長崎大学熱帯医学研究所における、平成20年度実績 JSPS拠点大学交流事業の報告、および平成21年度実施計画概要をおこないます。

JPS拠点大学事業とは 長崎大学熱帯医学研究所JSPS活動概要 長崎大学熱帯医学研究所JSPS組織 長崎大学熱帯医学研究所JSPS研究交流実績概要 長崎大学熱帯医学研究所JSPS研究交流成果 長崎大学熱帯医学研究所JSPS総交流人数 長崎大学熱帯医学研究所JSPS発表論文 長崎大学熱帯医学研究所JSPS 平成21年度実施計画概要 長崎大学熱帯医学研究所
JSPS拠点大学交流事業 長崎大学熱帯医学研究所 平成20年度実績
研究協力体制の構築状況
 マラリアについてはNIMPE(国立マラリア・寄生虫・昆虫研究所)と、デング熱などマラリア以外の媒介蚊調査、ウイルス関連の共同研究はNIHE(国立衛生・疫学研究所)と一部ホーチミンとニャチャンのパスツール研究所との共同調査として実施された。解析も共同で行う一方、これまでの研究調査の収束と今後の発展のため、具体的な項目を挙げてベトナム側と検討した。研究体制は良好に維持されている。呼吸器感染症では、長崎大学熱帯医学研究所臨床医学分野と新潟大学公衆衛生学教室のスタッフが中心となり、NIHEの疫学部門と共同研究を継続した。腸管感染症では、寄生虫グループがNIMPEと共同作業を継続した。NIMPEの寄生虫グループが検体採取と直接塗抹法による検査を担当し、日本側グループが同じ検体を用いて遠心沈殿法による詳細な検査を行ったが、既に構築されている協力体制を効果的に発揮できた。コレラでは、NIHEの細菌学部門の全員がこのJSPS事業に積極的に参加しており、4回(4/30-5/13, 8/1-8/14, 10/5-10/8, 2/24-3/5)にわたるVibriophage, Vibrio cholerae検出の野外調査、そのデータ解析にも積極的に参加してくれている。
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学術面の成果
■人獣共通感染症
 狂犬病の研究においては大分大学医学部、NIHE、長崎大学を中心とする研究者によって、以下の2点に大別される研究結果が得られた。(I)狂犬病侵淫地での媒介動物(主にイヌ)の実験室内診断をより迅速かつ簡便に行うために、狂犬病ウイルスヌクレオカプシド(N)蛋白を特異的に認識する単クローン抗体を利用したイムノクロマト法による抗原迅速診断アッセイ系を開発した。同一の抗N単クローン抗体を用いた金コロイド標識による抗原検出系では、脳乳剤中のウイルス抗原を鋭敏度95.5%、特異度92.8%で検出でき、異なった2種類の抗N単クローン抗体を用いた検出系では鋭敏度93.2%、特異度100%の検出力であった。この狂犬病ウイルス検出系は安価、短時間(15分)で狂犬病の診断をフィールドで行うことが可能とし、今後ベトナムにおける狂犬病の侵淫状況の調査に多大な貢献をすることが期待された。(II)狂犬病の感染防御にはウイルス表面のG蛋白に対する中和抗体が重要な役割を果たしており、その測定には生きたウイルスを用いた感染中和試験が最も一般的とされているが、測定できる施設は一部に限れられている。そこで今回イムノクロマト法の原理に基づき、狂犬病のG蛋白を検出できる単クローン抗体でキットを構築し、不活化した狂犬病ウイルスと血清を反応後、このキットに添加することで中和抗体の存在を定性的に測定する迅速検査法を開発し、狂犬病ワクチン接種者、未接種者計42サンプルを検討した。従来の中和試験をGolden standardとした場合のRAPINA testの感度、特異度、一致率はそれぞれ100%、82.6%、90.5%であり、陽性反応的中率、陰性反応的中率はそれぞれ100%、82.6%であった。生ウイルス、培養細胞や蛍光顕微鏡を使用せず、検査時間も2時間程度と短く、今後ベトナム自国生産の狂犬病ワクチンの効果を判定する際の、中和抗体スクリーニング検査として有用な方法と考えられた。
 ハンタウイルスの研究においては北海道大学とホーチミンパスツール研究所を中心とするグループにより、げっ歯類・食虫類のサンプル収集およびヒト血清の収集と検査を行った。また、Vu Dinh Luan 氏が来日し一部の確認試験を実施した。HCMCの第12地区でハンタウイルス感染例と考えられる症例が見いだされたことから、この確認試験および患者住居周辺でのげっ歯類の捕獲および調査も行った。患者血清は初期のものが入手可能であり、抗体価は低いながらもHTNV(Hantaan virus)/SEOV(Seoul virus)関連ウイルスの感染が示唆された。患者住居周辺のげっ歯類のうちR. norvegicusからSEOV抗体および遺伝子が検出され、SEOVによる感染が示唆された。その遺伝子配列を比較した結果、このウイルスは昨年度までの研究で明らかにされたベトナムの株と同じリニエージに属し、さらにハイフォン港由来の配列に近いことが明らかとなった。またハイランド地区およびHCMCの病院の不明熱症例の中の3例に、1970年代にインドで捕獲された食虫類由来のハンタウイルスである、Thottapalayam virus(TPMV、トッタパラヤンウイルス)に対する抗体陽性例が見いだされた。また、ハイランド地区で捕獲されたSuncus murinusにも陽性例が見いだされた。しかし、同個体の肺組織からはウイルスゲノムは検出されなかった。これはスクリーニングに用いたRT-PCRのプライマーがマッチしていない可能性が考えられる。以上の結果から、ベトナムにはインド由来の標準株とは異なるTPMVが存在し、ヒトに感染している可能性が示された。HCMC パスツール研究上のDr. Vu Thi Que HuongとNIHEのDr. Truong Ninhを訪問し、今年度実施研究の評価と来年の計画について打ち合わせを行った。特に、NIHEでは、新設されたP3実験室を用いたウイルス分離の計画について打ち合わせを行った。
 その他の新興感染症ウイルスの研究については、ベトナム北部のHoa Binh省、及び、ベトナム中部高原地域(Dak Lak省、Dak Nong省)で捕獲されたコウモリから採血し、血清分離を行った。未同定のコウモリ種を含め、小コウモリ種から89検体の血清、2種のオオコウモリ種デマレルーセットオオコウモリ(Rousettus leschenaultia)とコバナフルーツコウモリ(Cynopterus sphinx)から117検体の血清材料が得られ、これら全ての検体についてニパウイルスのN蛋白に対する抗体をBat NiV-N IgG ELISA法を用いて測定を行った。Hoa Binh省で2月に捕獲されたRousettus leschenaultia 20頭中5頭(25%)とDak Lak省で3月に捕獲されたCynopterus sphinx 29頭中3頭(10.3%)にニパウイルスのN蛋白に対する抗体陽性例が認められた。この結果から、Cynopterus sphinxもニパウイルスに対して感受性を持ち、ベトナム北部だけでなくベトナム中部高原地域にもニパウイルスに対する抗体陽性のコウモリが棲息していることが判明した。また、2007年にBat NiV-N IgG ELISAで陽性を示した26検体について中和試験を行ったところ2検体に中和抗体価が認められた。このことからベトナムに棲息するコウモリには種類の異なるニパウイルス属のウイルスが分布していることが示唆された。
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■蚊媒介性感染症
 マラリアの調査の目的は、流行地域内でマラリア感染者が偏在する理由と無症候のマラリア原虫のキャリヤーもガメトサイトを保有することを明らかにするという2点であった。感染者の偏在という概念がまだ多数を占めていないため、調査実施者が強力に研究を押し進められなかった。ガメトサイトキャリヤーの検出は予測通りにできた。さらに、フィールド調査に適したガメトサイトの検出方法を世界に提出した。
蚊媒介性ウイルスについては、ベトナム、中国、日本の日本脳炎ウイルス250株の遺伝子を詳細に解析した結果、日本脳炎ウイルスはベトナムをはじめとする東南アジアから高速に東に向かって移動し、日本本土に頻繁に飛来していることを明らかにした。また、ベトナムにおいて初めて蚊からバンナウイルスを分離し、現在臨床的に患者発生があるか否かを検討中である。
 マラリア媒介蚊では、形態の酷似した複数の種を含むLeucosphyrus Groupのdirus種群を、DNAシーケンスにより吟味した。COI, COII, cit b, ND5, ND6, ITSの各遺伝子座のうち、COI(mtDNA)部分配列の増幅に成功したので、ベトナム各地で採集されたAnopheles属 Leucosphyrus Group (An. dirus s.l., An. leucosphyrus Con Son formならびにAn. sp. like takasagoensis) 52個体について、COI遺伝子座225bpをシーケンスした。その結果、An. dirus s.l.とAn. leucosphyrus Con Son formは同一の塩基配列であったのに対して、An. sp. like takasagoensisはLeucosphyrusグループで報告されていない塩基配列を示し、系統樹内でもDirusコンプレックスから離れた位置に付いたことから、新種であることを明らかにした。
 デング熱媒介蚊については、前年度の調査で得た殺虫剤抵抗性の実態把握に続き、その要因解析とkdr遺伝子頻度の解析を進めた。ピレスロイド抵抗性集団の分布と、地理的・社会的要因、およびマラリアあるいはデング熱防除のためのピレスロイド殺虫剤の使用量などとの相関を解析したところ、マラリア防除のためのピレスロイド散布が抵抗性の分布に強く影響していることが明らかとなった。また幼虫について、kdr遺伝子発現に関与すると思われる2カ所のコドンに注目して、それらの塩基置換の有無に関する調査を開始した。
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■呼吸器感染症
 カンホア省総合病院における急性呼吸器感染症調査(ARIサーベイランス)
2007年1月よりベトナム中部のカンホア省ニャチャン市においてARIサーベイランスを行っている。2007年1月―2008年3月の間小児急性呼吸器感染症入院患者より検体を集め、そしてmultiplex-PCRおよびPCRを用いて13種類のウイルス検出を行った。対象となった小児急性呼吸器感染症入院患者において69%の患者から少なくとも1種類のウイルスが検出され、28%の患者からライノウイルスが、23%の患者からRSウイルスが15%の患者からインフルエンザウイルスAが検出された。RSウイルス及びインフルエンザウイルスAに関しては流行の季節変動が見られた。そしてRSウイルスは細気管支炎とパラインフルエンザウイルス3は上気道感染と有意な関連があり、そして複数のウイルスへの同時感染は肺炎との有意な関連を認めた。
 ニャチャン健常小児におけるコロニゼーションスタディ(常在菌調査)
健常児における肺炎起因菌の常在菌を調査するためニャチャンにおいてコロニゼーションスタディを300人の健常児に実施した。我々は5歳未満の小児において細菌培養、multiplex PCRを用い彼らの高い常在菌保有率(70%)を明らかにした(細菌別にはS.pneumoniae (36%), H.influenzae (29%) and M.catarrhalis (32%)であった)。分離されたS.pneumoniaeの血清型の大半(85%)が7価結合型肺炎球菌ワクチンに含まれる血清型であった。
 ハイフォン肺炎球菌感染症研究
84種のS.pneumoniae 株がベトナム北部に位置するハイフォン小児病院に入院する小児399例より分離された。血清型や薬剤耐性の調査を行い90%のS.pneumoniaeが7価結合型肺炎球菌ワクチンに含まれる血清型であり、90%の株がペニシリン耐性、75%が多剤耐性を示した。
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■腸管感染症
 寄生虫グループは、今回の調査を通じて以下の事実を明らかにした。寄生虫のコントロール法として「駆虫」は最も一般的な対策法の一つであるが、流行地に於いては再感染の問題があり駆虫は必ずしも効果的な対策法でないとする意見がある。我々は住民の55%が何らかの寄生虫感染を受けている地域を対象として年一回の駆虫を2年間繰り返したところ陽性率がほぼ30%近くにまで低下し、繰り返し駆虫が寄生虫のコントロールに効果的である可能性を示唆することが出来た。現在3回目の駆虫後の検査を続行中である。
 コレラグループは、Thai Binh, Hai Phong provinceでの Vibriophageの検出は podoviridae (9株)、siphoviridae (1株)に留まり、環境水からコレラ毒素遺伝子保有コレラ菌株が、コレラ患者の家周囲の池から検出された。また、トリメトプリム・スルファメトオキサゾル耐性遺伝子の検出:PCRでdfrA1 gene を検出し、その配列を決定した。またその遺伝子がSXT elementの中にあることをつきとめ、6219bpの塩基配列を決定し現在遺伝子登録の手続き中である。更に、薬剤耐性遺伝子のカセット(SXT element)を解析し、その中に、tetA (class D) strA, strB, sulIIなどが存在することが分かった。中でもtetA (class D)は初めてコレラ菌から検出された。この遺伝子はコレラ菌のclonalityを決定する上で、重要なマーカーとなる。このデーターはDDBJに登録しており、AB450045のAccession No.を得ている。
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