長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野・長崎大学病院感染症内科(熱研内科)

教授メッセージ

教授メッセージ2020年

6月のメッセージ

Doctor’s Magazineで取り上げていただきました。

ドクターズマガジン2020年6月号掲載

ドクターズマガジン2020年6月号掲載
(クリックすると掲載記事をお読みいただけます。)

昨年暮れに、この話をいただいたとき、自分のパーソナルヒストリーを丸裸にされることに、かなりの抵抗感はありました。でも、純粋にアジア・アフリカの最貧国との健康格差に対して違和感を抱き、一生のうちどこかで、そのような地域で何かをしたいと漠然と思っているひとのなかには、まだ私たちを知らないひとがたくさんいらっしゃると思いました。そして、そのようなひとたちとの、新たな出会いがあることをひたすら願って、インタビューを受けることにしました。

これまで、私の肩書が大学病院の内科教授ということで、何か先入観を持たれてしまうのも嫌でした。大学とは、まったく異なる世界を歩んできた自分をさらけ出すことで、純粋に国際医療に貢献したい、途上国の医療の発展のために研究をしてみたい、だから感染症を勉強したい、あるいはもう一度いちから勉強しなおしてみたい、そんな気持ちをもっているひとに、長崎大学熱帯医学研究所の臨床教室に興味を持っていただけるのではないかと期待しました。

どこの大学の出身であろうと、どんな専門性をバックグランドにもっていても、卒後何年目の医師であろうと、また、医師以外の医療従事者であろうと、熱帯医学やグローバルヘルスに興味のあるさらに多くの方々との出会いがあることを心から望んでいます。

グローバルヘルスを実践するには多くの仲間が必要なのです。

令和2年6月4日

諫早神社のクスノキ
諫早神社のクスノキ

5月のメッセージ

フィリピン・サンラザロ病院の新型コロナウイルス感染症対策

フィリピン・サンラザロ病院

マニラの都市封鎖が始まる直前の今年3月13日金曜日の夜、フィリピン・サンラザロ病院の長崎大学感染症研究拠点に駐在する鵜川さんと鈴木さんの3人で夕食をとりながら、国外退去するか否かを話し合ったときのことが忘れられない。ふたりの気持ちは固まっていたものの、これから新型コロナがマニラ市内に急激に増えて、武漢やイタリアのようになるだろう貧困地にある最前線の病院に残って支援を続けることが、ふたりにとって、どれだけ危険なことになりうるかを何度も話し合った。もし、自分たちが感染して重症化した場合、日本のような先進医療は受けられない可能性が高い。それにもかかわらず、彼らの気持ちを固めていたのは、日本と比較にならないほど医療資源の限られたなかで、不安と恐怖を抱きながらも新型コロナウイルス感染症に立ち向かおうとする現地の医療スタッフを支えたいという思いであることが強く感じられた。あのタイミングで日本人二人が国外退去すれば、何が起きるのかも想像できた。私は、帰国後大学執行部への説得に努めた。人道援助活動として、ふたりが現場に残って業務を継続することを熱研内科スタッフと長崎大学執行部が許可してくれたことは大きかった。これで万が一の労災保険が適応される。一方で、この人道支援プロジェクトを国境なき医師団のMSFミッションにつなげれるようにクリス先生と一緒にMSF日本支部とサンラザロ病院の間に入って調整した。7年のMSF勤務経験があり、Joint PhD2期生として私の教室へやってきたミャンマー出身の女医Su Myat Hanが助っ人で加わった。詳細は、熱研内科のHPに載せてくれた鵜川さんの手記に書かれてある。https://www.tm.nagasaki-u.ac.jp/internal/international/philippines.html#2020-01 また、今回のサンラザロ病院への新型コロナウイルス感染症対策支援については、詳細を、下記長崎市医師会への寄稿文でも紹介した。そのなかでも紹介しているが、クリス・スミス教授は、サンラザロ病院での診療経験を学術論文としてしっかりと世界と共有しようとしている。この活動は在フィリピン日本大使館Facebookでも紹介していただき、たくさんの応援メッセージをフィリピンの方々からいただいた。

https://www.facebook.com/603327926511125/posts/our-warm-welcome-to-the-nagasaki-university-medical-team-on-april-01-2020-a-naga/1466433770200532/

3月下旬、日本国内でも緊張感が高まってきた。厚労省のクラスター対策班のなかには、熱研内科の仲間がいる。3月23日には、ついに長崎大学病院にも患者が入院した。4月20日には、長崎造船所に停泊中の大型クルーズ船で感染症集団感染が発覚。熱研内科の医局員は、長崎大学病院新型コロナ対策チームの一員として、実際の患者診療にもくもくと取り組んでいる。その間、大学病院の診療は一日も止まっていない。相手は新型コロナウイルス感染症だけではない。皆さんに感謝。

2020年5月20日

長崎市医師会への寄稿文

長崎市医師会報 緊急企画
フィリピン・サンラザロ病院への長崎大学の支援活動について
~現地の新型コロナウイルス感染症流行状況~

長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科 副研究科長
長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野 教授
有吉 紅也

サンラザロ病院とは
サンラザロ病院は、フィリピンのマニラに位置する500床程度の国立感染症専門病院です。スラム街があるトンド地区にも近いところにあり、貧困層の患者の割合が多く、慈善病院としての役割も併せ持っています。デング熱(約5000症例)、結核(2000症例以上)レプトスピラ症(約200症例)、破傷風(約200症例)、ジフテリア、髄膜炎菌血症、腸チフス、麻疹、狂犬病などが入院し世界で最も熱帯感染症患者が入院する病院のひとつです。長崎大学熱帯医学研究所臨床感染症学分野は、先代の永武毅教授・大石和徳助教授時代から協力関係にあり、研究フィールド、若手医師の研修の場としてお世話になってきました。2015年には、長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科(TMGH)の設立とともに、ロンドン大学から派遣されたクリス・パリ―教授と後任のクリス・スミス教授がリーダーとなり、サンラザロ病院の中に長崎大学オフィスと長崎大学共同研究ラボラトリーを設置して、日本人スタッフ2名を常駐させ、現地採用のフィリピン人スタッフ9名を雇用し、「フィリピンマニラにおける市中発症菌血症」や「結核と栄養」などの研究や臨床熱帯医学の実地教育を行ってきました。

長崎大学の支援活動
そんな折、2020年1月下旬にフィリピンで最初の新型コロナ患者3名のうち中国人感染者2名がサンラザロ病院に入院しました(E M Edrad, et al., Trop Med Health, 2020 April 14)。このうち1名が死亡し、中国の外で死亡した最初の症例報告として、マスコミでも騒がれました。もともと元気だった患者が死亡したこと、また、その後現れた接触者や疑似症例を検査したくても、国の検査適応基準が厳しくて容易に検査ができない、あるいは結果がわかるまで1週間以上もかかることから、病院が混乱し、病院スタッフにも緊迫感が漂いました。そのような背景もあり、サンラザロ病院のLopez院長から長崎大学へ検査についての協力支援が要請されました。これに熱研の森田公一教授と長谷部太教授が井上真吾准教授と竹村太地郎助教を2月に派遣してくださったことで技術移転が実現しました。3月には、フィリピン保健省が国内の検査体制を拡大する方針を打ち出し、サンラザロ病院検査部でも検査が可能になりましたが、必要とされる検体数が実際のキャパシティを大幅に超える事は明白でした。また、同時期にサンラザロ病院の医療従事者1人がCOVID-19と診断されたことで、院内感染という新たな危機に直面することになります。そこで、長崎大学はスタッフを総動員して、接触歴のある全医療従事者の検査を担当することになりました。結局、5月11日の時点で、約350人の医療従事者および主に結核入院患者約40人の検査を完了しています。これらの活動からわかったことは、病棟スタッフの感染は患者からの院内感染ではなく、市中感染あるいはスタッフ間の感染である可能性が高いことで、最前線に立つ医療スタッフが診療を続けるうえで大きな自信につながりました(A R Sayo et al., 投稿中; A M Villanueva et al., 投稿準備中)。4月24日この活動を推進した熱研の鵜川竜也医師とスー・ミャット・ハン医師はミッションを終え帰国しましたが、帰国後、現地医療従事者が、医療資源の限られた状況下で、使命感をもって仕事をしている姿に感銘したと感想を述べていたのが印象的でした。鈴木秀一戦略職員は現在もサンラザロ病院に残り、医療協力支援を続けています。クリス・スミス教授とともに、国境なき医師団日本支部とサンラザロ病院との間に入って何度も調整し、5月から我々の活動がMSFの診療支援活動に引き継がれることになったことは、ひとつの節目でもありました。

フィリピンの新型コロナウイルス感染症流行状況
マニラ首都圏(メトロマニラ)の人口は1280万人ですが、トンド地区には63万人の貧困層が7.3万人/km2の人口密度で暮らし、十分な手洗いができない不衛生な環境下で3密を避けれない暮らしを余儀なくされています。このような状況で新型コロナウイルスが拡がったら、どんな手段を講じても感染を抑えることはできず間違いなく大惨事になるだろうと誰もが思っていました。ところが、2月中国からの第一波のフィリピン国内での新型コロナウイルス感染症流行は拡がることなく収束しました。そして、3月には欧州と接触のある感染者が急増し国内での2次感染の拡大も明らかになりました。最初は、裕福層が居住する地区に感染者が多かったのが、次第にサンラザロ病院周辺の貧困層が暮らす地域にも患者が発生するようになり、サンラザロ病院の個室病棟は疑い患者も含め20人を超えフル稼働となりました(E P. Salva et al., West Pacific Surveillance and Report投稿中)。今度こそは、多くの患者が押し寄せてくると思われましたが、3月15日に早々とマニラ市が都市封鎖されたことによるのか、その後サンラザロ病院で欧米のようなオーバーシュートは見られず、5月に入ると隔離病棟には空きベッドが目立ってきています。国の検査数には限界がありますが、重症肺炎を発症する患者が増えれば、必ず入院患者数の急激な増加としてあらわれるはずです。3月30日までに入院した100の新型コロナウイルス感染症疑い症例を解析すると、41名の確定患者中9名が死亡し死亡率は22%と高かったのですが、その後もICU病棟のベッドが完全に足りなくなるといった状況には至りませんでした(E P. Salva et al., 投稿準備中)。どうやら、インドやアフリカにおいても貧困層が居住する地区で新型コロナウイルス症拡大が懸念されましたが、恐れていた程の事態には至っていない様子です。これらは途上国では、軍隊も動員した都市封鎖が実施可能であり、その効果を反映しているのか、そもそもフィリピン国民人口の平均年齢が日本と比べ20歳も若いから重症患者数が少なかったのか、結核菌など普段から暴露されている感染症によって、肺内のサイトカインストームが起こりにくい効果があったのか、これからの研究成果が待たれるところです。我々としても本稿でご紹介させていただいた現場での経験を学術論文として世界と共有する所存です。

フィリピンにおけるCOVID19確定患者数の推移
フィリピンにおけるCOVID19確定患者数の推移
https://drive.google.com/file/d/1H2X-ZZUbkuMTKSUyYYyjDgoT5gHFaFHw/view

最後になりましたが、3月に入りフィリピンで活動していた他大学関係者が次々と日本へ引き揚げ、各国の緊張感が高まっていた時期にもかかわらず、河野茂学長や北潔TMGH研究科長ら長崎大学執行部が活動継続を許可してくださいました。また、在フィリピン日本大使館岡田岳大医系技官や国立感染症研究所鈴木忠樹部長、熱研内科のスタッフやTMGH事務の皆様、その他寄稿文では紹介できなかった大勢の方々が、今回の協力支援活動を支えてくださいました。この場を借りて深く感謝いたします。

以上

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