教授挨拶2010年

熱研内科教授赴任5年間を振り返り・・・

5年前の春、熱研内科教授に就任して直後にホームページ載せた挨拶を読み返してみた。そのなかで「これまで築き上げられてきた内科臨床教室としての伝統と私が持つ海外ネットワークを組み合わせて,日本でも海外でも活躍できる国際感覚豊かな医師を育成したいと考え,この大役を引き受けさせていただくことを決心しました.」と初心を述べていた。その後5年間、まさに、この目標に向かってひたすら走り続けてきた。今回は、私が教授に就任してからの熱研内科の5年間を振り返ってみたい。

今年は熱研内科へ5名の入局者があり、私が赴任して以来、実に27名の医師が新たに熱研内科に所属したことになる。今年は、国立国際医療研究センター国際疾病センターの勤務医となったもの、北海道大学医学部の助教となるものなど個人の目標に到達して離れた3名が卒業となった。家庭の事情により志半ばで退局したものが1名いるので23名が残っている。さらに私の赴任前から入局して現在も現役の医局員16名と、これら臨床医のほかに臨床に関わらない研究者、実験助手、事務、留学生11名を加えると50名が今の熱研内科教室員である。2006年の挨拶で、私は「教室はひとをつくる場であり、またその教室は人がつくるものです」と述べたが、全くそのとおりだと思う。教室の雰囲気も活動も集まっている人に反映し、これまでの教室員と新たに集まった人たちとの共同体として教室が発展してきているのを実感する。この5年間の特徴として大きく変わったのは、熱帯医学や国際医療協力を第一の目的とする長崎県外出身の入局者が増えたことだ。出身者をまとめてみたところ、北は北海道、南は沖縄まで、文字通り全国区から人が集まってきている(下図)。


そして、これらの入局者のなかには、NGO(MSF, ジャパンハート)や政府系機関で長年途上国にて活動してきたものや、国際結婚しているもの、海外で育ったもののように国際経験豊かな教室員がいる。さらにアジア・アフリカからの留学生(この5年間に中国、タイ、ベトナム、フィリピン、コンゴ民主共和国からの留学生が在籍した)や特任准教授のDr. Lay Mynt Yoshida(ミャンマー出身、3年前に帰化)、日本学術振興会特別研究員のWolf-Peter Schmit(ロンドン大学で教鞭をとっていた新進気鋭のInfectious Disease Epidemiologist下写真)のように、いつも外国人が教室内におり英語が飛び交うようになった。今年入局した新入医局員が、「みんな当たり前のように英語を流暢に話しているのが不思議だ」と感想を述べていたが、この5年の間に、まさに教室の全国区化と国際化が急速に進んだ。

             

Dr. Wolf-Peter Schmitによる感染症疫学講義(今年のIDATENとの合同セミナーにて)。
ロンドン大学で感染症疫学コンサルタントとして仕事をしてきたWolfの疫学的センスは抜群で、彼が教室に加わってから教室がこれまでかかわってきた様々な臨床疫学研究に対して、非常に良い学問的な影響を与えてくれた。向かって右側はロンドン大学熱帯病病院コンサルタントのDr. Tom Doherty。今回で来日3回目、英語が苦手な若手医局員に対してもとても親密に付き合ってくれる。

また、熱帯医学や国際医療協力を目指しているものについては、これまでの短期海外臨床研修を発展させ、昨年度から数カ月の長期派遣を、しかも後期研修医を含む入局1年目から実施した。熱帯感染症症例ではおそらく世界でも最も患者数が多いフィリピンサンラザロ病院での臨床研修(2か月x1名、3カ月x1名)、また、ロンドン大学Robin Baily教授の指導のもと西アフリカのトラコーマフィールド研究への参加(3カ月x1名)、ベトナム地方病院での成人肺炎臨床研究への従事(3カ月x1名)、長崎大学ケニア拠点およびオックスフォード大学ケニア拠点訪問(1カ月x1名)を実現させた(各教室員の手記を参考にして欲しい)。また、ジョンホプキンズ大学、ロンドン大学、リバプール大学、マヒドン大学といった欧米留学を経験した、あるいは留学中の教室員も5年間に8人いる。うち2名は世界銀行からの奨学金獲得に成功している。

             

助教の佐藤先生(左から2番目)とロンドン大学衛生熱帯医学大学院と長崎大学熱研を結ぶテレビ会議システムの設置にロンドンを訪れた際、ロンドン留学中の島川先生(左端)と西村生さん(左から2番目)と会食したときの写真。
島川先生の修士プロジェクト指導教官は偶然にも私の旧知のAndy Hall教授になり、ロンドンで約10年ぶりに再会を果たした
             

リバプール熱帯医学校修士課程留学中の斎藤先生とリバプール駅にて撮った写真。リバプールでは、斎藤先生の論文指導教官と調整し、彼の修士プロジェクトをタイ国立衛生研究所で行う研究計画をたてた。斎藤先生はその後バンコクで結核の研究に従事した。

初年度の挨拶のなかでは、さらに「・・・病に苦しむ患者さんを臨床医として,あるいは研究者として救いたいという気持ちは,海外でも国内でも同じであり,私は,今後も国内での呼吸器・感染症内科としての活動を維持・発展させる努力を惜しみません.」とも述べた。そして、一昨年の挨拶のなかでは、世界でも珍しい抗GM-CSF抗体陰性の難治性の特発性肺胞タンパク症症例を、長崎大学初の全肺生体移植症例として外科チームへ受け渡すまでの準備に奔走したことを紹介した。昨年は、さらに、この世界でも極めて珍しいこの疾患の病態を、新潟大学中田教授らとの共同研究を通じて分子レベルで解明するまでに至った(英国専門誌に投稿し現在校正中)。この研究により、肺に問題があると思われていたこの難病が骨髄細胞の機能異常に原因があることが判明し、今後の新たな治療戦略を示唆するものとなった。これは私がこれまで生涯関わってきた研究のなかでも最も重要な発見のひとつであり、自分がこの患者さんの診療研究チームの一員であったことを誇りに思っている。この他にも、これまで報告されていない家族性肺線維症の病原遺伝子多型を医学部(原研)との共同で発見した(現在投稿準備中)。その他にも熱研内科病棟に入院している難病患者の病態解明に向けて研究が進行中である。熱研内科は、たった17床の小さな病棟ではあるが、科学的な視点を持ってよく診察すると、この病棟からだけでも、新たに発見できることは多々あるものだとつくづく思う。 また、長崎大学病院感染症内科としての熱研内科は、年間200~300のコンサルト症例を受け、日々、グラム染色をしながら、地道に毎日病棟回診している。殆どすべての診療科から依頼を受けている。特に古本助教をリーダーとする熱研内科の感染症診療は、長崎大学病院内の他科の先生方のみならず、熱研内科感染症カンファに参加された学外の非常勤講師からも、我々の感染症臨床能力に高い評価を得ており、この5年間で随分症例数も増えた。



古本先生とグラム染色検体を観察する感染症診療チーム

このような熱研内科の国内診療・研究が評価されたのだと思うが、海外で活動することが入局した第一の目的ではなく、純粋に熱研内科が国内で実践している感染症診療・研究、呼吸器内科診療のレベルの高さや面白さに魅かれて集まってきた医師たちが増えてきているのが嬉しい。新入局者全体の約3割を占めている。

さらに、今年から新たに始まったこととして、へき地・離島医療への貢献がある。これは、今年の春、離島・へき地医療講座の前田教授からの五島列島のある中核病院内科病棟への派遣要請を受けて、医局員に希望者を募ったところ沖縄で離島医療に長年携わった医師を中心に、多くの若手医師が手を挙げ実現したものだ。それぞれの医局員は、一方で大学での研究・研修を継続する必要があるため、まずは3カ月ごとのローテートで派遣することになった。実は、私自身がへき地や離島医療へ憧れていただけに、このようなかたちで教室としてかかわれるようになったことを非常に喜んでいる。医療資源の少ないところで如何に良い医療を提供するかは、熱帯地では常に直面している問題である。その意味で、へき地や離島の状況は似ていると思う。熱研内科教室としてかかわるこの活動も、将来的には現場の医療向上につながるような研究へと発展させることができればと思っている。

             

長崎港から高速船で90分の離島に派遣された教室員から送られてきた写真。医局人事はこの5年間でほぼ完全に本人の希望を優先するようになった。したがって離島・へき地への派遣は、希望する医師がいなければ実現できない。私は、途上国で働きたいと希望する医師のなかには、国内では離島・へき地勤務を希望するものが多いのではないかと思っている。離島・へき地医療と熱帯医学が、今後も繋がり共に発展してゆくことを期待している。

再び、初年度の挨拶に戻るが、そこで私は、熱研内科が負うべき使命とは、上記のような人材育成に加えて、「公益性の高い医学研究を通じてグローバルな医学・医療問題解決に貢献すること」と述べている。この5年間、特に最初の3年間は、教室の体制作り、研究の土台作りで精いっぱいだった気がする。しかし、5年目前後になり、研究面においても、ようやく成果が出てきた。特に、4年前より新たに開始し多大な労力を注いで立ち上げてきたベトナム中部の臨床疫学フィールドからは、多くの成果があがりつつある。成人の喫煙と小児重症呼吸器感染症との相関を示した論文(Suzuki M, Thorax, 2010)や当教室で開発した19種類の呼吸器病原体を包括的に検出できるMultiplex PCR(現在特許申請中)を現地に活用して熱帯地の小児重症呼吸器感染症における呼吸器感染症病原体の頻度と年齢別罹患率(Incidence)を明らかにした論文(Lay Myint Yoshida, Pediatr Infect Dis J, 2010)や、小児咽頭粘膜の肺炎球菌量の臨床的意義と呼吸器ウイルス感染が菌量の増量につながることを示した論文(Vu Thi Thu Huong, Pediatr Infect Dis J, in press)。さらには、日中の蚊帳使用のデング熱予防に対する影響について論じた論文も発表した(Tsuzuki A, Am J Trop Med Hyg, 2010)。またGIS地理的情報を加えた空間的解析によりデング熱の疫学に新たな光明をもたらす発見があり、現在解析を担当したWolfらと一緒に、わくわくしながら論文を書いている。

             

昨年Nha Trangのカンホア病院感染症病棟を回診した時の風景。新型インフルエンザ流行初期のころで南国であったがガウンを着用しながらの回診だった。

タイのHIV・エイズ研究では、北タイランパン病院において1000人を超える規模のHIV感染者コホート研究を、熱研内科で学位をとり現在ポスドクとして活躍している医師が現地に長期滞在しながら運営・維持し、臨床疫学的側面において片方がHIV感染していない夫婦や抗HIV薬治療失敗と相関する因子に関する研究を論文発表してきた(Rojanawiwat A., Jpn J infect Dis 2009, Tsuchiya N, Southeast Asian J Trop med Public Health 2009)。さらにこのコホートを柱とした国際共同研究を促進させ、HIV・エイズに関する多角的側面からの成果があがっている。これまでに最も成果があがっているのは遺伝子多型研究分野で、大阪大学(塩田教授ら)、東京医科歯科大学(木村教授ら)、東大医科研(岩本教授ら)との共同により、HIVに暴露されたが感染していない配偶者におけるDC-SIGNR, CCR2, CCR5遺伝子多型との相関を(Wichukchinda N. Aids Res Hum Retrovir 2007, Wichukchinda N. J Acquir Immune Defic Syndr 2008)、また長期生存HIV感染者とTIM1遺伝子多型との相関を示した(Wichukchinda N. AIDS 2010)。また、HLA遺伝子多型のGagタンパクへの影響を解明し、臨床経過との相関を示した研究をマヒドン大学との共同で発表した (Gesprasert G. PLos One 2010)。さらに薬物耐性研究分野では、名古屋医療センター(杉浦博士)との共同で、CRF01_AEサブタイプに特異的な薬剤耐性変異を論文発表した(Saeng-Aroon S. Antiviral Res 2010)。 今年は、北タイのコホート研究を開始してから10年目にあたり、秋には長崎で10周年記念シンポジウムを計画している。

さらに今年は、タイ国内のモン族難民キャンプ内に設置された国境なき医師団(MSF)診療所で経験した水痘アウトブレークを国境なき医師団(MSF)との共同でまとめ論文発表した(Shimakawa Y., Conflict and Health 2010)。これまで難民救済医療のなかではあまり注目されていなかった水痘の重要性を示唆するもので意義ある報告である。また、同キャンプ内で生じた不明熱患者の原因病原体をタイ国立衛生研究所と北大(有川教授ら)で調べてゆくなかで新たなウイルスによる疾患を示唆するデータが得られ、論文として投稿された。こういったMSF診療所の医師に対する学術的支援がパリの本部にあるMSFの学術部門であるEpicenterの目に留まったのだろうか、今年はMSF EpicenterのトップであるDr. E. Baronと疫学エキスパートDr. R. Graisが長崎熱研を訪問し、今後の関係強化について話し合われた。

             

国境なき医師団MSFパリ本部の疫学研究部門部長のDr. E Baron(後列右端)と疫学専門家Dr. R Grais(前列左端)が今年4月に長崎熱研を訪問しセミナーを開催した。7月にはテレビ会議システムでパリと長崎をつなぎDr. Graisによる「難民医療」に関する非常に明快かつ実践的授業を行った。彼らの話を聞いていて、緊急人道援助活動においてもサイエンスが不可欠であることを確信するとともにDr. Graisとは共通の知人が複数いることが判明し、同じ志を持ってサイエンスに取り組んでいることを感じた。今後もEpicenterとの協力関係を強化し、難民医療へ貢献できるような共同研究を探ってゆきたいと思う。後列中央と前列中央は、MSF Japanの黒崎先生とDr. A Dahmane, 前列右端は熱研平山所長

これまで、多くの仲間が熱研内科教室に集まり、研究、臨床、教育・研修面でこれだけの成果が得られた背景には、熱研内科の同門会同門会をはじめ国内・海外の多くの先生方のお力添えがあったからである。このように、熱研内科を支援してくださっている先生方もこの5年間に随分増えた。教室の外から、どれだけの先生方からご支援をいただいたのかを地図上に記してみたところ、下図のようになった。私は初年度の挨拶のなかで、私のもつ人のネットワークを活用することを目標に挙げたが、過去5年間のネットワークの半分以上は、私が長崎へ赴任してから新たにできたネットワークである。熱研内科を温かく支援してくださる国内外の先生に心から感謝している。



以上、この5年間の熱研内科の活動を振り返ってみると、期待していた以上の成果が上がってきているようにも見える。しかし、グローバルな医学・医療に本当に貢献したと実感できるような研究成果は、まだまだ足りない。また、多くの人材を海外へ派遣し経験を積む環境を整えつつあるが、ここから真に国内外の医療に貢献できる人材が輩出されたとはまだ言えない。また、教室として日本国内の地域医療・へき地医療への貢献度もまだまだこれからである。この5年間は、やはり新生熱研内科教室の創生期であったと認識にしている。そして、次の5年こそは、熱研内科教室として、人材育成の、診療活動の、研究活動の、それぞれの分野で飛躍的な成果を挙げ真の成長期としたい。また、長崎大学内でも既に始まった様々な連携、小児科との連携(小児科所属の大学院生がベトナムプロジェクトに従事)、離島・へき地医療との連携(人材派遣)、さらに救急救命センターとの連携(診療連携)を今後もさらに発展させたい。そして、ひとつの臨床教室という枠を超えた活動にもチャレンジしたいと思っている。

教室はひとが作るものであり、人が居るから活動ができる。いかに資金があってもひとがいなければ何も始まらず、逆に資金がなくても、人がいて良い活動があれば、協力者を得て資金を獲得することも可能となる。この5年間に、長崎大学は、志のあるものに夢を実現させるチャンスを与えてくれる場であることも学んだ。この如何様にも変化し多様性を受け入れる可能性のある大学という環境をうまく活用すれば、熱研内科教室のもつポテンシャルはさらに高まるだろう。志をもったひとが集まれば集まるほど、そのポテンシャルは高くなることを確信している。そのためにも、我々と一緒に新しい教室つくりに汗を流してくれるもっと多くの仲間が長崎に集まってくることを心から待っている。

2010年7月6日
有吉紅也



ベトナムハノイにあるバクマイ病院感染症病棟にて撮影。100症ほどの病棟であるが、ひとつのベットに複数の成人患者(4~5名)が横たわっている状況には正直驚いた。この中に年間約300症例の不明熱患者がいる。ここに臨床医を長期派遣し、新たな診断方法を導入して、不明熱患者の病原体を解明する研究を計画している。

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