教授挨拶2008年

「この1年間を振り返って」

2008年度が始まり、気が付けば、もう3ヶ月以上も経った。熱研内科の教授に就任してから、これで4年目を迎える。昨年、この手記を書いてから、1年間があっという間に過ぎたが、この1年間の教室での出来事、考えたことを、思いのままに綴ってみた。(このホームページも、随時更新すべきであるが、どうしても、後回しになったことを深く反省している。ホームページを刷新すべく、現在、急ピッチで作業を進めている)

はじめに・・・

昨年12月に、タイ中部の山間部にある難民キャンプで働く友人を訪ね診療に参加させていただいた。人間の基本的人権は、まず、誰かにカウントされることから始まる。しかし、国籍を持たない人々は、生まれても、死んでも、どこの政府にもカウントされず、たとえ助けを求めても何の権利も持たない。そんな人々が存在することを、そして、そこには我々外国人も直接医療に関われる役割があることを、思い起こさせてくれた。 私たちが訪れたその日、結核で亡くなった30歳の女性の死に遭遇した。弔問にやってきた多くのひとが、ひとりひとり遺体を撫でながら、悲しい歌に合流していた。アフリカで幾度と無く同じ様な光景に出会った。医療行為自体は、それぞれの世界で大きく異なるが、病による苦しみと、患者を亡くした家族の悲しみは、世界中どこへ行っても同じだ。私は、この訪問で、20年前に熱帯医学を志した自分の原点に戻った気がした。



タイの難民キャンプに働く友人と

野口英世アフリカ賞・・・

昨年の教授挨拶で紹介したロンドン大学のBrian Greenwood教授が、アフリカの保健医療の向上に最も貢献した医師・研究者として、第1回野口英世アフリカ賞の受賞者に選ばれた。5月28日に、私は、Brianの唯一の日本人同僚として、アフリカ開発会議期間中に開かれた授賞式に招待され、天皇皇后両陛下の前で、福田首相から受賞する場にいることが出来たことを誇りに思う。西アフリカで私がBrianと共に働いた4年間、木曜クリニックをほとんど一回も休まず患者診察にあたっていたBrianの姿を思い出した。30年間もの間、常にアフリカの現地で医学研究を続けてきた彼の原点も、これらの医療現場にある。翌日の記念講演で、司会の道伝愛子さんから、「それほど長くアフリカで医療活動を続けてこられた理由は何か」と問われ、Brianは、「医学研究によって、現地の疾病が根本から改善されるのを見て実感し、その感動を忘れることができなかったからだ」と語った。Brianには、臨床だけでなく、サイエンスという武器があった。このような偉大な先駆者の存在を、日本の若い医師たちにも知って欲しいと思う。Brianとともに、日本人医師を西アフリカにある英国MRCガンビア研究所で研修する機会をつくることができればと思う。



野口英世アフリカ賞授賞式にて、Brian Greenwood教授とともに

国際研究・・・

中部ベトナムにあるカンホア県で、7万6千世帯を対象に実施した小児重症呼吸器感染症に関する臨床疫学研究の成果がまとまり、このプロジェクトの成果をまとめた2つの演題が、今年6月にアイスランドで開催された国際肺炎球菌病学会初日の口頭演題として採択された。 特に、ベトナムカンホア県へ2年近く滞在し、同県の中核病院小児科病棟を毎日回診し、その病棟に入院した重症呼吸器感染症、約1000症例すべてを把握した鈴木助教の活躍は、会場に世界中から集まった約1000名の参加者の注目を浴びる結果となった。呼吸器疾患は、発展途上国の医療現場において、マラリア・エイズ・結核に次いで重要な臨床領域のひとつであることは間違いない。しかし、肺炎ひとつとっても、正確な診断ができていないのが現状である。鈴木先生は、今年9月からロンドン大学衛生熱帯医学大学院の熱帯公衆衛生学分野へ留学し、この研究をさらに深める予定である。ベトナムで最初に臨床疫学研究を立ち上げた松林先生は、現在世界銀行の奨学金を得てJohn Hopkins大学博士課程に留学中である。さらに、熱研内科のLay Myint助教は、19種類の呼吸器感染症病原体を同時に検出できるMultiplex PCRを開発し、この技術をベトナムのフィールドへ応用することに成功した。これらの発表を契機に、ロンドン大学、米国CDCなど、複数の著明な研究グループからの共同研究への打診があり、これまでの研究パートナーである国際ワクチン研究所に加え新たな国際共同研究へと発展する可能性が広がった。国内でも、上記Multiplex PCRを成人肺炎の起炎病原体診断や日本の小児重症呼吸器感染症へ応用する研究が進行中である。また、肺炎の重症化因子のひとつである炎症終息に関する分子免疫学的研究を米国コロラド大学の研究グループと進めている。



ベトナムで活躍する鈴木先生

タイでは、HIVに感染したが、長期にわたり良好な免疫状態が維持されている長期生存HIV感染者の細胞性免疫に関する研究が進行している。目的は、彼らのもつ細胞障害性T細胞(CTL)が、HIVウイルスのどの部位を認識しているのか、そのエピトープを分子レベルで解明しようとするものである。大学院生の森先生は、カナダのBanffで開催された米国HIVワクチン学会で、CTLによるウイルスへの免疫圧と臨床経過との関連について発表し、注目を浴びた。この研究の後方支援として、長崎では、コンピュータソフト(MOE)を駆使して、エピトープのFine mapping解析を進めている。現在、森先生は、さらなるCTLエピトープを探るべく、タイへ長期滞在し、タイ国立衛生研究所の研究室にこもり、患者由来のリンパ細胞を使ってこの研究を推進している。一方で、タイ語ができるフィールド疫学者の土屋先生は、HIV感染者のコホート追跡をすべく、タイへの出張を繰り返している。



タイ国立衛生研究所のラボで実験する森先生

熱研の他の教室で研究を続ける熱研内科の教室員もいる。これまでにも、熱研の免疫遺伝学分野で博士課程に在籍しているものがいる。また、昨年度には、2名の教室員が熱研の原虫教室で研究を開始した。うちひとりは、薬剤耐性マラリア臨床研究プロジェクトに参加するため近々ケニアにある長崎大学疫学フィールドへ長期滞在する。

海外臨床・・・

昨年度は、熱研内科へ入局したすべての後期臨床研修医を含む延べ8名の教室員が熱帯地での臨床現場を経験した。派遣先は、フィリピンマニアにあるサンラザロ感染症病院に4名、北タイ、ランパン病院エイズ外来研修に2名、ラオス巡回診療に1名である。また、昨年度より熱研内科関連病院の協力により開始した海外派遣用内科ポスト(6ヶ月の国内臨床業務+6ヶ月の海外活動)を使ってケニアナイロビ近郊の郡病院で臨床経験をしたものが1名いる。今年、長崎大学は、21世紀COEに続いて、グローバルCOEを獲得した。これを機に、今後も、さらに教室員の海外臨床研修を充実させるつもりである。6月には、フランス国境無き医師団日本支部代表や京都にあるNGO日本国際民間協会(NICCO)の代表が、熱研内科を訪問、医師派遣に関する今後の協力体制を構築することで合意した。教室としては、若手医師の海外臨床経験をさらに増やし、海外医療協力に直接携わる機会をつくるためにも、これらのNGOとの連携を是非発展させてゆきたいと思っている。7月には、マラウイのNICCOマラリア対策プロジェクトへ協力するために2名派遣する予定である。



サンラザロ病院にてレプトスピラ患者を前にミニレクチャーを受ける齋藤医師

国内臨床・・・

国内における臨床は、准教授1名、講師1名、助教3名を中心に呼吸器・感染症診療を継続している。昨年度は、大学病院内での感染症コンサルタント症例が年間200症例を超え、大学病院内での感染症科としての高い評価を得ている。この場で、今年新たに教室員となった2名を含む若手医師4名が、感染症診療の基礎を学んでいる。さらに、非常勤講師として、沖縄県立中部病院内科部長の遠藤和郎先生、亀田総合病院から神戸大学医学部感染症内科教授に就任された岩田健太郎先生、都立墨東病院感染症科部長の大西健児先生をお招きして、研修医を対象に講義をしていただいた。また、これらの先生方を含め、日本国内の多くの先生方の協力により、上記研修病院以外にも、東京の河北総合病院、高知市の近森病院、佐賀大学医学部感染症内科など、長崎県外の有数の研修指定病院で、熱研内科の若手医師たちが臨床研修させていただく機会ができた。感染症内科以外の臨床領域でも、長崎大学へき地医療再生機構の調教授や離島医療研究所長の前田教授の協力を得て、長崎のへき地にある地域中核病院(平戸市民病院)での臨床研修や離島医療セミナーへ参加させ、熱帯地での臨床と同様、国内の地域医療に役立つ臨床ジェネラリストの養成を行っている。さらに、日本医大で高度救急救命医療を研修している若手教室員もいる。また、呼吸器病理を学ぶため、近畿中央病院へ国内留学するものもいる。熱研内科の研修は、内科専門医、感染症専門医、呼吸器専門医、救急救命専門医へと多岐の専門領域へ広がり、また、研修病院は、従来の熱研内科の研修病院に加え、文字通り、日本全国(一部国外)へ広がってきた。 7月12日には、はじめてIDATENと共催し、熱帯感染症をテーマにした教育セミナーを、ロンドン大学熱帯病病院のTom Doherty講師を招き福岡で開催する。



大学病院における熱研内科スタッフおよび研修医 本年4月

熱研内科の伝統は、目の前のひとりひとりの患者さんを、どこまでも深く、真摯に診るところにある。どんな病気に対してもベストを尽くす、その姿勢は海外でも国内でも同じである。熱研内科で抗GM-CSF抗体陰性の難治性の特発性肺胞タンパク症症例を3年前から診療していたが、世界でも極めて珍しいこの症例を、我々は、いち早く診断し、2年前から、長崎大学初の全肺生体移植症例として外科チームへ受け渡すまでの準備に奔走した。手術は本学外科チームによって見事成功し、この患者さんは6月に全快退院となった。重度の呼吸不全から生還し、元気になった患者さんの姿を見たとき、2年前に熱研内科のスタッフ一同が、この日を待ち望んだことを思い出し心から感動した。発展途上国で働く医師は、このように日本国内でも一流の医師であって欲しい。

おわりに・・・

私は、今年度から熱研の熱帯医学教育室室長に就任し、引き続き熱帯医学研究所の熱帯医学研修過程とMaster of Tropical Medicine (MTM)の運営の中心的役割を担うことになった。 幸い、どちらのコースも、認知度が上がり、日本人医師の競争率が高くなってきた。昨年は医師の競争率は2倍近くあった。小児科、循環器、精神科、外科等々、様々な専門性を持つ研修生と知り合うこと、コースを終了し海外へ散らばった研修生から時々便りが届くのは嬉しい。
熱研内科は、日本で唯一、熱帯医学をミッションとする臨床教室だ。そして、熱帯地における臨床的問題は、内科と感染症にとどまらない。その意味において、我々の教室は、今年の熱帯医学研究所の改組により「感染症予防治療分野」から「臨床医学分野」へと名前を変更した。今年の9月からは、リバプール大学熱帯医学修士課程を経た日本人小児科医が教室員として加わる。いずれ、熱研小児科も派生してくることを期待しているところである。
昨年12月の難民キャンプでの経験は、自分の原点を思い返してくれた。熱帯医学を目指す若手医師たちは、まずは、熱帯地の現場で患者を診て、現場を知るべきだと考えるようになった。その意味でも、フィリピンやタイでの臨床研修に加え、実際に現地で診療活動ができるMSF Japanとの協力関係が構築されることは大きい。そして、これまで私が述べてきた研究を通じた国際貢献だけでなく、熱研が有する様々な知識と技術を途上国の臨床現場へ還元するような、直接的な国際協力に携わるグループも生まれて欲しいと思っている。
今後、この教室をつくり上げるのは、ここに集まるひとたちだ。私は、この教室のリーダとして、志を共有できる人たちが、日本全国から集まって、励まし、刺激しあう場になればと思う。そして、これからも、もっと、私たちと一緒にこの教室を作り上げる、様々なバックグランドを持った仲間が増えてくることを願っている。最後に、そのような教室を、熱研内科の諸先輩方、また、長崎や日本全国の協力病院、さらには世界の卓越した実績をもつ多くの先生方が、惜しみなく協力してくださることを、心から感謝している。

2008年7月6日
有吉紅也
熱帯医学研究所臨床医学分野・長崎大学病院感染症内科
(熱研内科)教授



右から、国際ワクチン研究所のDr. Paul Kilgore、国境無き医師団日本支部の
エリック・ウアネス代表と黒崎医師 長崎大学付属病院新病棟にて

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