教授挨拶2011年

熱研内科で研修を考えている医師へ

あっという間に1年が過ぎてゆく。時の流れは毎年加速しているように思えて仕方がない。忙しさが年々増しているせいだろうか。この間に人が増え、研究、臨床、海外フィールド、大学院教育の改革等々と、やることが確実に増えている。一方で、ホームページの更新がどうしても後回しになってしまうことが残念だ。

多様性を受け入れる教室へ
今年も、熱研内科に興味のある人たちへ向けて、現在の教室の様子を伝えたいと思うのだが、その一方で熱研内科を一言で語ることが、年々難しくなっているのを感じる。それは、私が教授に就任して以来、新たに入局した教室員の背景、それぞれが歩んだ道やこれから目指す目標が、国内・海外、臨床・研究、ジェネラリスト・専門性とさらに多様化したこととも無関係ではない。そもそも、国際医療・熱帯医学そのものが多様性に満ちた領域であり、そのような国際医療・熱帯医学を志す臨床医を育てる臨床教室となるには、多様性はひとつの自然な姿なのだとも思う。そして、そのような多様なひとの集まりであることは、すなわち、互いの異なる目標を認めつつ(“respect”)、同じ教室員として共存・協力する姿が、熱研内科の特徴になりつつある。今年は、それぞれの道を歩み始めた各教室員に、このホームページ上でもっと情報発信をしてもらおうと呼びかけている。熱帯内科に興味のある人たちが、このホームページで紹介されている様々な教室員のなかに、自分の求めている生き方に近いひとが見つかることを願っている。そうでなくても、一度長崎に訪れて、私も含め教室員と会ってみられることをお勧めする。ホームページで紹介されていない熱研内科教室員のなかにも何かヒントが得られるかも知れない#1。

    #1何人かの教室員の進路例を列挙したので参考にして欲しい:
    4年前に後期臨床研修で入局、大学と外病院で計2年間内科研修後、英国へ1年間留学、留学直後から難民キャンプ医療に携わり、帰国後は博士課程に進学、現在は長崎の離島で医療を実践している入局5年目の医師がいる。

    4年前に後期臨床研修から入局、その後地方の公立病院で感染症専門医を目指しながら地道に国内の臨床研修を積み、その間に半年間タイで熱帯医学を学び、今年から博士課程に進み、国内臨床研修を続けながら週に1.5日の研究日と年に3カ月間の海外フィールド研究を始めた入局5年目の医師。

    3年前に後期臨床研修で入局した時は、臨床も英語コミュニケーション能力も自信のなかった教室員が、入局2年目に長崎で最も忙しい救急病院での研修を経て飛躍的に臨床力が鍛えられ、3年目には長崎大学熱帯医学修士課程で途上国からのクラスメートに囲まれ朝から晩まで英語漬けの熱帯医学の授業を受けた後、飛躍的に英語コミュニケーション能力が上達し、さらにはフィリピンの病院で長期の臨床研修を受けるまで成長した入局4年目の医師がいる。現在は大学病院の診療を支えながら、博士課程に進学している。

    2年前に後期臨床研修で入局、大学で研修(研修中にベトナム地方都市で臨床研修3カ月)を受けた後、直接博士課程に進学。長崎の離島で医療も実践しながら、ロンドン大学へ留学。この秋よりベトナムへ長期派遣予定。

    1~2年前に入局した教室員の殆どは、現在外病院で臨床研修中(呼吸器内科、感染症内科、総合内科)である。

今年の新入医局員歓迎会にて、教室を支えてくださる同門の先生方との集合写真

とは言っても、多様性という言葉は、便利なようで、熱研内科へ入局を考えている人たちにとっては分かり難いだろう。そこで、現在の教室の活動や教室員の動きをまとめて、熱研内科にはどのような研修・教育・研究・国際的な活動の機会があるのかを、より具体的に説明してみたい。熱研内科の各教室員は、熱研内科が提供できる様々な選択肢から自分なりの研修方法を選ぶことになる。いわばテーラーメード型の研修を実現しつつある。なかには、これまでに前例のない自分なりの研修プログラムを生み出す教室員もあり、それも大いに結構なことだと思っている。

余談になるが、大学に対するネガティブなイメージを作り上げている背景に、一旦入局すると自分の将来は教授を頂点とする権威主義的な医局制度で縛られるのではないかという懸念があるかと思う。しかし、私が教授に就任して以来、研修先についても、また、大学院進学や海外研修・海外留学のタイミングについても、ほぼ完全なマッチング制となった。それどころか、大学のもつ創造力を存分に活かせれば、各教室員のもっと自由な生き方を支援できる教室がつくれる。この点は私が保証する。なぜなら、私自身が、旧態依然とした日本の大学医局制度からは対極的な生き方をしてきたからである。


臨床と研修


熱研内科の臨床

(基幹関連病院は長崎市内にあるが、一般関連病院および研修協力病院は今後もさらに全国展開する傾向にある。研修医は、これらの熱研内科病院ネットワークのなかで各自の研修先を選ぶ)

早期から海外研修と国内研修を同時進行させる
臨床を体験することを推奨している。海外での臨床経験は、各人の臨床医としての成長に決してネガティブには働かない、むしろ、日本国内の臨床と相補的に作用し、より視野の広い熱研内科の臨床には、感染症内科・呼吸器内科・総合内科の三つの柱がある(上図)。そして、何といっても熱研内科の最大の特徴は、海外、特に熱帯地にこれらの臨床を経験するフィールドを持つことにある#2。自分自身を振り返ってみると卒後3年目にジンバブエ大学医学部で研修医をした経験は、自分の人生に決定的な影響を与えた。だから、特に将来海外で活躍したいと思っている若手教室員には、卒後なるべく早く、遅くとも後期臨床の段階で、熱帯地の臨床現場で、単なる見学ではなく、実際の臨床医の育成が可能になると考えている。自分の活躍の場は日本国内にあると思っている医師についても、どこかで海外での感染症臨床を経験することは、プラスに働くと信じている。

    #2 フィリピンサンラザロ感染症病院やベトナムバクマイ病院感染症科病棟には、専用のテレビ会議システムを設置し、熱研内科セミナー室や教授室とつながった。また、ジャパンハートの神白先生やミャンマーからの難民を対象にしたメータオクリニックで診療していた斎藤先生、国境なき医師団の難民キャンプで診療した鈴木先生・島川先生のようにボランティア活動として海外の臨床経験をするのも非常に良い経験になる。

今年フィリピンのサンラザロ病院結核病棟研修する柿内先生(中央)

(同病棟には年間約3~4000症例が入院している。昨年は島崎先生が3カ月間滞在し、同病棟入院患者の死亡率が37%であること、細菌性肺炎の合併により死亡リスクが6倍になることを明らかにした。本年は、結核に合併する細菌性肺炎の起因菌に関する研究が進行中である)

大学病院で次の歩む道を見つける
さて、現在の熱研内科の大学病院の診療は、感染症内科・呼吸器内科が主体である#3。原則として、すべての教室員は大学病院にて半年から1年間、ひとつひとつの症例に対して、文献検索#4を含めて病態生理を深く理解しながら最先端の医療を求める診療を学ぶことになる。一人前の臨床医になるには、幅広い疾患を数多く経験することも大切だが、一つ一つの症例を丁寧に深く診療する能力も同様に大事だ。また、様々な教室員や全国・海外から非常勤講師が集まる大学病院で勤務していると、短期間に多くの教室員・講師と知り合えるだけではなく、熱帯医学研究所の研究、長崎大学大学院教育活動を同時に垣間見る機会が頻繁にある。多くの教室員は、ここで教室の全体像を理解し、次の歩む道が決まってくる。

    #3 今年12月5日からは、長崎大学病院国際医療センターがオープンし、我々は救急救命センター、国際ヒバクシャ医療センター、へき地・離島医療再生機構、感染症制御教育センターとともに、新たに改修された3階建ての病棟・医局へ引っ越しする。国際医療センターにおいては、他のセンターと協調しつつ、熱研内科三つめの柱である総合内科的診療も発展させてゆきたいと考えている;
    #4英語で書かれた文献から最新の情報を学びとる訓練や毎週火曜日早朝のLancet, New England Journal of Medicineレビュー、外国人を交えたディスカッションなど、大学病院にいて英語を使う機会は飛躍的に増える。

Paul Kilgore准教授とディスカッションする高橋先生

Robin Baily教授とディスカッションする島田先生

市中関連病院との連携を研修に活用
さて、多くの症例を経験するために、患者が多く集まる市中病院で研修を積むことは必須である。大学病院勤務を経験した教室員は、各教室員が希望する診療科領域に応じて熱研内科の指導医師が複数勤務する関連病院やその他協力病院で深めてゆく。例えば、感染症内科については、現在長崎労災病院と国立病院機構川棚医療センターで2名が研修中である。また、HIVエイズ診療について臨床力をつけたい教室員については、名古屋医療センターに協力してもらい長期の研修を受けた。呼吸器内科については、指導医を充実させた長崎市内の十善会病院と高知市にある近森病院で2名が研修中である。総合内科については、総合内科医を育成する日本でも有数の教育システムを立ち上げた江別市民病院が、昨年から熱研内科の協力病院となり1名が研修を受けている。特に江別で総合内科医教育システムを立ち上げた濱口先生が教室員として熱研内科に加わってくれたのは、今後総合内科研修を充実させる上で心強い。また、初めは医師の緊急派遣協力として始まった上五島病院(離島)も、総合内科医の臨床力を飛躍的に伸ばす非常に良い研修病院であると考えている。島に残って地域医療を実践している先生方から学べるものは多い。来年度からこのような離島での研修を自ら志願して開始する教室員がいる。
当たり前のことではあるが、これら関連病院、研修協力病院へのひとの派遣は、教室員の臨床力向上が目的である。したがって、すでに市中病院にて研修を受け多くの症例を経験した教室員が、本人の希望に反して関連病院へ派遣されることはない。


昨年より熱研内科研修医が研修中の関連・協力病院(研修先はさらに全国展開している)

熱研小児科教室
内科以外の診療科についても広がりつつある。今年度は、熱帯医学研究所の改組があり、臨床研究部門が新設され、私はその部門長となった。この部門のなかに小児感染症分野が新設され、現在その教授選考が進行中である。新たな教授が就任すると熱研小児科教室ができあがり、熱帯医学・国際保健医療を志す小児科医の受け皿ができる。その臨床研修の場は、熱帯医学の良き理解者である長崎大学病院小児科の森内教授がバックアップしてくれる。これで、小児科医でありながら、熱帯医学・国際医療を志す人たちへの門戸も広がる。

研究と大学院教育
熱研内科教室員にとって、大学院進学は全くの自由意思で決めている。現在のところ、大半の教室員が大学院進学を選択している。そして、研究は大学院教育の根幹である。各教室員は、熱研内科の研究領域、あるいは、熱帯医学研究所のすべての教室の研究領域から、自らが極めたい疾患、あるいは研究領域を選び、指導教授と相談しながら、自分が取り組む研究テーマを決めてゆく。

教室の最大公約数は感染症疫学
熱研内科の研究領域は感染症・呼吸器を主とする臨床研究である。特に感染症分野の臨床から提起される研究仮説を証明するための研究デザインや得られた臨床データを適切に処理し、そこから真実を見出すための統計解析方法について学ぶ感染症疫学は、我々の教室の最大公約数であり最も大事な核である。熱研内科の教室員で、英国で熱帯医学や疫学を学んだ教室員も増えたこともあり、我々の教室は長崎大学熱帯医学修士課程において、熱帯病臨床のみならず、英国仕込みの感染症疫学コースも担当できるようになった。各教室員は、これらの基礎を学んだ上で、自分のさらなる研究領域に沿った指導教官とともに、自らの研究を進めてゆくことになる。熱研内科で現在進行中の研究の主な対象は、熱帯地の呼吸器感染症、エイズ、結核、熱帯病だが、原虫教室(マラリア分子疫学1名)、寄生虫教室(バングラディッシュでのフィールド研究1名)、病害動物教室(熱帯感染症の数理モデル1名)、免疫遺伝学教室(HLA研究)等、熱研の他の教室で学ぶ教室員も増えている。

海外臨床疫学フィールドを活用した博士プロジェクト
さて、臨床を熱帯地で経験できることが熱研内科の特徴であるとともに、研究・大学院教育についても、数多くの海外との接点があることが熱研内科の特徴である。過去1年に大学院生が参加した海外での研究領域を簡単に紹介すると(森本准教授をリーダーとする呼吸器免疫研究やその他国内研究については、ホームページ内の研究紹介を参考にして欲しい)、北タイのHIV臨床研究フィールドをベースに長期生存HIV感染者のもつ抗HIV免疫を分子レベルで研究した院生がいる(Mori M et al., PLoS One. 2011; Gesprasert G, Wichukchinda N, Mori M et al., PLoS One. 2010)。彼は現在さらに3本の論文作成に取り組んでいる。また、同フィールドを使って東南アジアにおける抗HIV薬治療の現状を把握し治療普及がもたらす影響についても詳細に調べている(Rojanawiwat A, Tsuchiya N et al., International Health. 2011; アジア太平洋地区エイズ国際会議で土屋研究員が口頭発表)。ベトナム中部の住民ベース疫学フィールドでは、長崎大学小児科の森内教授と共同で大規模なバースコホート(Ota E et al., Bull World Health organ 2011)、小児の呼吸器感染症(Vu HT., et al., Pediatr Infect Dis J. 2010; Suzuki M, et al., Tobacco Control 2010)、デング熱(Tsuzuki A, et al., Am J Trop Med Hyg 2010; Schmidt WP, Suzuki M et al., PLoS Med. 2011)、下痢症に関する臨床・疫学・遺伝免疫等様々な角度からの研究が進行中であり、現在留学生を含む4名の院生が参加している。また、フィリピンサンラザロ感染症病院やハノイバクマイ病院感染症病棟では、レプトスピラ(Amilasan AT, Ujiie M., et al, Emerg Infect Dis revised submitted)など熱帯の熱性疾患を対象とした研究が進行中である。いずれも、大学院生が博士プロジェクトとして深く関与し、多くは現地に長期滞在している。これらの臨床研究に参加することにより、大学院生は、単なる現地の病棟を見学するだけの通り一遍の経験ではなく、実際の臨床データを収集する地道な作業を現地の医療スタッフと共同行い、これらの経験を通じて、様々な熱帯病についてより多角的な理解が広がるとともに、現地の臨床現場を深く知ることになる。将来国際機関で働く際に、これらの経験と実績が役立つことは言うまでもない。


熱研内科最大の海外臨床疫学フィールドであるベトナムのニャチャン
(今年から1年間大学院生の高橋先生がここで暮らすことになる。また、来年にはホーチミン市では宮原先生がロンドン大学のワクチンプロジェクトに参加予定である。)

海外との接点は国内にもある。教室内には、常に外国人留学生やスタッフがおり、また、ロンドン大学のRobin Baily教授、やKim Mulholland教授、Wolf Peter Schmidt博士、それに国際ワクチン研究所のPaul Kilgore教授のように、過去1年に長崎に滞在して教室員の教育に協力してくれた教授も多い。この機会に知り合いとなり、その後も交流を続け指導をうけている教室員もいる。また、大学院在学中も含め、国際学会への参加はもちろん、欧米への長期留学を積極的に勧め支援している。過去1年間だけでも、多くの教室員が欧米に留学している。ロンドン大学衛生熱帯医学校Andy Hall教授(疫学)のもとに1名、同Shabbar Jaffar教授(疫学)のもとに1名、同John Edmonds教授(数理モデル)のもとに1名、コロラド大学Bill Vandivier博士(呼吸器免疫)のもとに1名、オックスフォード大学Philip Goulder教授(HIV免疫)のもとに1名が留学中もしくは留学してきた。また、ロンドン大学Kim Mulholland教授(小児感染症)がベトナム実施予定のワクチントライアルのフィールド研究チームに参加予定者が1名いる。


ロンドン大学衛生熱帯医学校にて数理モデルを学ぶ高橋先生

今年3月ボストンで開催された米国エイズ学会にて、
大学院生の森先生と以前熱研内科に留学していたコンゴ民主共和国出身のアウカ医師
(二人は同時にYoung Investigators Awardを受賞、それを証明する名札を掲げている)

新たに入局した教室員は、以上紹介した教室の活動のなかから、既に多くの経験をもつ教官や先輩、同僚らの意見を参考にして、各人にとって最も適した研修方法を考え実践してくれることを願っている。そして、研究や海外の活動で長期に日本の臨床から離れたとしても、いつでも戻れるよう、熱研内科教室は、同門の先生方と一緒に支援してゆきたいと考えている。

東日本大震災
震災が起きた翌日から、熱研内科の鈴木助教が国境なき医師団の一員としてヘリコプターで現地へ向かい、様々な救助体制が確立する前の1週間、余震が続く中、文字通り命をかけて救助活動に実質的にかかわった。私は、毎日なかなか繋がらない彼の携帯電話を通じて報告を受け、彼の勇気に敬服した。また、神白先生もNGOジャパンハートの一員として後方支援活動を即座に開始した。その目立つことなく黙々と真剣に働く姿にも感動した。教室全体で取り組んだ震災支援活動としては、東北大学押谷教授から要請を受け、石巻地域の保健機能再生支援活動に、鈴木助教に加え、大学院生2名、医員1名を派遣した。そして、福島県では被爆地域に取り残された住民への往診診療活動に石田助教が参加した。これらの教室員を、OBも含め残った教室員全体で支えてきた。さらに私のタイ人秘書を通じて、北タイのある小学校で集められた義援金が私に託された。目立たないながらも、ひとりひとりが純粋な思いで動いていた。願うことは、東日本大震災で被災され、今も苦しんでおられる方々に少しでも早く平穏な生活が戻ることだけである・・・


平成23年9月28日ランパンにて
熱研内科教授 有吉紅也

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