教授挨拶2007年

「熱帯地(発展途上国)で医療活動を目指す若い臨床医へ向けて」

熱帯医学を学びに長崎大学熱帯医学研究所へやって来る臨床医が増えてきました。より多くの日本人医師が熱帯地(発展途上国)での医療活動を目指すようになったことを反映しているのだと思います。私が教務主任を務めている熱帯医学研究所の熱帯医学研修課程(日本語による3ヶ月の基礎熱帯医学コース)や長崎大学医歯薬学総合研究科の熱帯医学修士課程(英語による1年間の熱帯医学専門医養成コース: 詳細はこちら)へ応募する日本人医師の数が増え、また、熱研内科へも、今年4月には、文字通り全国(栃木、愛知、京都、高知、愛媛、鳥取、山口)から新たに7名の臨床医が入局しました。熱研内科は、一昨年より、ベトナム中部のカンホア県病院に常駐させ、毎日病棟回診へ参加しながら、小児重症感染症をモニターするプロジェクトをスタートさせました。昨年は、北タイへ熱研内科大学院生を数ヶ月単位で派遣し、HIV感染者の日和見感染症研究に従事させました。さらに、今年度からは、長崎市内の熱研内科関連病院の多大な協力を得て、毎年定期的に6ヶ月の海外活動(国境なき医師団やWHOインターンへの参加等)が可能になるシステムを立ち上げました。今年3月には、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene and Tropical Medicine)のHaines学長と面談し、同大学院の熱帯医学教育教材を長崎大学で使用することの許可と同大学院教員を定期的に長崎へ招聘することを正式に承認して頂きました。今後も、長崎へ来る人たちが、将来熱帯地で活躍するのに役立つ知識と経験を得るお手伝いが出来るよう努力して行きたいと考えているところです。

さて、これから海外で活動してみたいと考える医師たちと話していると、今から18年前、私自身もそんな若い日本人臨床医のひとりとして、熱帯医学を学びにロンドン大学へ留学した頃のことを思い出します。苦手だった英語で熱帯病を学び、英国王立内科学会の熱帯医学専門医試験に合格したときは、聴診器一本で、熱帯地で役に立つ医師になったと信じたものです。そして、学んだばかりの熱帯医学の知識を試してみようと思い、私はアフリカ南部のジンバブエ大学で卒後内科研修を受けました。しかし、私が滞在した1989年のジンバブエは、ちょうどHIV流行が爆発したばかりの年で、その年を境にエイズを発症した患者が次から次へと外来に列をなして訪れ、私が研修を受けたハラレ中央病院内科病棟では、既に3割以上の入院患者が死の床に伏した20代から30代の若いエイズ患者で占められていました。そして、有効な治療薬もなく、若い患者が次から次へと亡くなって行くという事態に、私だけではなく、大学教員や英国から来ていたコンサルタント医師も、現地の医療関係者も、皆途方に暮れていたのを、今でもはっきりと思い出すことが出来ます。私は、そのとき、ただ教科書的な知識を持った臨床医としてアフリカで働くことに、言いようのない無力さを感じました。



ジンバブエのハラレ中央病院 1989年

その後、英国で大学院に進み研究者としての道が開けた私は、1992年に再びアフリカへ戻る機会に恵まれました。それは西アフリカガンビア共和国にある英国の研究所(Medical Research Council Laboratories, The Gambia: 詳細はこちら)で2型HIV (HIV-2)の研究に携わるものでした。しかし、私の仕事は研究だけではありませんでした。MRC研究所には、医師の資格がある者はすべて、毎朝研究所の門の前に並ぶ現地の患者の診療を奉仕活動として行う伝統があったからです。私も勤務していた6年の間、毎週木曜の外来クリニックを担当し、また病棟回診に参加し、さらには病棟の当直もありました。人口に対する医師の割合が1万人にひとりの国では、内科・小児科を中心に実に雑多な患者が訪れます。マラリア、結核、エイズ、住血吸虫、重症麻疹、流行性髄膜炎など、サハラ以南の国々で特有の問題となる熱帯病に触れる機会がある一方、感冒、喘息、胃炎、心身症などが多かったのが逆に新鮮な驚きでした。また、英国研究所に附属する病院のクリニックとは言え、診断設備や治療薬は現地の病院と同じレベルであり、診断や治療に難渋することがしばしばありました。しかし、それらはアフリカで働くことの現状を知る意味でとても役に立ったと思います。 MRC研究所では、アフリカのどこの国でもあるような診療上の問題に直面しながらも、同研究所での診療活動には希望がありました。それは、同研究所には、欧米諸国から秀な熱帯医学研究者が集まり、これらの問題解決に向けた数多くの有益なリサーチが進行していたからだと思います。毎週行われるリサーチセミナーではそれぞれの問題の解決に向けて、どういった科学的な考えに基づきどのようなリサーチが進行しているのか、また世界でトップクラスの熱帯医学者たちによる真剣な議論と自由な発想を聞くのが非常に勉強になりました。この時に一緒に仕事をした同僚の多くは、その後WHOをはじめとする国際的な医学研究や熱帯地の疾病対策の分野でリーダとして活躍しています。



ガンビアMRC研究所ゲートクリニック

昨年の10月、MRCガンビア研究所の当時の所長だったBrain Greenwood現ロンドン大学教授に初来日して頂くことが出来ました。単なる臨床医に留まらず、トップクラスのサイエンスを熱帯地の保健医療の向上に結びつけたGreenwood教授のような先人を、いつか熱研内科の教室員を含め多くの日本の若い人たちに知ってもらいたいと願っていただけに教授の来日は、私にとってとても喜ばしいことでした。約30年間西アフリカに滞在し、外来(私は、MRC研究所の木曜外来を教授と2人で担当していたので、教授が常に真摯に現地の患者さんを診療していたのを間近で見ておりました)と病棟回診をほとんど欠かさなかったGreenwood教授は、マラリア、肺炎球菌感染症、インフルエンザ桿菌感染症、髄膜炎菌感染症、B型肝炎、トリパノソーマなど、サハラ以南のアフリカで重要な疾患に関して、Lancet, New England Journal of Medicine, Nature, Scienceといった超一流科学雑誌だけでも100本以上も論文を発表し、彼の世界の保健医療向上に与えた貢献度は計り知れません。今年は、私の長年の友人であり、現在ロンドン大学附属熱帯病病院のコンサルタントであり、またロンドン大学衛生熱帯医学大学院の熱帯医学国際保健修士課程コースディレクターのRobin Bailey教授が長崎へ来てくれました。20年近くアフリカで臨床と研究を続けてきたBailey教授を知ってもらうことで、私の教室員や熱研へ熱帯医学を学びにやってきた臨床医たちに少なからぬ影響を与えてくれるものと期待しています。 



Greenwood教授の病棟回診(2006年10月)

熱帯地の医療現場には、問題・課題が山積しています。そして、熱帯地の現状に適した診断・治療方法は何か、答えは欧米の教科書にはないのが現状です。個々の医師の判断で自由に検査や投薬が出来る国と違って、医療資源が極端に制限された熱帯地の現場では、ひとつひとつの医療行為により厳しいエビデンスが求められるのです。私はジンバブエの苦い経験とガンビアで欧米の研究者たちと一緒に仕事をした経験を通じて、熱帯地の医療こそ、しっかりとしたサイエンス(学問)とアカデミズム(学究的態度)が必要であると確信するようになりました。 前述のGreenwood教授が日本人医師へ向けた講演のなかで、長年にわたりアフリカのミッション系病院で医療活動を続けてきた外国人医師たちの話が印象的でした。毎日休まず献身的に現地の診療に捧げても、状況は赴任する前と何も変わらない。そのことに気付いた医師は、わずかでも現状を改善させる可能性があるリサーチに関わりたいと、しばしばMRC研究所にやって来るとのことです。現地で現地の医師と同じ活動をしても新たな進歩は生まれてきません。そのような認識を持った日本人医師が、将来熱帯地の医療現場に増えてくることを願っています。そして、これからも、さらに、そのような日本人医師たちの後方支援が出来ればと思っています。

平成19年7月6日
長崎大学熱帯医学研究所 感染症予防治療分野(熱研内科)教授 有吉紅也



右Robin Bailey教授と熱研内科病棟にて(2007年7月)

過去の教授挨拶はこちら
2005年  2006年

| トップページ | 教授メッセージ | 診療活動 | 海外活動 | 教室紹介 | 研究 | 募集 | リンク | サイトマップ |
熱研内科3つの柱 | 1.海外医療活動 | 2.臨床医育成 | 3.研究 |
長崎大学熱帯医学研究所 臨床感染症学分野
長崎大学病院 感染症内科(熱研内科)
〒852-8523 長崎県長崎市坂本1丁目12-4
TEL:095-819-7842 FAX:095-819-7843
Copyright(C) 2008 Nagasaki University All Rights Reserved.