●コースの紹介●

-背景-   

薬剤、ワクチン、診断薬などが作り出されるまでには種々の複雑な行程があり、 そこには多様な技術が求められます。製薬研究開発に携わる者は常にその全行程を視野に入れ他の行程を請け負う科学者、 技術者たちへの配慮が必要です。研究者がある仮説を立ててそこから新たな発見、知識を導き出そうとし、 理論を構築してそれを実証します。製薬企業などの開発担当者はその発見、知識を基に市場で需要の高い製品を作り上げる こととなるのです。本来、研究と開発は二つのまったく異なる分野であり、研究者と開発者はまったく異なる価値観と考え方を 持っており両者はお互いに接触することもなく、そのため相互に理解することもありません。が、新薬誕生にその二つの分野は いずれも欠くことができません。さらに言えば、公衆衛生に役立つ医薬品に応用できないような科学的発見(医学研究) は意味がないのです。

医薬品研究開発を総合的に扱う講義過程は現在のところ数えるほどしか開設されておらず、 イギリスのカーディフ大学修士課程、スイス、バーゼル大学のECPM(薬学センター)、フランス、リヨン大学など数例です。 その他の国々では新薬研究開発にかかわる講義はさまざまな大学の学部、修士両課程のあちこちに分散しているような状況です。 基礎科学、有機化学、免疫学、薬学、薬理学、ワクチン学、臨床薬理学などがそれにあたります。 新薬開発のあらゆるプロセスにかかわる者は、それぞれの責任を認め他のプロセスを実施するものとの連携の中に業務を 遂行しなければなりません。

表記のディプロマ・コースは、このような現状にある新薬研究開発にかかわる多種の知識を 専門的にひとつの課程にまとめ、修士、博士の学位を授けるものとして発足しました。参加を検討する大学関係者で協議を重ね、 現在4カ国6大学(日本:東京大学大学院 薬学研究科長崎大学、タイ:タマサート大学チュラロンコン大学、中国:中国第二軍医大学、コロンビア:アンチオキア大学)が連携大学院として名を連ね第一回ディプロマ・コースの実施に向け準備に当たっています。

ディプロマ・コースの目的は新薬研究開発の課程にかかわる基礎知識の授与にあります。化学、毒物学、臨床検査法的規制などが研究開発という一連の過程に相互に影響しあって包括されているという事実を参加者が経験的に知ることでもあります。

-構成-

「ディプロマ・コース」では、すべての参加学生が製品開発のプロセスの概要を理解できるような共通の授業を 受けることになります。約5週間のコース全体を7つの独立したモジュール(ユニット)に分け、ユニットごとの部分受講も可能です。 協力大学は1年毎の持ち回りで事務と実施会場を提供していきます。2006年度がその第一回、長崎大学を会場に行われます。


-医薬品研究開発 ディプロマ・コース モジュールと詳細-

モジュール1 :オリエンテーション
病気、症状によって必要となってくる特定の薬剤、ワクチンに関する概説。薬学研究は特定の症状が体に及ぼす影響を見定めるものであり、 これが新しい薬剤、ワクチン、診断薬発見へとつながって、新製品開発へと流れていきます。今日の開発範例に求められる資質や製品化までの所要時間などに関し講義が行われます。
     ○ 鍵となる医学的保健衛生的問題―新薬へのニーズ
     ○ 新成分発見と製品開発―さまざまなアプローチ
     ○ 製品開発の手がかり(resource implication)
     ○ 研究開発に従事する者として
モジュール2:医薬品開発
前近代に見られる薬品は主に植物起源でそれに動物起源、鉱物類が加わったものでした。観察、試行錯誤の実験から得たそれらの薬品に、18世紀後半に科学的手法で発見された数多くの新薬剤が後年名を連ねました。しかし、科学的な説、理論に基づいた薬品開発が確立されるのは第一次大戦以降のことです。薬剤の研究開発活動は「研究」の部分と「開発」の部分とに分かれます。その行程は学究機関と、医療機関との架け橋にたとえられます。前者の研究部分は学究者の手になる研究によるものであり、革新的で専門性が高いのに対比して開発の業務は安全性、効果性、汎用性を追及しそれを証明しなければなりません。関係省庁はいわゆる「危険性―受益性割合」をすべての製品に規定するため、「開発」の部分は強く法律的規制を受けることとなります。
     ○ 発見研究
     ○ 化学開発―化学、製造、品質管理(CMC)
     ○ 前臨床開発
     ○ 臨床開発
モジュール3:ワクチン開発
病気を制圧するのにワクチンが効果的であることは、天然痘の消滅によって証明されました。他の手段に比べてワクチンがいかに有効な手法であるか、という議論に始まって、感染症、がん、自己免疫疾患などに対し、もっとも効果的なワクチン開発へ向け講義を進めます。
     ○ 発見研究
     ○ 抗原開発
     ○ 臨床前段階
     ○ 臨床開発
モジュール4:診断薬開発
予防、治療とあわせて診断薬的手段を使うことは保健衛生の目的にかなったものです。判定手段なくして病気の社会影響を測り、治療を施し社会を守ることはできないからです。公共保健衛生のための有効な診断薬開発をめざした具体的なアプローチの講義と発表に加え、データ収集、技法選択、試作品作りという3段階を踏まえたいくつかの実例を観察していきます。臨床実験のための「正確さ」「反応性」も議論されます。
     ○ 概論
     ○診断手法の発見と発達
     ○ 臨床的開発
モジュール5: 試験実施に関する模範臨床基準(GCP) 
同基準は第2次世界大戦中の戦争犯罪への反省を基に起案、採択されたヘルシンキ宣言が基になっています。GCPを遵守した研究活動はそれに携わる当事者の安全と権利が保証され、そこから導き出されたデータが信頼すべきものであるということを公的に証明します。模範的臨床基準は模範的な精製基準から生まれ、その精製基準は模範的研究手順による前臨床研究から生まれます。倫理に基づいた考察や主義、病院でのあるべき姿についても協議します。
     ○ 模範精製基準
     ○ 模範研究手順
     ○ 模範臨床基準
     ○ 倫理規定とガイドライン
     ○ 研究活動倫理の原則
     ○ 自律性、篤志行為、正義
     ○ 保健研究上のさまざまな倫理にかかわる問題
     ○ データと安全モニター制度
     ○ 臨床データマネージメント

モジュール6:臨床データマネージメント
臨床データ管理は、研究開発行程で次第に重要性を増している業務となっています。それはデータ収集とデータ管理の両方を含み、統計上あるいは調整のための上層部機関へと報告がなされた後の責任も有しています。臨床検査のデータの質がその結果の許容性を支えています。このモジュールではデータ処理のプロセスを収集から分析まで順次追っていき、いくつかの実例を基にデータの品質管理の手法に焦点を当てます。
モジュール7:開発活動と法規制―製品開発が受益者にもたらすもの
20世紀を驚異的な経済力の伸びと、急速なモラルの低下の時代とするならば、経済的なゆとりと改革的な製品開発で保健衛生状況は改善を見たといってよいでしょう。が、世界のどの地域の人々にも一様にその効果が波及しているとは言いがたい現状です。法規制をクリアした医薬品が予算などの限界がある中でいかに人類に有益に配布され利用されるかをこのモジュールでは見ていきます。
    ○関係者:医薬品開発が投与対象に対して正しく機能するための活動
    ○政策手段
    ○官民の協力
    ○保健制度のための新製品の品質利用改善
    ○流通開始後の製品管理