ヘリコバクター・ピロリの病原性に関する研究

 ヘリコバクター・ピロリは消化性潰瘍の起炎菌であり、熱帯地を含む発展途上国においては20歳前に約80%のヒトが感染して蔓延している細菌感染症である。本菌の病原性の中で、細胞空胞化毒素VacAと病原性遺伝子群(CagPAI)の感染における役割を解析している。まず、VacAの宿主への初期効果を知る目的で胃上皮細胞膜上の受容体蛋白を培養細胞から精製して、VacA受容体蛋白が受容体型チロシンフォスファターゼRPTPβである事を明らかにした(J.  Biol. Chem. 1999, ibid. 2000)さらに、RPTPβの遺伝子欠損マウスを用いた成績からヘリコバクター・ピロリが引き起こす胃炎・胃潰瘍に少なくとも本菌の蛋白毒素VacAが宿主のRPTPβを介して関わることを明らかにした(Nature Genetics. 2003)。「VacA 毒素結合によって惹起される空胞形成及び細胞死にいたる細胞内シグナル伝達の流れを明らかにする」ことを目指し、特に細胞内膜小胞輸送異常については膜小胞輸送に関わるダイナミンの関与を示し報告した(J.Clin.Invest.  2001)。また、SNARE 複合体形成に必須なSyntaxin などの蛋白の機能変化とミトコンドリア障害(Microb. Pathog. 1999)のシグナル伝達の解析を進め、VacAによる空胞形成にはSNARE蛋白の一つであるsyntaxin7が機能すること(J.  Biol. Chem. 2003)、さらに、VacAを細胞に作用させるとBaxおよびBakの活性化に伴うチトクロームCの遊離 (J. Biol.  Chem.2006) やp38/ATF-2カスケードの活性化を明らかにした(J. Biol. Chem. 2004, Infect. Immun. 2006)。加えて、VacAによるp38/ATF-2カスケードの活性化は胃及び腸上皮におけるCOX-2の発現の促進(Infect. Immun. 2006)および単球からのIL-8の産生を促すことが判明した(J. Immunol. in press)。
  VacAとの結合にはRPTPβの747位から751位にあるアミノ酸QTTQPとシアル酸を含む糖鎖構造が重要である(J. Biol. Chem. 2004)。
  一方、本菌の感染によって宿主の胃の上皮細胞から、抗菌活性ペプチドであるβ-defensin-2 が産生されること、この産生がCagPAI依存的にもたらされることを明らかにした。(Biochem.  Biophys. Res. Commun. 1999, Infect. Immun. 2000, Cell Microbiol. 2001)


細菌性下痢症発症のメカニズムについての研究

1、エンテロトキシンに対する宿主受容体の同定と病態形成における役割

a. 乳幼児下痢症及び旅行者下痢症の主たる起因菌である毒素原性大腸菌が産生する耐熱性エンテロトキシン(STa)の宿主受容体の構造と機能に関する研究:STaはヒトや家畜に急性の下痢を引き起こす。このSTaの受容体(STaR)は、腸管に局在する膜結合型グアニル酸シクラーゼ(GC-C)である。STaRのC末端領域はグアニル酸シクラーゼ活性に抑制的に働くことを明らかにするとともに、蛋白化学的に、STaとGC-Cの相互作用を理解するために、GC-CおよびGC-CのN末端の細胞外領域をバキュロウイルスの系を用いて昆虫細胞Sf21に過剰発現させて調べた。過剰発現後に精製して得たGC-Cの細胞外領域は、哺乳動物細胞で発現したGC-Cと動力学的に同じ性状を示し、STa依存的にオリゴマーを形成した。Sf21細胞に過剰発現させたGC-Cの細胞外領域は、STaとGC-Cの相互作用を理解するための今後の結晶構造解析を可能にするものと思われる(Eur. J. Biochem. 1999)。

b. エロモナスのヘモリシンの受容体の構造と機能解析:Aeromonas sobria hemolysin の受容体が 腸管上皮に発現している胎盤型 (PLAP)および腸管型(IAP)のalkaline phosphataseであることを明らかにし、これらがいずれも下痢発症に関与することを示した(Microb. Pathog. 1999, Int. J. Med. Microbiology 2004)。

2、サルモネラ鞭毛によるb-ディフェンシン-2の発現誘導

  腸チフスやSalmonella 腸炎は、今なお熱帯地で蔓延している細菌感染症である。我々はS. typhimurium, S. enteritidis, S. typhi, S. dubrin が感染時に共通して自然免疫に重要な抗菌性ペプチドhBD-2を誘導することを認め、hBD-2誘導物質を精製し、FliC (鞭毛構成フィラメント蛋白質)がhBD-2発現を担うことを明らかにした (J Biol Chem. 2001)。発表時期を同じくしてFliC がToll-like receptor 5 (TLR5)を介して種々の炎症性サイトカインを誘導することが報告された。最近、我々は細胞表面のある種のガングリオシドがFliC作用時にレセプターとして働くTLR5のコ・レセプターであることを明らかにした(J Biol Chem. 2004)。hBD-2の発現は炎症性サイトカインの発現と共通したNF-kBの活性化等を介していることから、サルモネラ症における宿主の防御機構をFliCに焦点を当てた分子レベルでの解明につながっている。

3、コレラ菌線毛についての研究

  fimbriate phaseの株(Bgd17)がタイのhuman trialで経口ワクチンとして有用であるとが示唆され、field trial用に線毛高発現株を遺伝子組み替えで構築した(Microbiol. Immunol. 2000)。