが示された。
W15-3
季節変動を考慮した感染症動態と麻疹の2年周期ー進化論的な観点から
Population dynamics of infecitous diseases with seasonality and two years period in measles - an evolutionary aspect
加茂 将史1
1産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター   
感染率が季節的に変動する感染症では集団動態が複雑になる。感染率における変動が弱いときには、感染者動態は季節変動と同じ1年周期になりやすいが、強くなるに従い、2年や4年などの複数年周期が現れる。麻疹は世界のどの地域でもほぼ2年周期を示すことが知られており、なぜ2年なのか、について進化論的な観点からの考察を行った。 病気の適応戦略として、環境変動に応じて感染率を変えるseasonal specialistと環境変動にかかわらず感染率を一定に保とうとするseasonal generalistを考えた。感染率での変動を大きくするという戦略を持つ系統ほど感染症動態に長周期が現れやすいことになる。数理モデルを用いて解析を行った結果、全く感染率を変動させないという系統は進化的に安定にならず、パラメーターにも依存するが、ある程度感染率を変動させる戦略が進化的に安定であることがわかった。そしてその最適な戦略のもとでは、感染率における変動と感受性個体数の変動が無相関になることがわかった。 この解析を麻疹のパラメーターを用いて行なった。感染率における最適な変動の大きさを求め、その変動のもとでの感染者動態について調べた。麻疹のパラメーターでは、感染率における変動が小さいと1年周期になるが大きいと2年周期になることがわかった。また、3年以上の長周期も起こることがわかった。しかしながら、3年以上の長周期は進化的に安定な周期にはならず、2年周期が最も安定な戦略であった。
W15-4
スケールフリー・ネットワーク上の病原体競争に関する数理モデル
Mathematical modeling of competing pathogens on scale-free networks
増田 直紀1、 今野 紀雄2
1東京大学大学院工学系研究科    2横浜国立大学大学院工学研究院   
感染症伝播は、しばしば個体間の社会的ネットワーク上で起こる。人間の感染症、特に性感染症のネットワークでは個人の持つ他人との接触率 (接触人数) は非一様度が大きい。同じことは、コンピュータ・ウイルスを媒介するコンピューター間ネットワークにもあてはまる。これらのネットワークの多くは、いわゆるスケールフリー・ネットワーク (SFN) とされ、各個人が持つ接触個体の数はベキ則 (ロングテール) に従う。SFN 上では、SIS モデル、SIR モデル、パーコレーションのような伝播モデルで大規模な伝播が起こりやすくなることが知られている。現実では、多種病原体の競争が個体間ネットワーク上で起こっている。我々は、SFN 上の病原体競争ダイナミクスについて発表する。まず、多種病原体モデルの感染が起こるかどうかを決める閾値 (病原体が複数あるので、閾値も複数ある) のうちいくつかは、SFN 上で小さくなる。つまり、SFN では感染が起こりやすい。これは、SIS モデル等などの基本モデルの結果と共通する。しかしながら、多種病原体の共存が起こるためには、病原体間の相対的な強さに関する制約も必要であることを示す。我々は、複雑ネットワーク上のもう1種類の競争ダイナミクスについても述べる。自然界では、しばしば3すくみ競争関係が見られる。3すくみ系では、最も強い病原体がないため、病原体の密度は時間的に振動し、やがて3種のうち1種のみが生存する、という描像が典型的である。ここでは、2種類の3すくみ系をネットワーク上で解析し、SFN をはじめとする個体の接触率が非一様なネットワークの上では、共存が安定化されることを示す。
W15-5
症候期年齢に対する天然痘感染性の逆計算法による最尤推定
Hiroshi Nishiura1
1Nagasaki University Institute of Tropical Medicine, Nagasaki, Japan; Institute of Medical Biometry, University of Tubingen, Tubingen, Germany   
This study investigated the infectiousness of smallpox relative to disease-age using a likelihood-based estimation procedure based on the observed transmission network and on the distribution of the incubation period. Who infected whom information enabled us to backcalculate the infectiousness by disease-age, employing a step function model for infectiousness. Frequency of secondary transmissions was highest between 3 and 6 days after onset of fever, yielding an expected daily frequency of 20.6 % (95 % CI: 15.1, 26.4) of the total number of secondary transmissions, which is consistent with historical documentations. The estimated cumulative frequency suggests that 91.1 % of secondary transmissions occurred up to 9 days after onset of fever. Our study implies that isolation could be extremely effective if performed before onset of rash and that delayed isolation of symptomatic cases could still be effective if performed within a few days after onset of rash. The proposed method appeared to be useful for diseases with acute course of illness, where transmission was not hampered by depletion of susceptible contacts.
W15-6
IBMを用いての通勤電車のリスク評価:新型インフルエンザ対策への応用
Risk evaluation of the crowded commute train by individual based model: Application for Pandemic Prepardness Planning
大日 康史1、 前田 博志2、 合原  一幸3
1国立感染症研究所    2東京大学 大学院情報理工学系研究科    3東京大学 生産技術研究所   
目的:アメリカのパンデミックプランやWHOでは、パンデミックを地域封鎖で初期に封じ込めることが検討されているが、その日本での可能性をindividual based model (ibm)を用いて評価する。
材料と方法:コンピューター上に仮想的な人口約90万人の都市を想定し、そこで、学校、職場、高齢者通所施設、ショッピングモール等に徒歩あるいは電車で通い、接触し、感染し、また家庭内で感染する。公衆衛生的対応として、職場、学校、幼稚園、高齢者通所施設の閉鎖、通勤電車の運行停止、地域封鎖を検討する。
結果:職場、学校、幼稚園、高齢者通所施設の1%基準での閉鎖は最大で15%ポイント罹患率を抑制する効果がある。通勤電車停止によって罹患率では最大5.7%ポイント低下させる効果がある。地域封鎖に必要な半径は、通勤電車での感染がない場合には90%の確率で10kmであるが、通勤電車での感染率が高率の場合には10kmでの確率が70%まで低下し、90%の確率に達するには13kmが必要となる。
W15-7
天然痘バイオテロの流行規模及び必要ワクチン量推定の試み
Estimation of the scale of smallpox bioterrorism and the requirement of the vaccine
徳永 章二1
1九州大学大学院医学研究院予防医学   
はじめに:世界各国で様々な天然痘バイオテロのシミュレーションが行われているが、想定された状況、構築された数学モデル、設定されたパラメーター値によって結果が大きく変化している。さらに確率論モデルでのシミュレーションでは確率的な変動が流行の様相に影響する事が示されている。公衆衛生学的に対策を立てようとする場合、おおまかな推定でも、どの程度の流行が起こり、どれだけのワクチンが必要で、その推定にどれだけの幅があるかを知る事に興味がある。本講演では、非常に単純な方法による天然痘流行の流行規模と必要ワクチン量推定の試みを紹介する。
方法:人が密集している場所に天然痘ウィルスが散布されるが、テロ実行時には気付かれず、散発的な患者の発見により流行が発見される状況を想定する。輪状接種(ring vaccination) により天然痘流行を制御する。
結果と議論:モデルから天然痘流行が終息可能な条件には、(1)追跡・隔離の不達成率、(2)発見された患者における次世代感染阻止の失敗割合、(3)残存免疫に影響された再生産率、が関係する。天然痘ウィルスによるバイオテロが遂行された場合、仮に設定したパラメーターでは、総患者数は約12,000人、流行終息までの時間は概ね900日と推定された。必要ワクチン量は1,250万dose程度と予測されたが、これには first responders や医療関係者への必要量は含まれていない。
パラメーター値を変化させる事でこれらの推定値は大きく変化することが示された。極めて小規模な流行に終わる場合から、輪状接種では制御不能となり一般人口への集団接種(mass vaccination) が必要になる場合まで様々な結果が得られる。流行を速やかに終息できる条件を探る事により、バイオテロ制圧に必要な社会医学的対応について定量的な指標を示すことができると期待される。
(オーガナイザー:西浦博,竹内昌平)