教授挨拶2009年

熱研内科の原点

近所のご婦人が教えてくれた熱研内科

熱研内科に赴任して間もないある小春日和の日曜日のことだ。近所のご婦人が、熱研内科について私に語ってくれた時のことを今でも忘れることができない。引越しを済ませたばかりでたまった段ボールをたくさん抱えてうろうろとしていたとき、資源ゴミの整理をしていたあるご婦人に、「どこから引っ越して来たの?」「どこにお勤め?」と問いかけられた。私が、「長崎大学の熱帯医学研究所に勤めることになりました」と簡潔に答えると、そのご婦人は、嬉しそうに「ああ、熱研ね。あそこには、熱研内科というのがあってねえ。私利私欲やお金儲けが目的じゃない、病人を一生懸命診てくれるお医者さんがいっぱいいるのよ。だって、貧しい国のかわいそうな人たちの病気も治しに行きたいというお医者さんもいるようなところだからねえ。私も病気になったときに熱研内科に入院して、本当によく診てもらってすっかり良くなったよ。」と教えてくれた。 それから4年間、私は教授回診や重症カンファレンスを通じて熱研内科の診療を間近で見てきた。どこまでも患者や病気の本質を見つめ、幾人もの瀕死の病人を奇跡のように蘇らせてきた熱研内科病棟の診療を、私はときに胸が震えるほどの感動を持って目撃してきた。そして、あの日、あのご婦人が心から感謝していた熱研内科の臨床が一体何であったのかがわかってきた。このような心から尊敬できる臨床を実践してきた教室を引き継ぐことになったことを非常に幸運だと思っている。



熱研内科大学スタッフ 新たな研修医とともに
(2009年7月 熱研内科病棟医局にて)

Early Exposure

今年2009年4月には5名の新たな教室員が熱研内科へ加わり、私の就任以来4年と3ヶ月で、新たに熱研内科の教室員となった医師は20名となった。私が赴任する前の教室員も含め、熱研内科には国際医療・国際保健という志を抱いて長崎へやってきた多くの若手医師たちがいる。このような仲間に囲まれていることに大きな喜びを感じているとともに、熱研内科教授として彼ら個々人の目標が達成させるよう、これからも様々な方面から支援してゆきたいと思っている。それらは、研修医期間中の短期間海外臨床研修、熱帯医学修士(使用言語は英語)熱帯病症例検討への積極参加、熱帯地の臨床研究プロジェクトへの参加、ロンドン大学教授など日本国内外の先駆者への紹介などである。私は、これらに加え、さらに熱帯地の医療現場への本格的な“Early Exposure”が必要ではないかと考え、今年5月からフィリピンサンラザロ感染症病院にて、これまでのような単なる見学ではなく、現地へ1ヶ月以上長期に滞在して実際に患者診療が出来るような研修の準備を始めた。思い返してみると自分も卒後4年目の29歳のときにジンバブエ大学医学部の教育病院であるハラレ中央病院やゴクエ群病院で現地の研修医に混ざって医療行為を行っていた。たった3ヶ月の短い期間だったが、そのとき医師として現場に立った経験がなければ今の自分は居なかったと思う。今年9月から第一回目の派遣が始まる。後期研修医の期間中に長期で海外臨床研修を実現するためには、病棟の上級医たちの全面的な理解に加え大学病院側の理解が必須である。しかし、今年中に是非ともこのプログラムを成功させたいと思っている。



宮城医局長、Shane Marte医師とともに
(09年5月 サンラザロ病院にて)
新たな助っ人

4年を過ぎて、熱帯医学やサイエンス、臨床医学を我々と一緒に教えてくれる人材も充実してきた。これまでの熱研内科教官スタッフに加え、3年目4年目の大学院生やタイで臨床疫学を引っ張ってくれるポスドク、さらにはロンドン大学で熱帯医学を学んだ後日本の国際医療協力NGOを10年以上運営してきたベテラン医師の佐藤光先生が熱帯医学教育室の助教として新たに加わった。今年の秋には、ロンドン大学から鈴木基先生が長崎へ帰ってくる。Master of Public Health in Developing Countriesという公衆衛生を発展途上国の側面から学ぶコースで、恐らくこのコースで学んだ始めての日本人医師ではないかと思う。また、同じロンドン大学でInfectious Disease Epidemiologyで博士号を修了したWolf-Peter Schmitも、今年の秋からは日本学術振興会特別研究員として我々の教室メンバーとなるべく準備を進めている。私の友人であるロンドン大学熱帯病病院のRobin Bailey教授が定期的に長崎に滞在し臨床熱帯医学を直接教えてくれるのも心強い。また、ベトナムで進行中の小児肺炎プロジェクトが昨年の国際学会で注目を浴びたことがきっかけとなり、発展途上国の小児肺炎では世界的権威であるロンドン大学のKim Mulholland教授との共同研究が始まった。実は、Kimは私がガンビア時代の旧友でもあり、彼とベトナムで12年ぶりに再会したときには、とても喜ばしく、また不思議な縁を感じた。このこともあり、Kimは上述の鈴木先生の指導教官になってくれた。



研修医へ熱帯病を教えるBailey教授
(2009年7月 熱研内科病棟医局にて)

熱研内科のキャリアパス?

これまで国際医療・国際保健をこころざし熱研内科へ新たに集まってきた多くの医師たち、みんな多様なバックグランドと個性を持っている。彼らの目標は非常に多様に見えて、少しずつではあるが、似通ったキャリアー形成を目指すいくつかのグループができつつあるのを感じている。なるべく早く国際機関で活躍したいものに対しては、まず英語が自由に使えることが絶対条件であり、特に英語力の不足しているものに対しては、なるべく早く留学することを勧めてきた(後期研修中にフィリピン臨床研修→1年間外勤で留学資金をため英国留学;国境なき医師団→長崎大学博士課程→英国留学;留学する英語力が足りないものに対しては、長崎大学熱帯医学修士課程で熱帯医学と英語を鍛えることを勧めている)。いずれにせよ、国際機関で求められる人材になるには、国際的に通用する専門分野と実績を持たなければ、話にならないので、成功したケースを紹介できるまでには、年数がかかる。 その一方で、海外での活動や熱帯医学の勉強には2-3割に抑え日本国内での専門医を同時進行で取得したいものに対しては、長崎県内の研修指定病院で内科認定医・内科専門医・感染症専門医に向けての研修を長崎県内の研修指定病院で積みながら、年に数ヶ月程度海外等で熱帯医学に関われるシステムを準備した。 とにかく熱帯感染症の臨床経験を積みたいものには、前述のシステムを使ってケニアの群病院での臨床研修を実現させ、その後、今年から東京の国立国際医療センター国際疾病センターへ派遣し、日本での熱帯病診療経験を積みさらにフィリピンサンラザロ感染症病院で臨床研修を続ける道筋をつけている。 また、若手医師の多くはサイエンスと専門性を身につけるために熱帯感染症の研究を開始している、あるいは開始しようと計画している(呼吸器内科専門医→国境なき医師団→ベトナムにて小児肺炎研究に従事→英国留学;リバプール大学熱帯医学修士→ベトナムにて小児肺炎研究に従事;呼吸器内科研修→ベトナム小児肺炎プロジェクトに特に公衆衛生学的側面から参加することを計画中;熱帯医学修士→臨床熱帯医学博士課程に在籍しHIVの分子免疫研究に従事;臨床熱帯医学博士課程→熱研内科ポスドクとしてタイのHIV臨床疫学研究に従事;後期研修→臨床熱帯医学博士課程で結核分子免疫研究に従事;熱帯医学修士→マラリア教室のポスドクとしてケニアのプロジェクトに参加、マラリアの分子疫学研究に従事;後期臨床研修→社会人大学院+マラリア教室で博士課程在籍中;初期研修→出血熱ウイルスの研究に従事することを計画中;後期臨床→アフリカの英国研究プロジェクトへの参加を計画中;専門医取得後に自分の専門分野を活かしてアフリカの英国研究プロジェクト参加を計画中)などなどである。一方で、自分がどんな専門分野を持ちたいのか定まっていないものには、熱帯医学修士課程でまず全体像を把握することを勧めている。さらに5年も過ぎれば、国際医療・国際保健へ向けて大小の道ができるのだろう。

熱研内科の基本

私が赴任してから、海外で活動する医師が増えた。しかし、私は海外へ出かける医師を増やすことだけでは、決して満足していない。なぜなら、熱研内科教室としての基本は、あくまで日本国内において患者さまや同僚医師たちから高く評価される臨床医が集まる教室でなければならないと考えているからだ。まさに4年前にあのご婦人が私に説明してくれた熱研内科のように、あくまでも真摯に、自分の目の前の患者さまと向き合い、最良の医療を追求するのが私の理想とする熱研内科の原点である。それが基礎としてあったうえでの熱帯医学でなければならない。しかし、海外での活動をさらに活発にしながら、日本国内の医療の質を高く維持することはそう容易くはない。私は、私が赴任するまでに熱研内科が高めてきた医療の質をそのまま維持し、あるいはそれ以上に高めてゆくのが私のチャレンジである。そして、そのような医療ができる臨床医が国境を越えたときに、熱帯地でさらに活躍できるのだと考えている。

2009年7月6日
有吉紅也



左からLay助教、有吉、国際ワクチン研究所Kilgore博士、
ロンドン大学Mulholland教授、ベトナム国立衛生疫学研究所Duc Anh副所長;
今年このチームで「ベトナムのフィールドにおけるHibワクチン効果判定」をテーマに
Gate Foundationからの研究費獲得に成功した
(ホーチミン市パスツール研究所にて 2009年2月)

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