世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局SARS対策チームに参加
(平成15年4月)

長崎大学熱帯医学研究所 病原体解析部門
「熱帯性ウイルス感染症に関する」WHO研究協力センター
森田 公一 (2003年5月12日)

 昨年11月に中国の広東省で出現した新出現ウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)は現在、多数の国と地域に伝播し5月12日で7447名の患者、内552名死亡という多大の人的被害を出している。特に、香港、台湾、中国本土、ベトナム、シンガポール、カナダでは地域内でのウイルス伝播により多数の2次感染者が発生し、航空機による大量・高速輸送の現代における高い感染性と激烈な症状をもつ新興急性感染症の脅威を目の当たりにした。しかし、ベトナムでは感染の封じ込めに成功しシンガポール、カナダもこれに続きそうな状況でありSARS封じ込めの可能性が期待されるが、一方で5月以降の中国本土と台湾での新規患者の増加や香港での継続的な患者発生状況からは、SARSの今後の感染拡大は予断を許さない現状である。筆者は4月3日から4月17日までマニラのWHO西太平洋地域事務局(WHO/WPRO)に設置されたSARS対策チームに専門家の一人として参加し、地域内の数カ国でSARSサーベイランスとSARS対策の強化にかかわる活動に従事したので、若干の感想と今後わが国でのSARS対策上参考になると思われた項目を以下に要約する。  

<SARSの発生と対応>

 すでにメディアを通じて報道されている様に、2003年2月に広東から香港に入った1人のSARS患者から中国本土の外での感染拡大が始まった。ベトナムをはじめとしてウイルスの侵入をうけた各国では病原体も分からず、診断方法もないままの手探りの対策が開始された。ところで今日まで、一地域に限局した風土病のようなウイルス性呼吸器感染症などは知られていない。つまり一般的に、人から人に感染する能力の強い新型呼吸器ウイルスが出現した場合、1918年に出現したスペイン風邪のようにまたたく間に全世界に広がるパンデミックになると考えるのが普通であり、マニラに向かいながら筆者もそう思っていた。現代は航空機輸送全盛の時代である。
 しかし、である。マニラのWHO地域事務局のSARS対策室に入った4月3日の夜、対策チーム十数名のリーダーである押谷仁WHO/WPRO感染症対策課長は異なる意見を持っていた。翌日、対策室でみたベトナムでのSARS患者の発生数をしめすグラフを見てそれは理解できた。3月中旬以後、新規の患者発生は減少に転じ、筆者がマニラに入った日の患者発生は1名にとどまっていた。そしてついに4月14日に報告された1例を最後にベトナムはSARSの封じ込めに成功したのである。つまりSARSは封じ込め可能な呼吸器感染症である。こういうウイルス性急性呼吸器感染症も存在するのか、筆者は不明を深く恥じた。
 このベトナムの成功に関して、忘れてはならない人がいる。WHO/WPROのスタッフの1人であり、ハノイに赴任していたカルロ・ウルバーニ医師である。彼はハノイで発生した最初のSARS患者の病状からこの疾患が通常のものとは異なっている事を見抜き、患者の隔離や病院での感染予防対策に奔走した。そして患者およびその接触者の早期発見と隔離という極めて古典的な対処方法によりSARSが効果的に封じ込められることを実証したのである。しかし彼自身も罹患し3月29日に帰らぬ人となった。4月のはじめWHO地域事務局の一室には彼をしのぶ部屋が設けられ、在りし日の写真と花が飾られ職員や友人が氏を偲んで訪れていた。
 ベトナムでの成功に勇気づけられてWHOはSARS封じ込めのため、全力をあげて伝播地域その周辺国へ人材を投入し奮戦している。今の所「SARSの専門家」なるものは存在しない、ウイルス学者、疫学者、臨床家、行政官などのそれぞれの分野で知識と経験をもつ人たちを動員してこの21世紀最初の恐ろしい感染症に立ち向かっている。日本、オーストラリア、フィリピン、タイなどから専門家が順次、SARS対策チームに参加しており5月には熱帯医学研究所からはさらに本研究所内科の渡辺医師・大石医師の2名がWHOのチームの一員として中国に派遣されている。

<研究者の協力>

 今回のSARS発生後に世界の研究者達が見せた割目すべき行動は、研究成果を直ちに公表する協力体制である。昨今は論文や特許が受理されてからでないとデータを公表しない向きが多い時代にあって、SARSの出現は医学研究の目的がなにかという事をあらためて認識させる事件であったといえる。この様な利害を超えた協力によりSARSウイルスは驚くほど短期間で突き止められるに到った。SARSのX線写真を含む臨床データは香港中文大学のホームページで閲覧が可能であり、SARSウイルス検出のためのPCR法に関する情報も複数の研究室から公開されている。現時点で最も検出感度が高いとされるSARSのPCR法はドイツの研究所が発表している方法である。
   また、培養細胞(Vero E6)を用いて患者の気道分泌物や便、尿からウイルス分離も可能であることがしめされており、この方法により実験室診断はP3実験室を持つ研究施設では原則可能である。しかし、SARSウイルスは一旦分離されてしまえば極めて危険な、しかも簡単につくれる生物兵器ともなるわけで、万が一わが国にSARSウイルスが侵入した場合にはその分離と保管に関して特別な規則が必要であると思われる。

<ウイルス伝播の特徴>

 SARSウイルスの伝播は空気感染ではなく、飛沫感染であることがWHOのデータから示されているが、とくにSuper spreader (香港ではSuper infector, ヨーロッパではSuper transmitterとも呼んでいるようであるが)といわれる、一部の患者達の存在が重要である。この一部の患者(感染者)は一人で50人100人と多数の人々に感染を広げる強い感染力をもつ人々であり、このSuper spreaderの移動によりSARSは移動中の航空機の中で、また移動先で収容された病院の中で感染が拡大していった。従って、この様な感染力の強い患者をふくむ感染者を早期に発見し航空機による移動を防止し、病院での2次感染を阻止することが特に重要だ。
 しかし香港で発生した、ある集合住宅での300名を超えるSARS集団発生では、便のなかのウイルスが環境に散布されたことにより爆発的流行が発生したと考えられている。この伝播様式が市中で発生した場合は感染源を特定することが極めて難しく、現在北京を中心とした中国本土における流行で患者の半数がその感染源を特定できないことは、SARSウイルスが、たとえば患者の尿や便から環境に大量に漏出している事を示しているとも考えられる。そうであれば中国本土や香港でのSARSは衛生環境の広範な改善が必要であり、尾身茂WHO/WPRO地域事務局長がNHKテレビのインタビューに答えて述べておられた様に今後、中国本土のSARS封じ込めには2〜3ヶ月以上の時間が必要となるだろう。

<世界保健規則>

 それにしても残念なのは世界保健規則(International Health Regulations)の改定のことである。世界保健規則は感染症対策に関する唯一の国際的な法的取り決めであり、現行の規則は1969年に施行された。当時の国際的に重要度の高い感染症(黄熱病、コレラ、ペスト)の予防・措置が中心になっており、その後出現した多くの感染症対策に無力であることから1995年、当時の中嶋WHO事務局長の指導によりその改定作業が開始された。その骨子は新出現の感染症に対応できるように組み立てられたSyndromic Approach(症候論的アプローチ)であり、呼吸器感染症、消化管感染症、出血熱、脳炎、薬剤耐性の5つの症候をしめす新興感染症に対してWHOと加盟国による迅速な対策を可能にする新国際法となるはずである。
 この改定作業は中嶋事務局長がWHOを退官した1998年には日本を含む主要国でのトライアルを行うまで進行していたが、その後ブルントラント氏がWHO事務局長に就任してのち現在まで5年間を経過したがいまだ改定されていない。今回のSARSの拡大では中国政府の初期の対応が遅れたことが国際的な非難の対象になっている。もし、世界保健規則の改定がSARSの出現に間に合っていたならば、このSyndromic Approachの有効性が実証された事であろうし、中国政府の対応も異なっていたものになっていたであろう。そして結果としてSARSの伝播状況は現在のそれとはかなりちがいうものであったのではないだろうか。
 ブルントラント氏はタバコ問題の国際的な枠組みつくりでは輝かしい成果をあげられたが、世界保健規則改定作業に関してはWHOを去るに当たって残念な思いをしておられるであろう。実は筆者は1995年から1998年までWHO西太平洋地域事務局で感染症対策課長をしていたことがあり、この改定作業にも参加していた。ブルントラント氏とはレベルが違うがやはりこの件に関しては残念である。この5月に就任されるWHOのJW.リー新事務局長に早期の改定作業の完了と加盟国の批准を期待したい。

<もう1人の成功者、マカオ>

 マカオは人口46万人の人々が住む島であり無論、中国の一部である。ご存知のように、ポルトガル統治時代からの独立した行政・保健システムを運用している特別行政区であり、WHOにも中国政府とは別のオブザーバーとしてのメンバー資格をもっている。マカオの置かれている地理的環境は香港と極めて似ている。つまり、広東省とは橋でつながっていて多いときには1日に10万人もの人が行き来する。また香港とは高速船で結ばれており、これも通常は1日1万人近い人の往来がある。香港と広東ではそれぞれすでに1500名以上のSARS患者が発生しているがマカオでは域内でのSARS伝播は現在(5月12日)の時点でも発生していない。マカオのSARS対策強化のためWHOから派遣された専門家の1人としてマカオのSARSへの対応を詳細に見る機会を得た。
 正直に言うと、実際にマカオの現状を調査する前はマカオでSARS患者の発生がないのは診断が十分でないか、WHOへの報告が滞っているためだろうと推測していた。ちょうど北京市のWHOへの患者数の報告が不十分であると指摘されていた時期である。しかし、実際に現地の保健部、病院、ヘルスセンター等を調査してみると確かに域内でのSARSの発生は確認できなかった。なぜか? 実はマカオの保健当局は独自の情報収集網により2月の始めの段階で広東での異常な致死性肺炎(当時は異型肺炎と呼んでいた)の状況を正確に把握していた。その感染が病院内で発生していること。医療従事者が多く犠牲になっていること。その症状など。したがって、WHOの勧告が出る以前から独自の診断基準を作成し広東との国境(香港でSARSが発生してからは高速船の港)において検疫を強化していた。また病院内での感染予防のためマスク、ゴーグル、ガウンを始めとする感染予防具の購入と救急隊員を含む医療スタッフの感染予防方法のトレーニング、患者の搬送経路を含む病院の改装などを実施するとともに公共の乗り物などにおける定期的消毒なども遅れることなく実施してきた。香港の医療施設でマスクの不足が伝えられていたころ、マカオではレストランのウェイターやウェイトレスも政府から支給されたマスクをつけて仕事をつづけていた。マカオが現在にいたるまで検疫段階で捕捉した外からのSARS感染者を除けば、域内での患者発生を全く見ていないことは決して偶然ではないだろう。日本のメディアの関心が今、患者が多数発生している香港や北京などの地域にゆくのは自然であり必要でもあるが、マカオこそ実はベトナムともに日本が参考にしなければならない所である。

<日本の対応>

 中国の首相が「硝煙なき戦争」とよぶSARS流行。さすがに日本でも行政もメディアも本腰を入れてきたなという感じだ。しかしSuper spreaderといわれる感染性の強い感染者が日本に現れたとき、我々は効果的に2次感染を封じ込めることが出来るだろうか。行政、医療機関が十分な対応準備が出来ているとして、市民への啓蒙活動は十分だろうか。発症した患者が公共の交通機関を使って病院にやってきたり、事前の連絡なく病院の外来へやってきて一般の患者と接触するような事態はおこらないか。不安である。

<おわりに>

 帰国して空港でふと思い出した。マカオにかぎらずSARSチームの医師・看護師達は、自主的にあるいは時に強制的に、患者を診療している期間は自宅に帰らない。香港や広東では院内感染した医療従事者がその家族に感染させてしまった事例が多いからだ。かれらは、患者(疑い例もふくめて)が入院している間、病院内に宿泊しながら硝煙なきこの戦いをつづけている。
 幸い筆者は帰国時、発熱や他の症状も無かったが、家族の安全のために潜伏期の10日間はホテル住まいにしようかとも考えた。妻に電話をした。「ホテルの人が危ないんじゃない? 帰っておいで」。なるほど。我が家のトップダウンの危機管理体制が発動して家に直行することとなった。 SARSは発症するまえの感染力は極めて弱いとされており、発症してから適切な隔離をうければよい。そこで、WHOの指針にしたがい10日間は朝晩の検温を実行し、研究所へ出勤はしたが、会合等への出席はひかえた生活をした。
 熱帯医学研究所の職員はアジアで頻繁に研究活動をおこなっており、日常的にこの地域に渡航している。SARSに関連して、所員とその周辺の人々の安全を最大に確保することを目的として研究所では4月28日から熱帯医学研究所SARS委員会を設置して暫定的渡航規則を制定し、渡航禁止項目や渡航および帰国後の対処手順の明文化、予防方法の指導などの対策を実施している。まず足元からである。

(付)長崎、出島

 シーボルトのお抱え絵師であった川原慶賀の筆になる出島の絵である。1820年頃の作といわれており、長崎大学図書館に所蔵されている貴重な文化財である。この時代、鎖国という環境にありながら、コレラ(当時は患者がすぐ死んでしまうことからコロリと呼ばれていた)を始めとする激烈な急性感染症は出島から日本に侵入し、日本全国へと広がっていったと医学史には記載されている。その都度、数万〜数十万におよぶ犠牲者が発生した。鎖国という環境にあっても人から人に感染する強い感染力を持つ伝染病は日本に侵入したのである。航空機時代の現代ではSARSの侵入を前提として、その拡大・被害を最小限にとどめるための十分な対応を準備しておくことが必要であろう。

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